28話 ハイア王子視点
ハイア=フォン=ゲータ=ニィガ。
フェリアの義妹、セレスティアと婚約することになった王子。
彼の目下の頭痛の種は、婚約者……セレスティアにある。
「はぁ……」
ハイアは馬車に乗り、貴族主催の夜会へと向かっていた。
「どうなさりましたのぉ~ん、ハイアさまぁ~?」
自分の隣に座り、べったりとくっついてくる少女……セレスティア。
甘ったるい声で、こびを売ってくるその姿に、ハイアは辟易していた。
「セレスティア……ちょっと離れてくれないか。私は疲れているんだ」
「あら! それは大変ですわぁん! なんだったら膝枕でもしましょうか? 子守歌を歌って差し上げます? わたくしなんでもいたしますわぁ! なんだって、あなたの女ですものぉ!」
……辞めて欲しかった。
セレスティア=フォン=カーライル。
カーライル公爵家の次女。
賢いフェリアと違い、セレスティアを一言で言うなら、愚かな女であった。
彼女はとてもわがままだ。
侍女や城のものたちに、わがままを言っては困らせていると聞いている。
さらに、彼女は自分が一番でないと気が済まないらしい。
セレスティアはハイアにとっての一番になろうと、二人きりの時は、こびを売りまくってくる。
正直、鬱陶しい。
こちらの心労など気にせず、ベタベタとくっついてくる……。
(こんなとき、リアだったら……)
フェリア。幼馴染みの少女。
彼女は実に聡明だ。
自分の振るまいが、自分だけでなく、他者の評価を下げる可能性があることを知っている。
公爵令嬢として、ふさわしい振る舞いをするだけでなく、他者をいたわる心まで持っている。
……正直、性格面において、妹とは雲泥の差と言わざるをえない。
フェリアなら、こちらが疲れている、といわずとも、いたわってくれる。
そっとしてくれと言ったらそうしてくれる。
過剰にこびを売ることもなく、ただ静かに、そばにいてくれる。
それだけでいいのだ。なのに、このセレスティアという女は、なぜそれができないのだ?
(駄目だ……婚約した彼女と、再びあってから、リアのことばかり考えてる)
今、彼女はレイホワイト騎士爵の家に嫁いだ。
もう、幼い頃のように、過剰に仲良くできない。してはいけない。
フェリアもそれを承知しているからか、学園でも、わきまえた振る舞いをしてくる。
……それが、とてもさみしかった。
「……いいか、セレスティア。先に言っておくことがある」
「なんですのぉん?」
……その甘ったるい、鼻につくようなしゃべり方を辞めろ。
そう言っても聞いてくれないのだろうな、と諦めつつ、ハイアはセレスティアに忠告する。
「これから行く夜会では、他国からも大勢参加する。君の振る舞いは、彼らに見られている。それを意識してくれ」
「はぁい! わっかりましたぁん!」
……全く分かってるようには思えなかったので、更に釘を刺しておく。
「パーティでは騒ぎを起こすな。いいか、絶対に起こすんじゃないぞ」
「わかってますってぇん♡」
ぎゅっ、セレスティアが腕にしがみついてくる。
やめてほしいかった。この女は、かげんをしらない。ぎゅーっと、力一杯抱きしめてくるのだ。
……フェリアなら。
控えめに、そっと手を重ねてくるくらいだろうか。
その方がいい。そもそも人に触られるのが好きじゃないのだが。
……それを何度言ってもセレスティアは聞き入れてくれない。照れ隠しだと思っているらしい。
フェリアは、言わずとも、態度で察してくれるのに。
★
ハイアたちを乗せた馬車は夜会の会場へと到着した。
隣国である、マデューカス帝国との国境付近にある古城でのパーティ。
帝国貴族も参加するパーティだ。
普段以上に振る舞いを気をつけねば、王国の品位を下げることになりかねない……。
だと、と言うのに……。
「ちょっとなに! この料理作ったのはだれ!? あたし辛いの苦手なんですけど!」
……セレスティアは、あれだけ注意したというのに、態度を改めなかった。
パーティ会場の護衛に来ていた騎士達にあたり散らし、料理に文句を言う。
自分より下の貴族の令嬢達には「わたくし、王子の妻ですのよ? 何その態度、もっと敬いなさいよ」と平然と他者を見下す発言をする。
「……何あの女」「……ハイア王子の婚約者らしいですよ」「……うわぁ」
当然、セレスティアの行動によって、ハイア、そして王国の評判が落ちていく。
もう何度も注意したのに、セレスティアは目を離した瞬間に、息をするように他者を見下す。自慢をする。
(……勘弁してくれ)
心が折れそうになっている、そのときだ。
「殿下?」
耳に心地よい声。
振り返るとそこには、パーティドレスに身を包んだ、美しい少女がいた。
「リア……!」
思わず、声が弾んでしまった。
おめかしして、ドレスに身を包んだ彼女は、女神と見間違うほど、美しかった。
「殿下。また呼び方が戻っておられますよ?」
フェリアは声を潜めて、注意をしてくる。
帝国貴族の目があるから、彼女は指摘してきたのだ。
ああ、これだ。この気遣い。
自分が、妻に求めていたモノだった。
「レイホワイト君。君も参加していたのだね」
「はい。夫の付き添いで」
……フェリアをレイホワイトと呼んだこと、フェリアが、夫という単語を使ったことが、ハイアにとっては地味にショックだった。
諦めたはずだったのに、フェリアへの思慕の情が、再燃しそうになる。
だが王族である自分が、他の家の夫人と浮気などできるわけがない。
「アルセイフ殿にご挨拶をと思っていたのだが、彼はどこにいるんだい?」
「さっきそこでもめ事があったとかで、かり出されてます」
もめ事……。
セレスティアでないことを祈るばかりだ。
「殿下。はい、どうぞ」
「え?」
フェリアがお皿に盛ったラズベリーソースのかかったチーズケーキを、笑顔で差し出してくる。
「これは……?」
「お疲れのご様子でしたので、あまいものでもどうかと」
……このケーキは、ハイアの好物だ。
「おぼえていたのか……?」
「ええ、もちろん」
……なんと、できた女だろうか。
彼女からケーキを受け取り、彼女の暖かさが伝わってくる一方で……。
胸がズキリと痛んだ。
ああどうして、彼女が自分の婚約者ではないのかと。
アルセイフが羨ましくてしょうがない。
こんな素敵な女性が自分を支えてくれているなんて。
どうして、彼女はレイホワイトへ嫁いだのだ。
なぜ自分の元に彼女がいない。
なぜ……どうして……。
「殿下、これで失礼しますわ」
「あ……ああ」
必要以上に会話をせず、フェリアが去って行った。
彼女は自分の立場をわかっている。
周りには帝国貴族の目があることを、わきまえている。
自分の番となるべきは、絶対にフェリアなのだ。
自分を理解して、己の立場を理解し、振る舞うことのできる……才女。
(リア……君が欲しいよ……リア……)
しかしそれは叶わぬ恋。
自分は、あの女を上手く手綱を握っていくしかないのだ……。
と、そのときだった。
「大変ですハイア殿下!」
古城の衛兵が、駆けつけてくる。
「セレスティア様が、階段から、レイホワイト夫人を突き飛ばしたそうです!」
フェリアが突き飛ばされたと聞いて、一瞬、ハイアの頭が怒りで真っ白になった。