27話 アルセイフ視点
ある日のこと、フェリアの夫アルセイフは、騎士団の馬の手入れをしていた。
アルセイフ達騎士団、【赤の剣】のメンバー達は、自分たちの馬を手入れしている。
彼がそわそわしていると、メンバー達が察したのか、すっ……と距離を取る。
オレンジ色の髪の団員ハーレイに、すっ……とアルセイフが近づく。
「ハーレイ、聞いてくれ」
「フェリア様のことですよね?」
アルセイフが目を丸くする。
「なぜわかる?」
「あなたの口から出ることの99%、フェリア様のことじゃないですか」
背後で、団員達がうんうん、とうなずいている。
だが話を聞かれていると、アルセイフがしゃべりにくいだろうからと、空気を読んで、自分たちの作業をしている【フリ】をしていた。
みな、この不器用な副団長さまと、奥様の恋愛喜劇が大好きなのである。
「うむ、まあそうだ。フェリのことなんだが……最近、辛くてな」
「辛い?」
「ああ……フェリアの友人とやらが、休日になると、たまに遊びに来るようになったのだ」
……なんだそんなこと、とハーレイは決して、否定の言葉を言わない。
彼もまた真剣なのだ。
「それのどこが問題なのですか?」
たしかに、と団員達がうなずく。
「フェリが……俺以外のやつと、楽しくしているのが……辛くて」
子供か……! と全員がツッコみそうになるのを我慢する。
「子供ですか、副団長」
ハーレイだけはズバッと言う。
前はここでキレていたアルセイフだが、何度も悩みを聞いてもらっているハーレイ相手では、感情的になる回数は少ない。
「聞いてくれ。フェリのやつは、隣国の王子と仲良くするのだ。しかも女が二人も、常にべったりとあいつの左右を守っている。あいつらが遊びに来るたび、俺はフェリと会話もできん、デートもできん……俺は、死んでしまいそうだ……」
「あー、まあ、友達の内輪で盛り上がってる仲で、外野が入るわけにはいきませんもんね」
「そうだ! その通りだ。なんとかならぬか……?」
今回の相談も、まあたいしたことない内容だ。
けれどアルセイフは、実に真剣に、ハーレイに答えを求める。
団員達も彼にどうアドバイスするのか気になる一方で、そんな子供じみた悩みをする副団長に、微笑ましい目を向ける。
なんと言っても、アルセイフは若きホープ。
団員達より歳が下なのだ。
彼らからすればアルセイフは上司である一方で、弟的なポジションの存在である。
特にフェリアが来て、部下とのコミュニケーションが円滑に取れるようになってからは、アルセイフをどこか手のかかる弟的な存在だと思うようになっている、団員達。
「別に問題ないのでは? だってご友人がくるといっても、休日の、しかも数時間くらいでしょう?」
「ああ」
「それ以外はずぅ~~~~~っとフェリア様を独占してるのでしょう?」
「無論だ」
無論って……とみんなが内心でツッコミを入れる。
「いいじゃないですか、少しくらい自由にさせても」
「しかし! その間に心が動いてしまったらどうする! 特にあの隣国のチャラ王子に! 俺のフェリアが、取られてしまったら……!」
ないない、と団員達が首を振る。
馬もブルル、とまるでアルセイフの言葉を否定するかのように、いななく。
「副団長。サボテンをご存じでしょうか。砂漠に生える植物ですが」
「……知ってる。それがなんだ、急に?」
「あれ、観賞用でも出回っていて、よく勘違いなさる人が多いのですが、あまり水を注ぐのは良くないらしいですよ」
「はぁ……」
よく分からないたとえ話をされて、困惑するアルセイフ。
「砂漠で生える植物ですから、少しの水で十分なんです。逆に、過剰に水をあげすぎると腐ってしまうんです」
「……それがどうした?」
「恋人との関係も同じですよ。愛情を注ぎすぎるのも、良くないですよ」
「冷たくしろということか?」
ちがうちがう、とハーレイが首を振る。
「少しはフェリア様をご信頼なさっては、ということです」
「……信頼、か」
「ええ。アルセイフ様のフェリア様への愛は本物でしょう。でも相手が自分を愛してくれているか、不安。だから過剰にベタベタしてしまう側面も、あるのでは?」
