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39話


 私のいる村に赤の剣のメンバー達が戻ってきた。


 夫を出迎えようとしたのだが、彼らの様子がおかしい。


 メンバー達は村に到着した途端、ぐったりとその場に倒れた。


 ハーレイさんだけがハイア殿下のもとへ、急ぎやってきた。


 ……いない。アルセイフ様が、いない。


「何があったのだ?」


 ハイア殿下の問いかけに、ハーレイさんが答える。


「ヒドラです。ヒドラがあの森の中に!」


 彼からの報告を聞く私たち。


 森の中に恐ろしい化け物……ヒドラがいたこと。


 アルセイフ様が、仲間を逃がすためしんがりを務めていること。


「…………」


 しんがり。つまりは、仲間を逃がすために、夫は一人ヒドラのもとに残ったことになる。


「リア」


 どんな敵も一撃で倒してきた、最強の氷使いである彼が、撤退を選択するほどの強敵だ。

 そんな彼でも勝てないと思っている相手に……。


 一人で立ち向かって、勝てるはずがない。


「リア!」


「あ、え……?」


 ハイア殿下が私の肩を揺すっている。


「しっかりするんだ」

「あ、はい……大丈夫です……」


 大丈夫。そう、大丈夫だ。あの人にはコッコロちゃんのお守りがあるわけだし。


 きっと何か奇跡的なことが起きて、無事に帰ってくるに決まってる。そうだ……。


「王都にフクロウを放て。援軍を待つぞ」


「! そんな……すぐに助けてくれないのですか!?」


 私はハイア殿下の腕をつかんで叫ぶ。


 ……自分でも、びっくりするくらい大きな声が出た。


「落ち着けリア。今行ったところで全滅するだけ。ならば、今彼が犠牲となってできたこの時間を、有効活用するほうがいい」


「犠牲って……! 彼はまだ生きてます! 戦ってるんですよ!?」


「落ち着け。いつも冷静な君が、どうしたんだい?」


「私は……! 私は……」


 ああ、そうか。

 冷静さを失ってるんだ、私。


 当たり前だ。アルセイフ様が、死ぬかも知れないんだ。


 そんな状況で冷静で居られるはずがないのだ……。


「ハーレイ。リアを頼む。残りのメンバーは私の指揮の下、村の防備を固めるのだ!」


 赤の剣のメンバー達が一斉に散らばる。


 ハイア殿下もその場をあとにした。


「フェリア様……」


 ハーレイさんが悔しそうに歯がみすると、私の前で頭を下げる。


「すみませんでした! おれたちの力不足で! 副団長を……あなたの大事な人を!」


 ……謝って、彼が帰ってくると思っているのだろうか。


 瞬間的に頭が沸騰しかける。


 あなたたちがもっとしっかりしていれば、とか。


 なぜ彼を一人置いて帰ってきた、とか。


 そういう、普段の私では絶対に口にしないような言葉が出かけて……。


 でも、飲み込んだ。


「……頭を、お上げください。あの人は自分の、なすべき事をなしたのです。あなたやメンバーの皆様が気にする必要も、謝る必要も、ありません」


 そうだ。部下を守るのもあの人の仕事。


 アルセイフ様は立派に役割を果たしたのだ……。


 あの人は……。

 あの人は……。


「……うそつき」


 約束したじゃないか。海に行くって。

 うそつき。うそつき。アルセイフ様の嘘つき!


「フェリア様……」


 ハーレイさんがハンカチを取り出して渡してくる。


 そこでようやく、私は涙を流してることに気づいた。


 涙? どうして、かなしいから……?


 ああ、そうだ。

 悲しいんだ。あの人が死ぬかも知れないから。


 あの人と、もう二度と会えないかも知れないから。


 あの人のことが……。


「私、思ったより、ずっとずっと……だいすきだったんだ……」


 好きだとは思っていた。でもここまで自分を見失うくらい、好きだったとは。


「フェリア様……小屋に戻りましょう」


 ハーレイさんが私にそう言う。


 そうだ、今は、応援を待つのだ。

 それが一番正しい選択だ。賢い選択だ。


 ……だから。


「ハーレイさん。わがままを、聞いてくれますか?」


「なんでしょう?」


 私は涙を拭いて、彼に言う。


「夫の元へ連れてってください」


 賢さも、正しさも、どうでもいい。

 私はただ彼が好きなんだ。


 彼の帰りをただ、泣いて待っているだけなんて、私にはできない。


 私はお姫様じゃない。誰の助けをただ待つだけなんてまっぴらだ。


 私には精霊王の加護がある。

 女神の生まれ変わりと称されるほど、強力な力がある。


 この力はなんのためにある?

 そんなのは知らない。でもこの力があれば、助けられるものがあるかもしれない。


「フェリア様! 何を言ってるんですか! 相手はヒドラなんですよ!?」


 彼は冷静だ。ヒドラ。アルセイフ様が勝てないほどの強敵。


 私のような小娘が行ったところで死ぬだけ。

 聖結界を作れる唯一の存在が、死にに行くようなマネを看過できない。


 彼は職務を全うしている。それと私を心配してくれている。わかっている。それはわかっているのだ。


 でも……。


「相手など知りません。私は彼を助けに行くんです」


「ですが……!」


「連れてきなさい。今すぐに!」

 

 そのときだった。


 私の感情に呼応するように、体が光り出す。

 そして目の前に、人の入れるようなサイズの【穴】ができた。


 空間にぽっかりと空いた穴を見て、私は直感する。


 ……この向こうに、彼がいる。


「いってきます」

「待ってください!」


 ハーレイさんに手を捕まれる前に、私は穴のなかに飛び込む。


 待っていてください、アルセイフ様……!

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