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3話


 レイホワイト家へと嫁いだ私。


 旦那様である冷酷なる氷帝こと、アルセイフ様との一幕があった。


 その数時間後。


「うーん……思い出せない……」


 私は自分にあてがわれた部屋にて、掃除を行っていた。


 アルセイフ様のご両親様はお優しいことに、私に自分だけの部屋をプレゼントしてくれたのである。


「あのぉ、フェリさまぁ~? 掃除してる場合なんですぅ~?」


 侍女のニコが、恐る恐る聞いてくる。


「ええ、今日からここに住むのだからね。部屋はきれいだけど、ホコリが結構溜まってるし」


「そうじゃなくて! さっきの氷のやつですよ!」


 氷のやつ……?

 ああ、アルセイフ様が氷の魔法を放ってきたあれか。


「魔物を殺すほどの魔法を暴発させてしまうなんて、魔法使いとしてはまだ未熟ですね」


「じゃーなーくーて! フェリ様の魔法ですよ!」


 ててて、とニコが近づいてくる。


「フェリ様、氷の魔法を使えたんですよ! 加護無しのはずなのに!」


 この世界の人間は皆、生まれたときに精霊から加護を受けるとされる。


 加護を受けると尋常ならざる力を手に入れる。


 魔法、剣術、そのほか諸々。


「基本的に加護がなければ魔法が使えないはずなのに……」


「その通りだ!」


 ばんっ! とドアが乱暴に開けられる。


 入ってきたのは銀髪の美丈夫、私の旦那であるアルセイフ様だ。


「ひぃ! 冷酷なる氷帝さまだぁ……!」


 ニコがブルブルと震えている。

 まったく……。


「アルセイフ様、部屋に入るときはノックくらいしてくださいまし」


「なんだとっ!?」


 きっ、と彼がにらんでくる。

 ……そうだ。


【やっぱり】……。


「貴様、俺に命令するのか! この俺に!」


「ええ。夫婦であろうと、人様のお部屋に入るときは、ノックすると教わらなかったのですか?」


「この……!」


「この場においてあなたの身内しかいないとはいえ、ごらんなさい。平民の子もおりますゆえ、そのような粗暴な振る舞いは、貴族の、ひいてはレイホワイトの家の品位を下げることになりかねないとは、思いませんか?」


 ぎり、と歯噛みすると、アルセイフ様が怒気を少しばかり抑える。


「うーん、やっぱりだ……似てる……」


「なんだ、似てるとは?」


 じろり、とアルセイフ様がにらんでくる。


「あ、いや。別にたいしたことではありませんので」


「ふん! ……ところで貴様、聞きたいことがある。面を貸せ」


 面を貸せなんて、お下品な言葉を使う方だな。


 外でちゃんとした言葉遣いはできてるのだろうか。


 上司は怒らせてないか、部下になめられてないか、心配である。


「おい」

「すみません。重要な話でなければ、少しお待ちください。お掃除の最中です」


「なに! 貴様……俺の命令よりも掃除を優先するというのか!」


 ごぉ……! とまた彼の周りに魔力がほとばしる。


 どうやら魔力制御が苦手な様子だ。


 ニコはアルセイフ様の魔力におびえているが、私は普通に答える。


「ええ、この部屋を掃除しなければ私もニコも寝る場所がございませんので」


「貴様は俺の寝所で寝れば良い。下女の世話など自分でさせろ」


 下女、とはニコのことだろう。

 ……少し、腹立つな。


「……お言葉ですが、アルセイフ様。寝所をともにするのはもっと先でございます」


「なに? そうなのか」


「ええ。結婚したことを陛下にみとめてもらい、初めて真に夫婦となってから寝所をともにするのです」


 私はここへ嫁いだが、書類上はまだレイホワイトの人間ではないのだ。


「ご存じなかったのですか?」


「ふん! 知るか。俺は結婚するのは初めてだからな!」


「なるほど……では覚えてください。結婚するまではここが私とニコの部屋。そして……」


 私はニコを抱き寄せて、あたまをなでる。


「この子は私の家族です。下女なんて言い方はやめてください」

「ふぇ、フェリさまぁああああああああ!」


 おびえていた彼女をよしよしとあたまをなでる。


「この人が私に話があるみたいなので、ニコ、ちょっと席を外してなさい」


「ふぁい!」


 ニコが外へと出て行く。


 アルセイフ様が見えてない位置から、彼に向かって「んべー」と舌をだしていた。


 やれやれ……見られなかったからいいものを……あとで注意しておかないと。


「…………」


 じっ、とアルセイフ様が私を見つめている。

「なんでしょう?」

「いや……変わった女だと思ってな」


「あなたのあだ名ほどでは」

「ぐっ……ま、まあ……俺もそのあだ名は、おかしいなとは思っていたさ」


 その割に指摘されて顔を真っ赤にしていたのだが、まあツッコむのは野暮だろうな。


「話をしたいのでしたら、どうぞソファにおかけになってくださいまし。お茶を淹れますので」


「ああ……」


 ちょこん、とソファに座るアルセイフ様。

 

