4話 アルセイフ視点
公爵令嬢フェリアを妻にめとった、アルセイフ=フォン=レイホワイト。
翌日。
アルセイフは不機嫌面をさらしながら、食堂で朝食を摂っていた。
「本当に不愉快だ……まったく!」
今彼の頭の中にあるのは、昨日自分の妻となった女。
もっと言えば、彼女の持つ氷使いとしての力が気になってしょうがなかった。
アルセイフにとって自らの体に宿した力は、特別なものだった。
レイホワイト家は代々、氷の力をもって敵を倒し、国を守ってきた。
ゆえに己の持つ異能を何よりも素晴らしいものだと思っていた。
そこに加えて、アルセイフは歴代でもトップレベルの氷使いと、幼いころから賞賛を浴びせられていたし、その力と家名に恥じぬよう、力を研鑽してきた。
ところが、だ。
ぽっと出てきた女が、己以上の氷の才能を持っていた。
しかも加護無しだという。
……とても認められなかった。
受け継いできた血、そして重ねてきた訓練の日々が、才能という言葉のひとことで否定されるのが怖かった。
だから、何の努力もせず、強大な氷の力を持っているフェリアの事が気に食わない。
なのだが……。
「おはようございます、アルセイフ様」
フェリアが侍女と共に食堂へと現れ、ぺこりと頭を下げて、朝の挨拶をしてくる。
「ふん。貴様か」
「はい。あなたの妻のフェリアです」
フェリア=フォン=カーライル。
カーライル公爵の長女。
黒く長い、つややかな髪に、黄金色の美しい瞳を持つ。
すらりとした肢体は、しかし思いのほかしっかりしており、健康そうだ。
フェリアは侍女に椅子を引いてもらい席に着く。
朝ごはんを食べる。
「…………」
腐っても公爵令嬢か、その食べ方には品があった。
「今朝はいいお天気ですね」
「あ? なんだいきなり」
「単なる世間話ですよ」
「誰が世間話をしたいと言った?」
「世間話に発言の許可など必要ないかと」
……これだ。
おかしい。どうにも調子が狂う。
どの女も、アルセイフを遠巻きに見てくる。
誰もかれもが、怖がってまともに会話してくれない。
冷酷なる氷帝。
そのあだ名、そしてその悪評のせいで、彼に近づく女はおろか、まともに会話してくる女性もいなかった。
見つめるだけで目を逸らされ、声を掛ければ悲鳴を上げられる。
別に女に興味のないアルセイフにとって、どうでもいいことではあったが、しかし不愉快ではあった。
ところが、だ。
「アルセイフ様は朝の随分早くから鍛錬なさってるんですね」
「あ、ああ……。騎士として日々腕を磨くのは、俺の日課であり義務だからな」
「なるほど、それはとてもご立派だと思いますよ」
なんだ、こいつは。
なぜ普通に話してくるんだ? どうして、そんなふうに、自分の目をまっすぐに見てくる?
夫である自分に氷結の魔眼があると、フェリアは知っている。
見ただけで相手を凍らせる異能。
魔力を籠めなければ(感情が昂ると暴走するが)、害はない。
しかし周りはそれを知らない。だから余計に目を見てもらえない。
だが彼女は違う。
きちんと、まっすぐに自分を見ている。
しかも朝鍛錬をしていることまで見ていやがった。
「どうかされましたか?」
きょとんと首をかしげるフェリアが、妙ににくたらしくて、
「人の鍛錬を勝手に盗み見るな」
そんなふうについ悪口をたれてしまう。
だが彼女はメソメソすることも、おびえることもなく、
「まあまあいいではありませんか。減るものではありませんし」
普通に、話してくる。
……ほんと、調子が狂う。
ややあって。
「では、いってくる」
玄関先にて。
アルセイフは職場である、王城へと向かおうとしていた。
彼が所属してるのは王国騎士団である。
「あ、おまちください。アルセイフ様」
「なんだ?」
フェリアの背後に控えていた侍女が、自分に包みを渡してくる。
灰色の髪の少女は、ぶるぶるぶる、と震えていた。これが普通の反応なのだ。フェリアが異常だ。
ちっと舌打ちをして、アルセイフが包みを受け取る。
「お弁当です」
「は?」
……耳を疑った。弁当だと?
