24話 セレスティア視点
一方、フェリアの義妹、セレスティア=フォン=カーライルはというと……。
「くそ! あの女! なんなのよ! 復学とか! 聞いてないわよ!」
セレスティアは自分の部屋のベッドにうつぶせになり、ぼすぼすと枕をたたく。
「目障りな女が消えたと思ったのに……! くそ!」
淑女らしからぬ言動のセレスティア。
彼女があれるのには、理由があった。
「ハイア様……留学先から、帰ってらっしゃるわよね。そうなると……あの女と接触するはず……」
ハイア=フォン=ゲータ=ニィガ。
フェリア達が住んでいる王国の、第5王子にして、セレスティアの婚約者だ。
美形で背が高く、しかも王族。
自分の婚約相手にはふさわしい。
義姉に婚約者を押しつけたのは、ハイア王子から、カーライル家に婚約の申し出があったからだ。
騎士爵のアルセイフと、王族のハイア。
どちらがより結婚相手にふさわしいか考えて、セレスティアはハイアを選んだわけである。
なんと言っても相手は王族、しかもアルセイフより人気の男。これでハイアを選ばないわけがない。
父にわがままを言って、姉に婚約者を押しつけて、さぁこれで王族の仲間入りだ……! と喜び勇んでいたのだが……。
婚約話を了承し、はじめて、ハイア王子に謁見となったのだが……。
『なんだ、愚図な妹が、どうしてここにいる?』
ハイアはセレスティアが来るなり、開口一番そう言ったのだ。
『我がようがあるのは、賢姉のフェリアのほうだ。貴様なんぞ愚者には用はない。さっさと去るが良い』
……どうやらハイアが望んでいたのは、自分ではなく、姉だったようだ。
『なに? フェリアはレイホワイトと婚約しただと?』
『は、はい……』
セレスティアがうなずくと、ハイアは手で顔を覆い、はぁ……と深々と溜息をついた。
露骨に、ショックを受けていた。
『あ、あの……わたくしでは不十分でしょうか? わたくしだって、カーライル家の令嬢、あなた様にふさわしい女かと』
するとハイアは鋭い瞳でにらみつけてきた。
『黙れ。貴様、我を侮辱するつもりか?』
ただにらんでいるだけなのに、彼からは強烈な怒りの波動を感じた。
『貴様なんぞ面だけいい、中身が空洞の莫迦ではないか』
『な、中身……からっぽの……ば、ばかぁ……?』
『事実その通りだろう。貴様の学校での成績は最下位だそうじゃないか。しかも社交界での悪い噂もよく耳にする。随分と横暴な娘だとな』
一方で、とハイアは続ける。
『フェリアは聡明で、美しく、誰に対しても物腰が丁寧で、まさに貴族の手本のような女だ。我にふさわしいのはフェリアであって、貴様のような愚図ではない』
『ひ、ひどいわ……あんまりですう……』
あまりの言いように、セレスティアは涙を流す。
だがハイアは態度を変えない。
『そうやって泣いて同情を買おうとする前に、素行を改めることだな』
ハイアは立ち上がって、そっぽを向いて、部屋から出て行こうとする。
女が泣いていることに、大して気にしてる様子はない。そこに、彼女への興味の薄さがにじみ出ていた。
『お、おまちになられて!』
セレスティアがハイアの腕にすがりつく。
『ハイア様は、わたくしとご婚約なさったのですよね!?』
『……不本意ながらな』
ばっ、と腕を払って、ハイアがセレスティアを見下ろす。その瞳に自分に対する興味関心は無く、ただ、怒りだけがあった。
『カーライルの麗しき令嬢との婚約が決まったと知って、喜んでいたのだが、引いたのがとんだ駄馬だったとな』
『だ……ば……』
『面の良さだけで社交界にのさばっているような、量産型の女に我は興味ない。ああ、フェリア……』
どうやらハイアは、義姉にかなりご執心のようだ。
どこで知り合ったのかは知らない。
だが、明確に差別されていた。姉の方が良かったと、はっきりと。
時は戻って。
「……はぁ」
セレスティアは鬱々とした気持ちのまま、ベッドに横になっている。
「ハイア様……」
そろそろハイアが留学先から戻ってくる。
そうなると、復学した姉と鉢合わせることになるだろう。
そうなると、ますます、ハイアの関心がセレスティアから離れていく羽目になりかねない。
「婚約破棄とかされたら、どうしよう……」
姉と婚約したいがために……。
「いや、ない。あり得ないわ。だってハイア様は王族なのよ。公爵家との婚約を破棄するなんて、非常識なこと、するはずがないわ」
そう、いくら自分のことが好きでなくとも、彼の心に姉が居ようとも、ハイアは王族。
王族としてのメンツがある以上、自分が捨てられることはない……はず。
だがどうにも心のモヤモヤが晴れることはない。
一方で、姉に対する悔しい気持ちがわき上がってくる。
「なんなのよ! あの女ぁ……! 今更復学なんて! 目障りなのよ! くそ! くそ! なんで姉様ばっかり評価されるのよ! チクショウ!」
……この貴族らしからぬ言動を見れば、一発であるのだが。
わがままな彼女に、それを指摘するような人間は、この屋敷には居ない。
ちょっとでも異を唱えるような使用人はすべて、父に言って首にしてきた。
父は義理の娘であるセレスティアのいいなりである。叱るわけがない。
……唯一、注意や叱ってきたのは、義姉のフェリアだけだった。
だがそんな姉のお小言を、全部聞き流し、あまつさえ姉に悪口を言ってきたのは他でもないセレスティア自身。
……そう。とどのつまり、ハイア王子から冷たくされているのは、姉が居るからではなく、自分に女としての魅力が無いから。
それを、気づけない、だからセレスティアは愚かであるのだと王子に指摘されたのだが……。
「フェリアめ! 覚えてなさいよ!」
姉に理不尽な怒りをぶつけてる時点で、救いようのないくらい、セレスティアはバカなのだった。