26話
私が学園に通うようになってから、1週間ほどが経過した。
特に問題も無く私は学園生活を送れている。
コッコロちゃん2号こと私の夫がしばし学園に乗り込んでくる以外、大きな出来事もなく過ごせていた。
そんな、ある日のこと。
私がいつものように、友達とご飯を食べているときだった。
「何だか騒がしいですね」
食堂の入り口に人だかりが出来ていた。
主に女子達の黄色い声が聞こえる。
「ああ、ハイア王子が復学したみたいね」
友人のアニスが興味なさそうに言う。
ハイア王子はこの国の王子で、最近まで隣国、フォティアトゥーヤァに留学していた。
留学期間を終えて、この学園に帰ってきたらしい。
私たちとは違うクラスなので会うことは滅多にない。
「まあでも挨拶くらいはあとでしておこうかしら」
「「「え……!?」」」
友人達が驚愕の表情を浮かべる。
「どうしたんですか?」
「え、ちょ……なんでフェリが挨拶するの!?」
「そうだぜ! フェリが男に興味を持つなんて!」
失礼な、まるで全く男に興味が無いみたいな感じではないか。
まああまりないけど。
「ハイア王子は私の……」
そのときだった。
「ちょっと失礼。いいかな?」
誰かが声をかけてきた。
見上げるとそこには、赤い髪の少年がいた。
「ああん? んだよてめえ……?」
スヴェンが立ち上がって、凄まじい形相でにらみつける。
「スヴェン、何をけんか腰になってるのです」
「だってよぉ! こいつはオレ様のフェリに無断で声かけてきたんだぜ?」
【彼】はスヴェンの言葉を聞いて「オレ様……の?」と表情を険しくする。
「確か君はフォティアトゥーヤァの王子だったと記憶しているが。なぜここにいるのだね?」
「フェリを王妃にするまで国に帰るつもりはないんだぜ!」
「交換留学の期間を過ぎたのだから、早く国に帰るべきだと私は思うのだが?」
彼は冷たくそう言う。
「ああ!? んだと」
「はいはい、そこまで。スヴェン、やめなさい」
赤髪の彼はフッ、と笑うと頭を下げる。
「久しぶりだねリア」
「「「「リア!?」」」」
気安く話しかけてくる彼に、驚く友人達。
「お久しぶりです、殿下」
「「「「殿下!?」」」」
いや、そこ驚くところじゃないでしょうに……。
「リア。殿下は辞めてくれ。昔みたいに呼んでおくれ」
「それは無理です。今は立場がお互いありましょう」
「それもそうだね。リア……じゃなくて、フェリア君。久しぶり」
「はい。殿下、お久しぶりです。ちょっと背が伸びました?」
「ははっ、20センチくらいね」
「まあ、それは大きくなりましたね」
私たちが和やかに話してる一方で、友人達がそわそわしている。
「……あ、あのぉ」
モナが恐る恐る手を上げる。
「……あに……殿下と、フェリさまは、どういうご関係で?」
ああ、そうか。みんなには言っていなかった。
「ハイア殿下とは、幼馴染みなのですよ」
唖然とした表情を浮かべたあと……。
「「「お、幼馴染みぃいいいいいいいいいいいいいいい!?」」」
「声が大きいです。公共の場でさわいではいけません」
「「「はい……」」」
にこやかに笑うハイア殿下。
「ご一緒しても良いかな?」
「ええ、もちろん」
ややあって。
私たちは紅茶を飲んでいる。
……だが、私の左右には友人達がいて、がるる……とうなり声を上げている。
「みなさん、殿下はこの国の王子なのですから、あまり失礼がないように」
「「「…………」」」
「返事」
駄目だ聞いてない。
「ねえフェリ。殿下と幼馴染みって言うけど、具体的にどういうつながりなの?」
「年も近かったし、パーティではよく会いました。昔はよく一緒に遊んだものです」
「リアは……フェリア君は私にとっての姉みたいな存在だったのだよ、お嬢さん」
にこやかに笑うハイア殿下。
うぐ……とアニスがたじろぐ。
「しかし体の弱かった泣き虫が、今や大きくなって、立派な王子様なんて、時が経つのも早いものですね」
「まったくだ。君は立派に成長し、とても美しいレディになった。時とは残酷なモノだ……」
切なそうな顔をするハイア殿下。
「そうだ。フェリア君。婚約……おめでとう。レイホワイト家の長男と結ばれたそうだね」
ニコッと笑って殿下が言う。
「ありがとうございます」
「レイホワイトは我が国にとって最も大切な剣の1つだ。同じく重要人物の君にふさわしい嫁ぎ先だと思うよ」
歯の浮くようなセリフをさらっと言ってくる殿下。
微笑んだままよどみなくそう言うなんて、まったくプレイボーイになったものだ。
「いえ、私なんて、取るに足らない女ですよ」
「相変わらず謙虚だね、素敵だと思う」
「まあ、お世辞がお上手ですね」
「16ともなれば多少はね」
微笑みながらお茶を交わす私たち。
「あ、そういえばセレスティアとご婚約なさったとうかがいましたが……」
「ああ……」
さっきまで機嫌のよかった殿下が、一転、疲れたように息をつく。
「そうだね」
「何かあったのですか?」
「いや……なにもないさ。そうなってしまった以上、そうするほかない」
「はぁ……」
何を言ってるのかわからないが、何かあったのは事実だろう。
「あの子のことで何か分からないことがありましたら、遠慮無く申しつけてください」
「ありがとう。ただ、もう他家と婚約した君と、あまり仲良くしてしまうのは、立場上良くない。王家の人間として、1つの家に肩入れするのは特にね」
ハイア殿下は立ち上がって、にこやかに笑いかける。
「友人とのランチタイムを邪魔して、すまなかったね、フェリア君。それに友人のみなも」
では、と言ってハイア殿下が去っていこうとする。
ぴた、と立ち止まって、こちらを見て小さくつぶやく。
「……やはり君が、いや、詮無きこと」
ふるふる、と疲れたように首を振って、彼は歩み去って行った。
「「「「…………」」」」
友人達が顔をつきあわせている。
「……どう思う、あれ?」「……どう見ても気があるだろ」「……そうよね! チクショウ! 男が群がりすぎんのよ!」「……油断ならねえな本当に!」「……で、でも紳士的では?」「……ばっか、ああいうのが実はヤベえやつなんだって!」
友人達がまたゲスの勘ぐりでもしているのだろう。やれやれ。
「そう言う間柄ではありませんし、お互い婚約者がいるのに、どうこうなるわけないでしょ」
「「「…………」」」
なぜか知らないが、友人達はあきれたような目を私に向けて、溜息をついたのだった。