29話
帝国との合同で行われる夜会に、私は参加していた。
アルセイフ様と途中で別れてしまい、私は一人会場にいた。
幼馴染でもあるハイア王子と一言二言挨拶をした後、私はお手洗いに向かった。
一階のトイレが故障中ということで、二階へ。
「あんたのせいよ! この! 下民! 死ね!」
……トイレから会場へ戻ろうとしたとき、よく聞きなれた女の声を耳にした。
無視するにしては、不穏な内容だったため、様子を見に行くことにした。
階段の近くに、私の義妹、セレスティアが憤怒の表情で立っていた。
「やめてください、セレスティア様!」
「うるさい! 命令してんじゃないわよ! あたしは王族なのよ! 下民風情が口ごたえすんな!」
セレスティアは侍女を折檻している様子。
髪の毛を引っ張りながら、頬を殴っている。
「おやめなさい!」
思わず、私は声を張り上げる。
ぎろりとセレスティアが私を見つめる。
その瞳の奥に、さらなる怒りの炎が燃え上がったように感じた。
「フェリアぁ……!」
場末のチンピラか、と言いたくなるような口ぶりだ。
相当怒っているのだろう。
「その子を離しなさい」
「あんたまで命令するの!?」
「命令じゃないわ。離しなさい」
私は氷の力を使って、セレスティアに氷雪の風を吹かせる。
足元を凍らせ、突風を吹かせることで、義妹を転ばせる。
そのすきに、私はいじめられていた、侍女に声を掛ける。
「お逃げなさい。あとは私に任せて」
「でも……」
「いいから」
侍女はためらったものの、セレスティアの怒りの瞳を見て、怖がって逃げていった。
「なにすんのよ!」
「それはこちらのセリフです。なぜあのような、貴族にあるまじき振舞いを?」
「うっさい! あの下民の選んだドレスのせいなのよ!」
「はぁ?」
訳が分からない。ドレスがなんだ?
「ハイア様は青い色が好きなのよ! それなのにあの侍女! わたしに赤いドレスなんて着せやがった! だからハイア様に関心を持ってもらえなかったの!」
……どうやら婚約者の、ハイア殿下と何かあった様子だ。
「あなた、赤い色が大好きじゃないですか。侍女はあなたの好みに合わせて選んでくれたのでしょう? それをあんなふうに当たり散らすなんて」
「だまれぇ……!」
セレスティアがより一層、怒気を強めて言う。
「誰のせいで! あたしがこんなにみじめな思いをしてると思ってるんだ! 落ちこぼれのくせに! 一族の汚点のくせに!」
「何の話をしてるんです?」
「うるさい! 仲良くしやがって! おまえさえいなければ! あたしは愛されたのに! おまえがいなければ!」
……まったくもって、意味がわからなかった。
論理的な会話ができないくらい、頭に血が上っているらしい。
「一度、頭を冷やしなさい」
「うるさいうるさいうるさぁああああああああああああああああい!」
セレスティアは声を荒らげると、私に向って、タックルをくらわせてきた。
私は突き飛ばされ、一瞬の、浮遊感を覚える。
え……?
戸惑う私をよそに、世界がスローになっていく。
ゆっくりと、私は階段下へと落ちていく。
……なぜこうなったのだろう。
突き飛ばしている妹の表情は、憎しみにまみれていた。
私の言い方がきつかったからだろうか。だとしても、こんなことをするような子ではなかったと思うが。私はあの子にとっての逆鱗に触れてしまったらしい。
血は繋がっておらずとも、年下の妹相手に、無意識に感情を逆なでしてしまったことに申し訳なさを覚える。
ああ、地面があと少しのところまで来ていた。
痛いのは嫌だな……。
がつん!
「……え? う、うそ……わ、わたし……ち、ちが……」
「きゃあああああああああああ! 人殺しぃいいいいいいいい!」
「ち、ちがう!」
遠くでぼんやりと、女の声が聞こえる。
気づけば目の前に、さっき私が助けた侍女がいた。
「フェリア様! 大丈夫ですか!? 今人を呼んでまいりました!」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
「しっかり! 死なないで……って、え?」
「え?」
……あれ?
私、頭から落ちたのに、何か普通に会話できてる。
「ふぇ、フェリア様……」
私はゆっくりと体を起こす。
手足が、思ったように動く。頭もいたくない。
「これは……なに?」
私は七色の光に包まれていた。
光の膜、とでもいうのか。私の体全身をすっぽり覆っている。
私が膜に触れるとぶにぶに、と弾力をおびていた。
「これは、結界魔法? しかも、かなり高度な……」
「リア! リアぁ!」
そこへ、全速力で駆けつけてくる人物がいた。
幼馴染の、ハイア殿下だ。
血相を変えて、ハイア殿下が私の元へとやってくる。
「大丈夫か!? 階段から突き飛ばされたと!」
「あ、はい。なんともありません。どうやら結界魔法が働いたようで」
「結界……だと?」
ハイア殿下が私の体にまとっている、七色の光の膜をみて、目を見開く。
「きょ、極光のオーラ! これは……まさか王家に伝わりし、伝説の!」
がし、とハイア殿下が私の肩をつかんで、ぐいっと引き寄せる。
まじまじと私、というか結界を見つめている。
「あ、あの……近いです」
「あ、す、すまない」
ぱっ、とハイア殿下が私から距離を取る。
光の膜はほっとくと、自然に消えた。
「とにかく、君が無事で何よりだ。良かった……良かった……」
彼が声を震わせて、涙をこぼしている。
ハイア殿下はなぜ泣いているのだろうか。
ああ、婚約者が私を傷つけたから、申し訳ないと思ってるのかもしれない。
「殿下。今回の件、私にも非が……」
「……もう、我慢ならん」
ぶるぶると、ハイア殿下が怒りで体を震わせている。
「あの、もし?」
「……身勝手なふるまいだけなら、我慢できた。しかし、他者をわがままで傷つけるなど言語道断! もう容赦せん!」
ハイア殿下は立ち上がると、集まってきた城の衛兵に言う。
「今すぐに彼女を突き飛ばした犯人……セレスティア=フォン=カーライルを捕らえよ! そして私の前に連れてくるのだ!」