違う、と否定できない自分がいた。
「フェリア様もあなたを愛してくれてますよ。彼女の愛を少しは信じてあげたらどうです? そんないちいち目くじら立てずとも、彼女はアナタを一番に思ってますって」
「……そう、だろうか」
うんうん、と団員たちがうなずき、馬もぶるるう、といななく。
「いいじゃないですか。ご友人と遊んでいる間くらい、好きにさせては」
「しかしその間にあの男に取られては……」
「だから、大丈夫ですって。フェリア様はアルセイフ様が大好きで、他の男と付き合う気なんて毛頭無いんですから」
「……なぜそこまではっきり言い切れる?」
そりゃ……とハーレイがあっさり言う。
「奥様とたまにお茶しますし、おれ」
「なっ!? き、貴様……! 俺のフェリと密会してやがったのか!」
「いや密会って……ちょっとお茶するくらいですよ。ほら、フェリア様たまにアナタの元に顔出しに来るじゃないですか」
ほっとくと勝手に学校に入ってくるので、フェリアが対抗策として、自ら出向いてくるようになったのだ。
授業の空き時間とか、昼休みとかに。
アルセイフは副団長という立場上、色んな会議に参加する。
フェリアが待っている間の話し相手になっているのだ。
「き、貴様……! 俺に黙ってフェリと……茶をしてたのか! なんと羨ましい……!」
「いやあんな美人を嫁にもらって、四六時中尽くしてもらってる、アナタの方が羨ましいですよ」
うんうん、と団員達がうなずく。
「ふふん、そうだろう?」
ハーレイにフェリアを褒められ、まんざらでもないアルセイフ。
「と、とにかく! 俺に黙って会うのは禁止!」
「えー、いいんですか? アナタの知らない色んな情報、彼女から引き出してるんですけどなー」
「なっ……! ど、どんな情報だ!? 聞かせろ!」
別にハーレイもフェリアとどうこうする気はない……というか。
彼と嫁との仲を応援したいとさえ思っている。
その方が団の活動が円滑に進むからである。
「フェリア様がそろそろ、お誕生日なのはご存じですか?」
「誕生日だと……?」
そのリアクションだけで、アルセイフが把握していなかったことを察する面々。
「ええ。来週末に誕生日だそうで」
「そうか……くっ! なぜそんな重要な情報を、俺は知らなかったのだ!」
本気で悔やむアルセイフ。
「逆に何で知らないんですか?」
「聞く機会がなかったからな」
「どうして、夫婦の会話ででこないんですか?」
「あなたの誕生日はいつですか、なんて聞けるか……恥ずかしい……」
どうやらアルセイフは、好きな子の誕生日すら聞き出せないほど、うぶであるらしかった。
ふふ……と団員達が微笑ましい目を、若き副団長に向ける。
「良い機会ですから、何か贈り物をするのはどうでしょう?」
「し、しかしフェリの好きなモノ……わからん……」
やれやれ、とハーレイが息をつく。
「おれ、知ってますよ? フェリア様の好きそうなモノ」
「なにぃいい! それは本当か!?」
ハーレイの肩をつかんで、ガクンガクンと揺らす。
「ほ、ほんとですって。ほらね、お茶友で良かったでしょ、おれと奥様と」
「う、うむぅ……そうだな……しかし……ああ度しがたい……フェリ……俺のフェリ……他の男と話さないで欲しいのに……ぐぬ……」
ハーレイは、内心でフェリアへ感謝する。
嫁ができてから、この団は、非常に風通しの良いものになった。
以前は冷酷なる氷帝を、部下すらも怖い存在だと思って、距離を取っていた。
だが今はどうだろう。
部下達がみな、年若く、そして恋を知らぬ少年が、大好きな女の子に好かれようと懊悩している姿に、エールを送っている。微笑ましいモノを見る目で見守っている。
ある意味で、団が一つにまとまっていた。
フェリアがいなければ、こんなふうに、団がまとまることはなかったろう。
恐ろしい氷帝の独裁政権のようになっていたに違いない。
(フェリア様には頭が上がらないや……)
「ハーレイ! それで、フェリは何が好きなのだ!」
「ご自分でそれとなく聞いてみるのは?」
「そ、それができれば苦労はせん! 馬鹿者がっ!」
団員たちはみな、この不器用な副団長の恋の行く末を、温かく見守るのだった。