25話
学園生活初日を終えた私は、レイホワイト家のお屋敷に戻っていた。
お風呂から上がって、自分の部屋で、侍女のニコに髪を乾かしてもらっている。
「フェリさま……あの男のことなんですが」
「アルセイフ様のこと?」
「ええ……なんか、今日お屋敷に帰ってきてから異常じゃないです?」
「まあ……そうね」
学校を終えて帰ろうとしたら、アルセイフ様が待ち構えていた。
馬車に乗っているときも、屋敷へ戻ってきたときも、食事をしてるときも。
彼はわたしのそばにずっと居た。
ちょっと懐いた頃のコッコロちゃんみたいで、可愛いかなって思っていたのだが。
さすがに風呂までついてこようとしたときは、どうかと思った。
そのときは1号に頼んで、浴槽の外へ連れ出してもらったが。
「フェリさまへの執着が日に日に増してると思います」
「そう?」
「ええ! そのうち氷に閉じ込めて、あなたを永遠に俺のモノにしたい! とかサイコパスなこといいだしますよきっと」
そんなことはない、と言いたいけど、最近のアルセイフ様の言動を考えるに、冗談じゃないふうに聞こえる。
「そのときはこのニコめが! お守りいたしますのでご安心を!」
「まぁ、頼もしいこと」
私は微笑むと、ニコがうれしそうに笑う。
と、そのときだった。
コンコン……。
「むむ! こんな時間に、淑女の部屋を訪れるなんて、いったいどこの不埒モノだ! あたしががつーんて言ってやる!」
ニコが髪を乾かす手を止めて、入り口へと向かう。
「うひー! フェリさま~!」
ドアを開けてやってきたのは、アルセイフ様だった。
「こんばんは」
「ああ」
ちらちら、とアルセイフ様がニコを見ている。
ああ、二人きりになりたいのか。
それならそうと口に出せば良いのに、プライドが邪魔してしまうのだろう。やれやれ。男の人ってほんと見栄っ張りなんだから。
「ニコ。もう今日は下がって良いわ」
「は、はひ~……」
アルセイフ様から距離を取って、ぴゃっ、とニコが部屋から出て行く。
威勢の良いこと言ってたけど、まだまだ子供だ。
まあアルセイフ様は冷酷なる氷帝のあだ名で恐れられてる存在だし、怖がるのも無理はないけど。
「それで、どうしたのですか、アル?」
二人きり、私は彼のことをアルと呼んでいる。
すると彼はすごくうれしそうに笑うと、私の元へ近づいてくる。
「おまえと話したかった」
「そうですか。ではベッドに移動しましょうか?」
私たちは並んでベッドに座る。
月明かりが窓から差し込み、彼の美しい銀髪が、より輝きを増している。きれいだな、と素直に思う。
「フェリア」
「なんでしょう?」
「あの男とは……本当に何もないのだな?」
多分サバリス教授のことを言っているのだろう。
何もないって、言っていても、やっぱり気にしてしまうのだろう。
「何もないですよ」
「……何もなかったよな?」
「ありえません」
私は正直に答えているのだが、まだ不安らしい。
彼はすぐに顔に出てしまう。感情が。
だから次に、彼が私のことを抱きしめてくるのはわかっていた。
「フェリア」
ぎゅっ、と彼が抱きしめてくる。
私をつなぎ止めておきたいのが、その抱擁の強さから伝わってくる。
つなぎ止めるもなにも、私はこの人以外とどうこうする気はさらさら無いのだが。
「そんなに強く抱きしめられたら、苦しいですよ」
「す、すまん……!」
私からぱっと距離を取って、彼が頭を垂れる。
その姿はまさにコッコロちゃん2号。
少し考えて、私は彼に提案する。
「アル。膝枕、してみませんか?」
「なっ……!?」
彼の顔が一気に真っ赤になった。
そうやって恥ずかしがってる彼が可愛らしい。
「な、何を言い出すのだ急にっ」
「コッコロちゃんにはよく膝枕してあげてたんです。アナタを見てたら、またしたくなって」
「くっ……! なんと羨ましいことを……! あの犬ぅ……!」
「で、どうします?」
彼はチラチラと私に目配せしたあと、ゆっくりと近づいてくる。
私の太ももに彼が頭を乗せてくる。
「意外と肌綺麗ですねあなた」
きめ細かい白い肌に、私が触れる。
するとそこが発熱したように真っ赤になった。
「照れてます?」
「……当たり前だ。好きな女が膝枕してくれてるんだぞ? ドキドキして当然だ」
コッコロちゃんに襲われそうになった夜から、アルセイフ様はどんどんと変わってきている。
変化の一つに、彼がとても素直になったことがあげられる。
思ったことを私の前だけでは、素直に口にしてくれる。
外だと照れてしまうのだが、それがまた愛らしい。
「フェリアはどうなんだ? 俺と一緒に居てドキドキするか?」
「うーん……どうですかねぇ」
彼にドキッとさせられることはあまりない。
私が彼より年上だって事もあるだろうし、私があまり大きく心揺さぶられるような質じゃないからかも。
「……そうか」
しゅん、とコッコロちゃん、おっと、アルセイフ様が落ちこんでしまう。
多分同意して欲しかったのだろう。
「でも、好きですよ」
「ほんとかっ」
「ええ。可愛いです」
簡単に機嫌が直っちゃうところとか。
「……男に対して可愛いは、ちょっと」
「あら、ではもう二度と言ってあげませんが?」
「なっ! そ、それは……困る!」
大慌てする彼が、おかしくて、私は笑ってしまった。
すぐに冗談だと気づいた彼が、拗ねたようにそっぽを向いてしまう。
「ごめんなさい」
「ふん」
「謝ってるんだから、許してくださいよ」
「……では、あたまをなでろ」
「はいはい」
彼の銀髪を撫でると、彼が甘えたように、私の膝に頬ずりしてくる。
「コッコロちゃんは甘えん坊ですね」
「……誰がコッコロちゃんか」
「おや、私のお膝の上で、子犬ちゃんみたいに甘えているあなたのことですが」
「くっ……」
照れてる彼を赤くなってる頬をつついてみる。
おお、意外と頬は柔らかい。
「これで安心してくれました?」
「……なんだ、藪から棒に」
「あなた、ちょっと不安そうだったので」
夫のメンタルケアも、妻の仕事だ。
仕事というか、まあ、私がそうしてあげたいって思っただけかもだが。
「こんなことするの、あなたとだけですよ……って、きゃ!」
彼が起き上がって、急に抱きついてきた。
まったく、挙動が完全に犬なんだから。
「フェリアっ。好きだっ。愛してるっ」
ぎゅーっと、彼が私に抱きついて、ふすふすと、髪の毛の香りをかいでいる。
「はいはい、私も好きですし、愛してますから、明日からもちゃんと仕事してくださいね」
「……善処しよう」