 ……やっぱりだ。本当に似てる……昔の……。


 ほどなくして。


「おい女」

「フェリアです」


 ソファにふんぞり返るアルセイフ様。


「さっきの氷の魔法だが、貴様は本当に加護無しなのか?」


 アルセイフ様が感情的に放った氷魔法。

 しかし私には通じなかった。


「はい、加護無しであると判定されてますし、国にも登録があるかと」


「だとしたらなおさら解せん。なぜ、俺の魔法を受けてもびくともしない?」


「さぁ……」


 私はお茶をすする。

 一方でアルセイフ様が怪訝な表情をする。


「貴様……気にならないのか?」

「全然」


 学校で研究していたときならいざしらず、もう嫁いだから。


「力の正体がどうのこうのなんて興味ありません」


「正体に興味が無い……だと?」


「ええ。私はこのお屋敷にご厄介になるのですから、ここでの生活の仕方、使用人の皆様の顔と名前など、覚えなければいけないことがたくさんありますので」


 はぁ……とアルセイフ様が息をつく。


「つくづく変わった女だ」

「そうでしょうか? 嫁に来た女はそういうものでは?」


 力の正体、力の使い方なんて知ったところで、ここでの生活に何の役にも立たない。


「まあいい。とにかく話を聞け」

「はい」


「……いやに素直だな」

「旦那様と会話するのも、嫁の役目ですので」


「そうか……ふむ……」


 ジッと考え込むアルセイフ様。


「では、女」

「フェリア。フェリでもよいですが。言葉遣いには気をつけてくださいね」


「ああ!? 嫁の分際で俺に口出すのか!?」


「ええ、旦那様に口を出すのも嫁の仕事です」


「ぐ……この……ま、まあいい……話が進まん」


 急に怒ったり急に大人しくなったりと、忙しい人だなこの人。


「知ってるとおり俺は世界最強の氷使いだ。この俺以上に氷を上手く使える人間はいない」


 その割には魔法を暴発させてあわや嫁を殺すところだったけれど、黙っておこう。旦那様がしゃべってる途中だし。


「だが貴様は、俺の氷を受けても平然としていた。世界最強の氷魔法だぞ? けれど加護を持っていない……となると、考えられるのは、一つ」


 びし、とアルセイフ様が私を指さす。


「貴様、人間に化けた氷魔狼フェンリルだな」


 氷魔狼フェンリル。この世に存在する強い氷の力を持つ魔物。


 上位の魔物には知性が宿るという。

 つまり人間のように振る舞い、言葉を話せる……が。


「違います。人間です」

「そう……か。だが……しかしその力は氷魔狼フェンリルのモノ。やはり貴様は人間じゃない……」


「アルセイフ様」


 私は彼に手を伸ばす。

 指をつかんで、膝の上に置く。


「人に指を差してはいけません」


 少々マナーがなっていないようだ。

 おそらくこの性格だ。マナー講師もさじを投げたのだろう。


「…………」


 おや、また命令するなって怒るかと思ったのだが?


 大人しくしているな。


「どうしました?」

「あ、いや……家族以外で、人に触れられたのは、初めてだったのでな」


 じっ、とアルセイフ様が私を見つめる。


「貴様、俺のことが怖くないのか?」


 窺うような瞳を見て、私はようやく合点がいった。


 そうだ、彼は……【あの子】に似てるんだ。


「ええ。全く」

「…………そうか」


 すくっ、と立ち上がると、アルセイフ様が部屋を出て行く。


「いいか、貴様。よーく聞け」


 ぎろっ、と彼が私をにらんでくる。


「俺は貴様の事が嫌いだ。なぜかわかるか?」


 なんだ突然……。

 まあ好意的な感情は持ち合わせてないだろう。

 出会って間もないわけだし。


「いえ、皆目見当もつきません」


 ふんっ、と鼻を鳴らす。


「俺は認めん。貴様のような女が、俺より優れた氷の使い手であるなど! 絶対に、断じて、認めんからな!」


「はぁ……」


 そう言って彼はドアを閉めた。

 ふぅ……まったく、頑固そうな殿方だな。


「フェリさまー!」


 窓をがらっと開けて、ニコが部屋の中へと入ってきた。


「外で見てたのね」

「はい! あの恐ろしい氷帝に、フェリ様がひどい目に遭わされないように、このニコはじーっと見張っていました!」


「良い心がけだけど、盗み見は感心しないわ。次から気をつけること」


「ひゃい……」


 私は隣にニコを座らせて、あたまをなでる。

「でも……フェリさますごいです」

「なにが?」


「だってあの、冷酷なる氷帝ですよ? おっそろしいで有名な騎士様と、普通に会話するなんて、すごいです」


「そうかしら。普通じゃない?」


「いえいえ。普通だったらあんな怖い人と関わりたくないモノです。どうして平気なんですか?」


 彼にも聞かれたな、その質問。


「アルセイフ様は……コッコロちゃんに似てるのよ」


「は……? こ、コッコロちゃん……? だ、だれ……?」


「犬です。私が小さい頃に飼ってた」


「い、犬ぅううううううううう!?」


 私がまだ本当に小さかったとき。

 腹を空かせていた犬を街で見かけた。


 その子を拾って飼っていたのだ。


「コッコロちゃんもあんなふうに、最初はきゃんきゃんと吠えまくっててね。でも犬ってね、吠えてるときって別に怒ってるわけじゃないの。身を守るときに吠えてるのよ」


「は、はぁ……」


「アルセイフ様も、なんだかコッコロちゃんにとてもよく似てるような気がしてね。あまり怖くないのよ」


 ああ、懐かしいなぁコッコロちゃん……。


「……冷酷なる氷帝を犬扱いだなんて……フェリ様、やっぱりすごいですよぉ」


 

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★書籍版3/3発売★



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― 新着の感想 ―
[良い点] 言い争いしてる割には、どことなくほのぼの感が伝わる。 ちょっと漫才のようなところが面白い。 [一言] 夫婦の会話が面白くて吹き出しそうになった^^
[一言] コッコロちゃんゆーなー!(cv南條愛乃) ああ、懐かしいなぁミルキィホームズ……。
[良い点] あれ?氷帝ってポンコツキャラじゃね?
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