34話
私はアルセイフ様の騎士団、赤の剣のメンバーたちと共に、とある村へとやって来た。
そこは【奈落の森】と呼ばれる森の近く、【アインの村】と呼ばれる寒村だった。
「皆さん、お疲れみたいですね」
私は馬上から村の様子を見やる。
村人たちの顔には覇気がなく、みんなうなだれている。
やせ細った子供たちがうずくまっているのを見ていると、心が痛んだ。
「とりあえず村長のもとへ行き、事情を聴きに行くぞ」
アルセイフ様たちは村の奥にあった小屋へと向かう。
よぼよぼのおじいさんが、私たちを出迎えてくれた。
「騎士団の皆様には、遠路はるばる、ようこそおこしくださりました……。そのうえ、殿下までもご足労いただけるとは」
ハイア殿下がみんなを代表して、村長と会話する。
「村の窮状は耳にしている。だが実際に、これほど疲弊しているとは思わなんだ。すまない」
村長がため息交じりに、現状を説明する。
「我々の村には、かつて村を守る結界がありました。ですがその結界も経年劣化していき、つい数年前になくなりました。隣にはおそろしい魔物うろつく奈落の森があり、森からくる魔物の脅威に怯えながら生活していました……」
村の若い衆たちは、魔物の対応と村の防衛に追われて疲弊したり、命を落としたりしているらしい。
作物を育てようとしても、魔物のせいで上手くいかないとのこと。
「正直、もう限界です……どうか、我々をお救いくださいませ!」
村長の悲痛なる叫び。
ボロボロの体に村の様子、彼が言わずとも限界であることは伝わってきた。
「ふん。安心しろ、村長」
アルセイフ様が私を抱き寄せる。
「貴様らは救われる。俺の自慢の女が、この村を幸せにしてくれる」
「な、なんと……失礼ですが、どちら様ですか?」
「俺の妻だ」
「「はぁ……」」
私と、村長がため息をつく。奇遇ですね。それはそうだ。
「あのねあなた……いきなり自分の妻だと言われても説明が不足しすぎてるでしょう?」
「む? そうか」
こほん、とハイア殿下が咳払いをする。
「こちらの女性は、精霊王の加護を得て、聖なる力をその身に宿した、いわば聖女様です」
「「「せ、聖女……?」」」
村長、私、そしてアルセイフ様が首をかしげる。
「疑う気持ちも理解できる。だから、リア。力を見せてあげてくれ」
あまり目立つことはしたくない。
だが村の人たちの辛い気持ちを、少しでも、緩和できるのなら。
「わかりました。やってみましょう」
私は村長とともに、村の中心部までやってくる。
「なんだ……?」「いったい何が始まるんだ……?」
村人たちが集まってきた。
そりゃ、王都から騎士と小娘がきたら注目するだろう。
「では、いきます」
私は手のひらを前に突き出す。
すると七色に輝くシャボン玉が出現した。
私はそれを頭上に掲げる。
ふわふわとシャボン玉は上空へとゆっくりと飛んでいく。
「何してるんだ?」「しゃぼんだま?」「あれが一体なにになるというのだ?」
村人たちの瞳に希望の光はない。
多分疲れ切っているんだ。
早く何とかしてあげたい。
「ふっ!」
私が柏手を打つ。
その瞬間、手のひらサイズだったシャボン玉が、頭上で一気に膨れ上がった。
膨張した球体が村全体を柔らかかく包み込む。
半球上の、七色のドームに包まれているような状態になった。
「これで問題ありません」
「ほ、本当でしょうか?」
「ええ」
結界は張れたものの、村人たち、そして村長の表情はすぐれない。
まあしょうがない。
結界を張ったとは言ったものの、その効力が目に見えていないのだから。
と、そのときだ。
「た、大変だ! 魔物だ! 魔物の群れがこちらに!」
「なんじゃと!?」
外を見回っていただろう村の若者が、全速力で、村長のもとへ駆けつけてくる。
彼は怪我して、左腕を欠損していた。むごい……。
「白狼の群れが! すぐこちらに来ます! 村長! 女子供を避難させてください!」
だが、アルセイフ様がフッと笑う。
「大丈夫だ。フェリアが今、結界を張った」
「なにをいって……」
「いくぞ、貴様ら。なに、楽な狩りだ」
アルセイフ様と赤の剣のみなさんが、村の辺縁へと向かっていく。
私は腕を欠損した若者のそばにしゃがみ込む。
「無くなったほうの片腕を、出してください」
「あ、ああ……あんたいったい?」
私は手のひらからシャボン玉を作り出す。
聖結界を、失った腕の根元に展開する。
この結界はあらゆるものを拒む。
それは何も、魔物の侵入だけを防ぐものじゃない。
たとえば、出血。
たとえ、死、そのものを拒絶することさえも可能。
シャボン玉が輝きを放っていく。
すると……。
「な、んだこれ? う、腕が!」
映像を逆再生するかのように、腕が元通りになっていった。
「し、信じられない……き、奇跡だ!」
奇跡でもなんでもなく、魔法だ。
聖結界は特定のものを拒絶する。
【腕を失った】という事実を拒絶する、つまり、なかったことにすることで、こうして治癒まがいなことができるのだ。
意外と応用の利く力なんですよねこれ。
「み、みんな大変だ! 魔物が! 魔物が中に入ってこれないぞ!」
私はアルセイフ様達のもとへ向かう。
村の辺縁では、赤の剣の皆さんたちがいた。
槍を使って、結界の中から、魔物を攻撃している。
魔物たちは結界に阻まれ侵入できない様子だった。
「すごい……」「なんて強力な結界だ!」
村人たちが私に、きらきらした目を向けてくる。
ハイア殿下がうなずき、私の肩を叩く。
「これでわかったであろう! ここにおわすおかたは、聖女! 女神さまが遣わした、救世主である!」
「「「ははぁーーーーーーーーー!」」」
救世主なんて大げさな、と思ったら、村人たちみんな土下座してきた。
「ありがとう! 救世主様!」「救世主様万歳!」
……別に私がすごいんじゃなくて、この力がすごいだけなんですがね。やれやれ。