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37話


 私たちは森の中にある、湖までやってきていた。


 夫であるアルセイフ様とともに湖にきて、のんびり過ごしている。


「フェリア。手を離すなよ」

「わかってますって」


 私たちは湖の上にいた。

 氷の力を使って作ったボートに乗っている。

 アルセイフ様は水が苦手らしく、ずっとそわそわしている。


 私が手をつないであげていることで、なんとか平静さを取り戻しているらしい。


「どうして水が苦手なんです?」

「昔、川に落ちたことがあってな」


 それでトラウマになったそうだ。


「今は?」

「フェリアがいれば平気だ」

「そうですか」


 私は夫の膝の間にちょこんと座っている。


 後ろからハグされているような体勢で、手をつながれている。


「水は嫌いだが、ボートはいいものだな。おまえとこうして二人きりになれる」


 私の髪の毛に鼻をくっつけて、すんすんとにおいをかぐ。


「ホントに私の髪の毛がお好きなんですね」

「ああ。世界一だと思っている。おまえの髪にまさるものはない」


「そういうとこもコッコロちゃんそっくりですね」


 何だか可愛い。


「……あんな犬っころと一緒にしないで欲しい」


 犬というか、神獣だけれども。


 コッコロちゃんはお家でお留守番中である。

 私がアルセイフ様と危険なとこへ行くと知ったとき、ものすごい慌ててたっけ。


「平和ですね」

「ああ」


 このあたりはもう騎士団の皆様がモンスターを討伐したおかげで、モンスターの気配が感じられない。


「だが、森の奥の方はまだ魔物が住み着いてる。やつらの住みかを叩き潰さねば」


「すみか……危ないとこにいくんですか?」


 しまった、とアルセイフ様が顔をしかめる。

「やっぱり」

「気づいていたのか?」


「ええ。騎士団の皆さんがせわしなく準備なさっていましたので」


「やはり聡明だな、おまえは。自慢の妻だ」


「ごまかさないでくださいよ。魔物のすみかに行くなんて、危ないじゃないですか」


 するとアルセイフ様が目を丸くする。


「俺を心配してくれるのか?」

「そんなの、当たり前じゃないですか」

「フェリア!」

「きゃっ……!」


 彼が私の体をぎゅーっと、強く抱きしめてくる。


 突然のことでびっくりしている私をよそに、彼はうれしそうにぎゅーっと力を込めてくる。

「あの……」

「俺を心配してくれるのだな! うれしい……!」


 彼は強く強くホールドしてくる。

 思いの強さが伝わってくるようだ。

 ぶんぶん、と犬の尻尾を幻視する。

 こういうところもコッコロちゃんそっくりだな。


「フェリア。この作戦が終わったら、結婚式を挙げよう」


 アルセイフ様が唐突にそんなことを言う。


「式は半年後ですが?」


 前々から式の準備は進めているのだ。


「それまで待てない!」


「えい」


 私は氷の力を少し使って、アルセイフ様の首元に、冷たい風を吹かせる。


 びっくりしている隙にするりと抜け出す。


「落ち着いてください。式場はもう半年後で予約してあるんです。今更変られませんよ」


「くぅ……」


「だいいち、半年待てば結婚できるのに、なぜ急ぐんです?」


「それは……おまえが、欲しくなってな」


 あらまあ。感情が高ぶりすぎて我慢がきかなくなったのだろう。


 式を挙げないまま体の関係を持つわけにはいかないから。


「おまえが欲しい。おまえの子供が欲しい」

「はいはい、落ち着いてください。深呼吸しましょう」


 彼が仕方なく深呼吸する。

 少し落ち着いたところで私は話す。


「式の準備には時間がかかると前にも言ったじゃないですか」


「すまん……つい……我慢できなくてな」


「まったく。こらえ性のないコッコロちゃんですね」


 よしよし、と私は彼のあたまをなでる。

 うれしそうに目を細めるアルセイフ様。


「では……そうだな。式は我慢しよう。その代わりに、この仕事が終わったら、俺と旅行にいかないか?」


「旅行?」


「ああ。おまえと二人きりで。海にでも」


「ほう、海ですか」


 大陸出身の私は海など滅多に行ったことが……というか、海に行ったことがなかった。


「いいですね。楽しみです。でもいいんですか、水が苦手なのに」


「おまえがいればたとえ火の中だろうと水の中だろうと平気だ」


 私のために旅行を計画してくれている、彼のことが愛おしくて仕方なかった。


「では、約束ですよ。海に連れてってくださいね。怪我なんてしたら承知しませんから」


「無論だ。俺を誰だと思っている? 怪我なんぞ絶対するものか」


 私は小指を差し出す。

 彼も意図を汲んで、指を絡み合わせる。


「あ、そうだ」


 私は氷の力でナイフを作る。

 髪の毛を、少し切る。


「髪を切るなんてもったいない!」

「ほんのちょこっとですよ。それでこれを……」


 私はハンドバッグのなかから、【それ】を取り出す。


「なんだその……珍妙な、人形? は」

「神獣コッコロちゃんから持ってけと言われた、ありがたいアイテムですよ」


 私の手の中には、白い毛で編まれた、小さな人形が握られている。


「神獣の魔力……神気しんきとやらが込められているそうです。これをこうして……」


 私は人形の腹をナイフで割いて、なかに自分の髪の毛をつめる。


「はい。お守りです」

「フェリアからのプレゼント……! くぅ!」


 彼が人形を手にして、ふにゃりと相好をくずす。


「だがあの犬のお下がりというのが気に食わんな」


「まあまあ。なんでも【これがあれば何があっても大丈夫!】 だそうなので、万一の時も安心ですよ」


「うさんくさい……」


「それに私の髪の毛もいれておきました。何かあったときには、匂いを嗅いで落ち着いてください」


「わかった。まあ、絶対に何もないだろうが、これは宝物ということで取っておこう」


 すっ、とアルセイフ様が胸ポケットに、お守りを入れる。


「何もないなんて、油断していたら足をすくわれますよ」


「ありがとう。だが、大丈夫だ。俺には優秀な部下たちがいるし、何よりおまえがいる。魔物のすみかへいっても平気だ」


 ……とはいえ、やはりちょっと心配ではあった。


 彼が強いことはよく知っているにしても……。


 魔物の住みかなんて、何が起きるかわからないし。


 彼の頼りになる笑みを見ても、私の胸の中の不安は、取り除かれることはないのだった。

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★書籍版3/3発売★



https://26847.mitemin.net/i714745/
― 新着の感想 ―
[一言] おまもり離したならフェリアの方が危ないんじゃないかなあ
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