31話
古城でのハプニングから一夜明けた。
私は嫁ぎ先である、レイホワイト家の屋敷へと戻っていた。
「あの……アル様?」
「どうしたフェリ?」
「これ、ちょっと過剰じゃないです……?」
私はパジャマ姿で、ベッドに寝かされている。
頭には包帯がぐるぐる巻き。
帰ってきてから、アルセイフ様はつきっきりで看病、と称して私の部屋に入り浸っている。
「気にするな。おまえは階段から落ちて大けがをするところだったのだ」
「いやいや、結界のおかげで怪我なんてしてませんし」
義妹セレスティアから、階段から突き飛ばされた私。
秘めたる魔法の力を使って、一瞬で体をバリアのようなもので包み込んだ。
結果、私は無傷ですんだ、といっても、アルセイフ様は……。
「医師によれば、頭はぶつけて数日経ってから症状がでるということがあるらしい。動いては駄目だ」
「はぁ……」
「その間身の回りの世話は俺に任せろ。トイレも風呂も、俺が手伝う」
「申し出自体はうれしいのですが……」
「そうかうれしいか!」
ぱぁ! と笑顔になるアルセイフ様。
正直、ありがた迷惑、という言葉をぐっと飲み込む。
彼は善意で面倒を見てくれているのだ。
むげにするのはどうかと思う。
それにアルセイフ様は、世話焼きになれてないからか、かなり失敗する。
ご飯をこぼす、水をひっくり返す等など。
正直ニコの方が上手くやれるだろう。
けれど……。
懸命になって、私を看病してくれる彼が、愛おしくて、もう要らないと言えないでいた。
たとえるなら、子犬が必死になってボールを追っかけ、やっと持ってきたボールが唾液まみれだった……みたいな?
……自分でも何を言ってるのだろうか。
「フェリ。しばらく学校は休め」
「大丈夫ですってば」
「いや! 何かあっては困る。おまえは俺のそばにずっと居ろ。何があっても動けるよう、俺は四六時中そばにいるからな!」
ふがふが、とアルセイフ様が鼻息荒く言う。
「とかいって、単にわたしのそばに居たいだけでは?」
「うぐ……!」
顔を真っ赤にして、アルセイフ様が口ごもる。やれやれ、図星か。
「なんだ、けが人の看病にかこつけて、私を独占したいだけなんですね。私の体を気遣ってのことだと思ってたのに」
「ち、ちがう! 俺は……おまえが本気で心配なんだ!」
そう力説する彼の目の下には、大きなクマがあった。
昨日から今日まで眠っていないのだろう。
私に何か異変がないように、見張っててくれたのだ。
まったく、たいした忠犬っぷりだ。ふふ……。
「ええ、心配してらっしゃるのは、十分伝わってますよ」
「え……?」
「すみません、ちょっとからかっちゃいました」
「フェリ……」
ほっ、と安堵の息をつく彼。
「なぜこんなことを?」
「好きな子にはいたずらしたくなる心理ですよ」
「そ、そうかっ! そうかそうか! ならもっといたずらしてくれっ!」
私に好かれようとする彼が可愛らしくて、私はついつい微笑んでしまう。
「ああ……最高だ。フェリを独占し、ずっとそばに居てくれる……こんなひとときが永遠に続けば良いのに……」
と、そのときだった。
「「「フェリー! 大丈夫ーー!?」」」
寝室の扉が開くと、学友たちが、血相変えて入ってくる。
女友達のアニス。隣国の王子スヴェン、そして男の娘モナに、大学教授のサバリス教授。
みんなが心配そうな顔で、こちらに押し寄せてくる。
「フェリ! 階段から落ちて頭を打ったんですって!? 大丈夫なの!?」
アニスが私の頬を両手で包んで、まじまじと近くで見てくる。
「ええ、問題ありません」
「ああ……よかった……」
頭打ったか心配してるのに、なぜ髪の毛に鼻を押しつけてくんくんしてるんでしょうね。
