22話
午後、私はサバリス教授のもとへ向かっていた。
「ねー、フェリ~。やっぱり行くのやめとかなーい?」
友人のアニス、モナ、そしてスヴェンが、ぞろぞろとくっついてくる。
「そーだぜフェリ! 男と二人きりの教室で特別授業なんて!」
「……何かあっては大問題です!」
アニスたちがゲスの勘ぐりをしてくる。
「何もないですよ。というか、あなたたちは普通に、各々授業があるんですから、教室に戻ったらどうです?」
私が本来ここに来たのは、精霊王の加護を調べてもらうため。
そのことは機密事項なため伏せている。
単に、サバリス教授と特別な授業を受けるということになっている。
……なのだが。
「いやよ、フェリを男と二人きりになんてさせるもんですか!」
「オレ様のフェリが若い男性教授に手込めにされるとか許せん!」
「……フェリ様に触れたら爆発する呪符をご用意しましたわ!」
とこの人らは何だか知らないけど、私がサバリス教授と懇ろになるとか思っているらしい。やれやれ。
「大丈夫ですって。何もないですから」
「「「けど……!」」」
「ほら、そろそろ予鈴がなりますから。ね、大人しく帰ってください」
「「「く……!」」」
実に嫌そうにしているアニスたち。
アニスは近づいてきて、手を握ってくる。
「いい、妙なことされそうになったら大声を出すのよ? すぐに飛んでくるから!」
「はいはい、ご心配どうも。ではあとで」
三人とも何度もこちらを振り返りながら、いやいや、教室へと帰っていった。
……そういえば退学する前、サバリス教授の助手を務めていたときも、こんなことあったな。
「と、いいますか、私は教授と何かあるまえに、人妻なんですけどね」
アルセイフ様以外の男とどうこうなるつもりはない。
「さて……」
コンコン……。
「教授。フェリアです」
『入ってくれ』
私は扉を開けようとして……。
がんっ! と扉が何かにぶつかった音がした。
「…………」
部屋の中は、モノで溢れかえっていた。
床に散らばる本や書類。
脱ぎっぱなしの上着とか、飲みかけのカップとか。
「やぁカーライル君。ご足労ありがとう」
窓際に座っていたのは、白髪に眼鏡の美丈夫。
サバリス=フォン=ルッケン。
ルッケン宰相の息子さんだ。
年齢は24。
若くして大学教授にまで上り詰めた、魔法の天才だ。
「教授。相変わらずお部屋が汚いですね」
「はは、すまない。いつも君が掃除をしてくれるから、つい」
「つい……って。私が居ない間はどうしてたんですか?」
「それはまあいいじゃないか。ソファに座りたまえ。お茶でも出そう……ええと、お茶は……」
散乱したモノのなかから、ポットやカップを見つけられない様子。
ソファに座れ……といっても、ソファにも本が山のように詰まれている。
「まずはお部屋の掃除からしましょう」
「ああ、助かるよ」
私は部屋で、ふたりきりで部屋の片付けをする。
「来て早々すまないね」
「いえ、これも仕事……ああ、もう仕事じゃないんでしたね」
私は奨学生時代、ここでアルバイトをしていた。
サバリス教授の助手としての仕事をこなし、賃金を得ていたのだ。
まだ私が嫁ぐ前は、家からお小遣いすらもらえなかったから。
助手と言って記録を取ったり、こうして部屋の掃除をしたりと、雑用をしていただけだ。
「君は非常に優秀な助手だったよ。また君が私の元へ来てくれたのがとてもうれしい」
「優秀な雑用係でしたからね」
「とんでもない! 君は気が利くし、字が綺麗だし、時間に正確。おまけにお茶菓子も美味いし、頭も良い。最高の助手だった」
「それはどうもありがとうございます」
ふっ……と教授がちょっとさみしそうに笑う。
「私の失敗は、君を正式にパートナーとして申し込んでおけば良かった……と非常に悔いているよ」
ああ、アルバイトじゃなくて、正規雇用しておけば、ということか。
「別の人はとらないんですか?」
「あり得ない。君以上のパートナーなんて、考えられないよ」
私は落ちてる本を手に取って、本棚へと近づく。
上の段に、本を入れようと……くぬ……届かない……
ふわ、と後ろから、サバリス教授が近づいて、私の手を取る。
本を手に取って、そのまま棚にしまった。
「ありがとうございます」
「いえ、お安いご用です」
本を戻し終えたというのに、教授が私の後ろからどこうとしない。
「あの……どいてもらえます」
「おっと、これは失礼。相変わらず君の髪は美しく、そして良い香りがするね」
「それはどうもありがとうございます」
そういえば前からこの人、やたらと私と距離が近かったな。
「つれないね。やっぱり君は、難しい」
「気難しい性格、ということです?」
「ふふ、違うよ」
じゃあどういうことだろうか……と思っていたそのときだ。
ぐら……と本棚が傾く。
「危ない……!」
倒れようとする本棚から、私を守ろうと、教授が抱きしめてくる。
私は咄嗟に氷の力を使って、本棚を凍り付かせる。
どさっ、と私は教授に押し倒される。
「ふぅ……間に合いました」
「ああ。素晴らしい力だね。これだけの魔法を、ノータイムで発動させるなんて、さすがだ」
教授は私をハグしたまま、一緒に倒れているような状態だ。
「あの……」
「ん? なんだい?」
「人妻とこういうことするのは、人から誤解を受ける可能性がありますので、早くどいて欲しいです」
サバリス教授は切なそうに目を細めて、私に言う。
「悲しいよ。私は」
「なにがです?」
「君はこういうふうに抱かれても、全くドキドキしてくれないのだね」
「それはまあ」
別に私は人間的には好きだし、尊敬はしているけれど、この人のことを異性として見てないし、好きでもない。
「失礼した。君の言うとおりだ。誤解される前にどくよ」
「ええ、こんなところを夫に見られたら……」
と、そのときだった。
ガチャ……。
「え?」
「…………………………何をしてる?」
そこに居たのは、信じられないことに、アルセイフ様だった。
「いや、あなたこそ何をしてるんですか?」
「そんなことは……どうでもいい!」
彼は腰の剣をぬいて、サバリス教授に斬りかかろうとする。
「俺の大事なフェリアに! 愛する妻に! なんと不埒なことをする! この下郎! 俺が切り捨ててくれる……!」
どうやら彼は、私が男に襲われたと誤解しているようだった。