23話
サバリス教授の研究室に、私の夫アルセイフ様が乗り込んできた。
私が男に無理矢理押し倒されたと勘違いしたアルセイフ様は、彼に剣を向ける。
「俺のフェリアに何をするつもりだ!」
本気で剣を抜いて、戦う意思を示すアルセイフ様。
私のみを案じてのことだとは思うし、それは少しうれしくはある。
だが相手は公爵だ。剣を向けたら彼のキャリアに傷がついてしまう。
「剣を引いてください、アルセイフ様。彼は何もしていません」
「…………」
私の言葉を聞いた彼は、発していた怒気と剣を納める。
ほっ……。良かった。刃傷沙汰にならなくて。
「フェリア。あいた……」
私は彼に近づいて、チョップを食らわせる。
「何をする?」
「それはこちらのセリフです。いきなり入ってきて、剣を向けて。相手は公爵家の人間なのですよ?」
「すまん……」
しゅん、と頭を垂れるアルセイフ様。
「というより仕事はどうしたんです?」
「ちょうど外回りだったので、おまえに会いたくて寄ってみたのだ」
「まあそうでしたの。でもサボってはいけません。皆さんの安寧のため目を光らせる。それが騎士の勤めですよね?」
「ああ……」
「では、回れ右」
アルセイフ様が大人しく、研究室から出て行こうとする。
「おい貴様」
立ち止まって、アルセイフ様は教授をにらみつける。
「フェリアは俺の女だ。次妙なことをしてみろ? 相手が誰だろうと俺は貴様の首をたたっきる……!」
殺気を彼から向けられても、サバリス教授は苦笑して「承知した。気をつけよう」と大人の対応。
一方でアルセイフ様は本当に不機嫌そうに鼻を鳴らすと部屋から出て行った。
あとには私と教授だけが残される。
「すみませんでした、先生。夫がご迷惑をおかけして」
「いえいえ、こちらこそ、勘違いさせるようなことをしたのが悪かった」
教授は微笑んで私から離れ、自分の席に座る。
私にソファに座るよう進めてきた。
「彼は本当に君のことを愛してるのだね」
サバリス教授は笑みを浮かべながら私にそう言う。だがどうしてだか、少しさみしそうなニュアンスを含んでいるような気がした。
「ええ。まったく、2号には困ったモノです」
「二号?」
「昔飼っていた子犬そっくりなんですよ、彼」
そういえばコッコロちゃんも、最初は私に強く当たっていたけど、ある時期からべったりとくっつくようになったな。
今のアルセイフ様そっくりだ。やはり彼は2号で間違いなかった。ふふ、可愛い。
「…………」
サバリス教授から笑みが消える。
いつも大人の笑みを浮かべている彼にしては、珍しいな。
「カーライル……フェリア君」
「? はい、なんでしょう」
彼は立ち上がって、ソファに座る私の元へやってくる。
跪いて、私の手を取る。
「どうか私の、伴侶になってもらえないだろうか」
……突然の告白。なんだ、それは。急すぎる。
「冗談……ですよね? さすがに」
「いいや、本気さ。私は君が好きなんだ。君がこの研究室に来てから、ずっと」
「まあ……」
気づいてなかった。そんなそぶりをしているとはつゆ知らず……。
寝耳に水も良いところだった。教授とはいい先生と生徒の関係、とばかりに思っていたから。
……さて。
サバリス様からの求婚。あいては公爵家の息子で家柄もいい。さらにこの若さで教授になるほどの俊才だ。
私の答えは決まっている。
「お断りさせて頂きます」
私は彼の手を離して、まっすぐに目を見て、そう言う。
サバリス教授は目をむくと、どこか諦めたように、弱々しく笑う。
「そうか。やはり君は難しいな」
彼は私の隣に座ってくる。
「理由を聞いても?」
「申し出は大変ありがたいです。でも……私には、愛する夫が居ますから」
職場を勝手に離れて、私の元へやってきちゃうような駄犬でも。
人に平気で斬りかかってくるような、ちょっと性格に難ありだとしても。
私はレイホワイト家へ嫁いだ身であり……それでいて、私はあの可愛い夫のことが、なんだかんだで好きなのだ。
「私が愛人になる、と言っても駄目かな?」
「ご冗談を。先生にはもっとふさわしい女性がいらっしゃいます」
「……そうか。君は……本当に強くて、良い女性だ」
はぁ~……とサバリス様が大きく溜息をつく。
女学生の間では、いつも笑っていて、ハンサムな彼が。
憂い顔で、うつむいている。心からショックを受けているようだ。
「申し訳ないです」
「いや、君は全く悪くない。……ああ、タイミングが悪かったなぁ」
教授は席に深々と腰を下ろして、両手で頭を抱える。
「もっと早くに、君に愛を伝えていれば……悔いても悔やみきれないよ。あんな未熟な若造に、愛しい君を取られるなんて」
教授の助手となったのは、アルセイフ様のもとへ嫁ぐ前のこと。
そのとき私は確かにフリーだった。その当時に告白されていたら……どうだろう。
それは分からない。でも今この場にいる私は、夫以外の男とどうこうするという気は一切無い。
アルセイフ様の妻として、貴族の人間として、そんな不貞ははたらけない。
「カーライル君。精霊王の力の検証は、明日以降にしてもらってもいいかな?」
「え、ええ……それはかまいませんが、どうしたんですか?」
「いやなに……君に振られたのが、相当、堪えたみたいでね。家に帰ってふて寝したい気分なのさ……」
今にも泣き出しそうな顔のサバリス教授。
整ったお顔の彼が、いつだって微笑んでいる彼が、こんな顔をしていたら、女だったら庇護欲がそそられてしまうだろう。
「そうですか。では、今日は失礼します」
私が部屋を出て行こうとする。
「はぁ……気を引こうとする作戦、失敗か」
「やはりですか……」
どうにもわざとらしい表情過ぎると思っていた。やれやれ。
さっきの落ち込んでる表情から一転、サバリス教授は微笑みを浮かべている。
「こんな小娘に執着するよりは、別の素敵な出会いを求めた方が良いですよ」
「それは難しい。この失恋はしばらく引きずりそうだ」
「それは大変申し訳ないことをしました」
「と言っても、私になびいてくれないのだろう?」
「当たり前です。それじゃ」
私は部屋を扉を開けて、出て行く。
「明日からの力の検証、よろしくお願いします」
「ああ、全力を尽くすよ。またね、カーライル君」