「オレ様のフェリ。ああ、愛しの女……おまえが無事でオレ様、本当に良かったよ……」
褐色肌の美丈夫スヴェンが、私の前で跪いて、手を取る。
「ご心配をおかけしました」
「いや、無事ならそれでいいんだよ」
頭打ったか心配してるのに、なぜ私の手のひらの甲にキスをしてくるのでしょうか。
「……フェリ様。くすん……よかった……よかったですぅ~……」
えんえん、と大泣きしているのは、一見すると可憐な美少女に見える、モナ。
モナは私の体を、ぎゅっと抱きしめてくる。
「心配で心配でぇ……夜も眠れなくってぇ……」
アルセイフ様もモナも、大袈裟なんだからまったく……。
あとなんで心配してるのに、私の胸に顔を埋めて頬ずりをしているのだろうか。
「き・さ・ま・らぁああああああああ!」
友人達にもみくちゃにされていると、アルセイフ様が声を荒らげる。
「俺の女からどけ!」
「「「断る……!」」」
「何を無断でフェリに触っているのだ! こいつは俺の女! 俺の許可無く触れることを禁ずる!」
「「「だが断る……!!!!!!」」」
「良い度胸だ! 全員たたっ切る! 表に出ろ!」
「「「やんのかごらぁ……!」」」
友人達が夫と一緒に部屋を出て行った。
やれやれ、仲良くしてもらいたいモノだ……。
「フェリア君。聞いたよ、力を使ったと」
「サバリス教授」
残された大学教授の、イケメン先生、サバリス様が隣に腰を下ろす。
「結界を使ったのだね。もう一度発動できるかな?」
「やってみます……」
私は落下の際に使った感覚で、もう一度、魔法を発動。
すると、私の体の周りに、七色に輝く膜のようなものが展開する。
「…………」
先生が、目をむいていた。
「信じられない……奇跡だ……」
「どうかしたんです?」
喉を震わせながら、教授が私の手を取る。
ふにふに、と膜に触れながら言う。
「これは、【聖結界】だ」
「せいけっかい……?」
「ああ。ただの結界じゃない、特別なもの。それも……神の奇跡のひとつとされる秘術だ」
そんなたいそうな結界術なのかこれ……。
「フェリア君。結界術の基本は?」
「展開すると、あらゆるものの干渉をすべてはじく……ですよね?」
「そう。どんなものも例外なく、侵入を阻む。それが結界の基本。だが聖結界は、違う」
ふにふに、と私の二の腕を手で直接触りながら、サバリス様が言う。
「聖結界は、邪悪なるモノを【選別】して防御する。これは、とんでもないことだ。なにせ街を守る、女神様が張ってくださった結界と、同じものなのだから」
魔物はびこる現代で、我々が安寧を享受できているのは、ひとえに女神様の結界のおかげだ。
街を覆うように結界が張っている。人間は入れるが、魔物が入れない形になっている……って。
「じゃあ、これ……私の使っている結界は、女神様の結界……?」
「そう! その通りだ! 女神様の結界を再現して見せたのは……歴史上で数人しかいない。しかもみな、偉大な魔法使いたち! ただの一般人が聖結界を再現したのは、歴史上ただ一人! 君だけだ!」
……よくわからないが、凄いことなんだ、ということはわかった。
「この結界が……ねえ」
「ああ。これは、歴史的な大事件だ。なにせ聖結界の修復を行えるってことだからな。今この時代でできるほどの魔法の使い手はいない」
街を守る聖結界は、経年劣化していくもので、ちいさな村では結界が完全に消えてしまっているところもあるという。
「フェリア君……世界は君に注目するだろう。より強く」
「それは……面倒ですね」
心静かに生活を送りたいのだけれど、どうしてこうも、目立ってしまうのか。
精霊王の力に、聖結界。
どちらも別に欲しいなんて思わないのだけれども。