「ええ。お昼ごはん作っておきました」
「ちょっと待て。そんなことは頼んでないぞ?」
フェリアはうなずいて普通に返す。
「はい、頼まれてません」
「なら、なぜ俺に弁当なんぞ作った?」
「あなたの妻ですからね」
……手に持った弁当の包みを、しげしげと見つめる。
妻。そうか。この女は自分の妻だった。
騎士団でも妻帯者は多い。
みな昼になると、自分の妻が作った弁当を食べていた。
そうか、あれか。
まさか自分も弁当を作ってもらえるとは……。
「ふん! この程度で俺の機嫌を取ろうとは! 浅はかだな!」
「別にあなたの機嫌を取りたいからやったんじゃないですけどね」
やれやれ、とため息をつくフェリアの態度に、またイラッとしてしまう。
なんだその、生意気な口は。
「む? 包みが妙に冷たいが」
「ああ、その包み、氷でできてるんですよ。腐らなくて便利かなと」
「なにっ!? そんなバカな!?」
だがよく見ると弁当の包みは魔力を帯びている。
近づいてみると、たしかに、氷を極薄にして、それを包み紙にしていた。
「信じられん……こんな高度な、霧氷錬金を」
「なんです、その、むひょうれんきんとは?」
「氷使いの奥義だ。氷の形・性質を変化させ、別の物質を作る技」
レイホワイト家に伝わる奥義の一つであり……。
アルセイフでは、到達できなかった、氷使いとしての極致。
ようするに、とても高度な技であり、アルセイフが何年経っても習得できない技であった。
「貴様が、包みを作ったのだな?」
「ええ、今朝」
「くそが!」
「なんですお下品な……」
「なぜ貴様がこんな高度な氷の技を使える!?」
「さぁ?」
フェリアが本当に興味なさそうにしていう。
それが、ますます腹立たしい。
俺が積み上げてきた努力を、才能をもって否定されたようじゃないか!
「なぜ貴様はもっとその力を誇らない!?」
「はぁ……逆に聞きますけど、こんなのただの力じゃないですか。そこまでこだわる必要あります?」
びきっ、と周囲に氷の魔力がほとばしる。
怒りに呼応するように、周囲を凍りつかせる。
侍女が「ひぃいいいい!」とおびえる一方で、フェリアの目は変わらずに、まっすぐに、彼を見てきた。
「おやめなさいな」
「あぁ!? なんだと貴様!?」
「自分の不機嫌に任せて他人に当たるのはおやめなさいと、そういってるのです。ハシタナイ。貴族にあるまじき態度ですよ?」
「この……!」
「あなたの背中には、レイホワイトの家の名前を背負っていることを、どうかお忘れなきよう」
はっ、とさせられる。
確かに、彼女の言う通りだ。
自分の言動が、先祖代々が築きあげてきた伝統に傷をつける羽目になる。
それは、家の歴史に誇りを持っているアルセイフにとっては、最も忌むべきもの。
「…………」
怒りが収まると同時に、氷の力が静かになる。
冷静に戻してくれたのは、この女だった。
だが、だが……
「ちっ!」
認められない。
彼女の力も、彼女のおかげで冷静さを取り戻せた事実も。
何もかもが、気に食わない。
「やはり俺は、貴様が嫌いだ」
しかしフェリアは涼しい顔をして「そうですか」と流す。
その顔、本当にむかつく。
「アルセイフ様、もたもたしてますと遅刻してしまいますよ」
「ふん! 貴様に言われんでもない。だいたい! 貴様のせいで余計な時間を取ったのではないか!」
「あなたが子供みたいに癇癪を起したせいでは?」
「~~~~~~~! いってくる!」
アルセイフは包みを持って外に出る。
「はい、いってらっしゃいませ」
母以外に、自分にいってらっしゃいといってくれたものは、果たして今までいただろうか。
いや、一人たりともいなかった。
屋敷で働く使用人たちすら、自分を怖がり、見送りなんてしてくれない。
「…………」
アルセイフは外で待つ馬車に乗って、小さく舌打ちをする。
窓から外を見ると、玄関先までフェリアが見送っていた。こちらを見て微笑んでいる。
わからない。
あの女の態度が。
こちらがこれだけひどく当たり散らしているのに、まるで気にしてる様子もない。
「ほんと、なんなんだ、あの女は……」