20話 アルセイフ視点
フェリアが学校で授業を受けている、一方その頃。
アルセイフは騎士団の詰め所で、ひとり、凄まじい形相をしていた。
「…………」
「どうしたんだろう、副団長?」「……わからん、ずっと時計を見つめているけど……」
部下達が遠巻きに、席に座るアルセイフを見やる。
彼は朝からずっとどこか様子がおかしかった。
まず「ハーレイはいるか?」と部下に聞いて回った。
彼は昨夜から警備任務に就いており、午前中いっぱいは外に出ている。
アルセイフは席に座って、ずっと出入り口と時計、そして窓の外を何度も交互に見ている。
何かあったのだろうか、とは部下達は察しがついていた。
そしておそらくは嫁関連だろうことは想像に難くない。
フェリアが嫁いでくるまで、アルセイフは任務を淡々とこなすだけの男だった。
しかし嫁ができてから、行動に変化が訪れるようになった。そして少しずつだが表情が柔らかくなっていった。
密かに、部下達のなかで、フェリアは女神と呼ばれている。
毎食おいしい食事にお菓子を用意してくれるし、なにより冷酷なる氷帝を、ここまで軟化させたのは、嫁の影響が大きいだろう。
と、そのときだ。
「ただいまかえりまー……」
ハーレイがアルセイフ達の団【赤の剣】へ戻ってきた瞬間。
「面を貸せ」
アルセイフは立ち上がると、ハーレイの腕をつかんで猛烈な勢いで詰め所を出て行く。
「しばらく席を離れる。後は任せる」
「「「ごゆっくり~」」」
部下達は理解している。
おそらくハーレイに嫁のことで相談事があるのだろうと。
そしてハーレイ達は食堂へとやってきた。
「フェリアに男がいたんだ」
ハーレイが目を点にする。
何を言ってるのだろうか……?
浮気? いや、あの子に限ってそんな不貞を働くとは思えないし……。
「もうちょっと詳しく教えてくださいよ」
ハーレイはアルセイフから話を聞く。
とても深刻な顔をしながら語ったのは……。
今日からフェリアが学校に通うこと。
そしてフェリアには男の友達が居た、それも何人も、ということだった。
「なーんだ、友達じゃあないっすか」
だろうとは思っていた。
フェリアはとてもじゃないが、他の男と浮気するタイプには思えなかった。
「奴らは俺のフェリアに親しげに話してやがった……俺の妻だぞ?」
「まーまー、落ち着いてくださいよ」
「落ち着いてられるか!」
だんっ! とアルセイフが感情のままに、食堂のテーブルをたたきつける。
氷の魔力が暴走したこともあって、テーブルが粉々に粉砕された。
……たたきつけられた時の強さから、よほど精神的にショックだったろう事がうかがえた。
「あやつらめ……! フェリアに色目を使っておった! 切り伏せてやろうか……!」
「いや副団長、そんなことしたら大問題っすよ。隣国の王子もまじってるんでしょ?」
「そこだ! なぜ隣国の王子なんぞが、俺のフェリアに執着するのだ!」
きょとん、とハーレイが目を点にする。
どうやらこの人は、理解していないようだ。
だから教えてあげることにした。
「そりゃあ、フェリア様モテますもん」
「は……? も、もて……モテる……?」
「ええそりゃ、たぶん結構ファンがいるんじゃないっすかね」
場所を移動して、別のテーブルに腰掛けるふたり。
「どうしてフェリアがモテるんだ? あいつは学校では一切色恋沙汰がなかったという。ずっと研究一筋だと聞いたぞ」
「んー……」
ハーレイは考える。
この恋愛弱者に分かるように説明するのは骨が折れる。
「では、こうしましょう。副団長、フェリア様の好きなところをいくつかあげてください」
突然の質問に戸惑うアルセイフ。
だがハーレイという男は、こちらが真面目に相談しているときに、意味の無い雑談をするような男ではない。
きっとフェリアに関する、自分の疑問に答えてくれるだろう。
「そうだな……まず美しい。雪の精霊のように可憐ではかなげだ」
次に、とアルセイフが続ける。
「頭が良く気遣いができる。丁寧な物腰。料理上手で、とても優しい。近くにいくととても良い匂いがするし、髪の毛はさらさらでそれで……」
出るわ出るわ、フェリアの好きなポイント。
ひとしきり聞いたあと、ハーレイが答える。
「アルセイフ様。今おっしゃったポイント……それ、全部男子に好かれる要素ですから」
愕然とするアルセイフを見て、ハーレイは、この人ホントに気づいてなかったのか……と苦笑する。
「容姿、内面、家柄……どれをとってもフェリア様は、男から見れば魅力のある女性です。そりゃファンも多いですよ」
「そ、そうか……」
「ええ。だってアルセイフ様だって男でしょう? あなたが好きなポイントは、他の野郎どもも好きに決まってるじゃないですか」
愕然とした。その通りだった……。
なんてことだ……。
「ハーレイ」
「はい」
「俺は騎士団を」
「辞めたら多分フェリア様本気で怒ると思いますよ」
「……なぜ俺の言うことがわかった」
「結構副団長ってバー……」
「バ?」
こほん、とハーレイは口を滑らしかけたが、相手が上司であることを思いだして、言い直す。
「顔に出やすいタイプなので♡」
「おまえさっきバー……って」
「バーにデートに誘うのはどうでしょう? お酒を飲みながら奥様と過ごす時間は楽しいのでは? おれ、おすすめの店知ってますよ?」
「ふむ。今度の休みにでもいこうか」
セーフ……と内心でほっと息をつくハーレイ。
「まあ、とにかくフェリア様はモテるんです。それは事実」
「く……! しまった……俺の手の届かないところでフェリアが、男どもに狙われてるなんて……! 俺が行って守らねば!」
本気で言ってそうなところがまた面白くて、ハーレイは苦笑する。
「でも大丈夫だと思いますよ?」
「なに? 大丈夫……だと?」
「ええ」
いやに確信めいた言い方をするハーレイに、アルセイフは気になって尋ねる。
「どうしてだ?」
「だって、そりゃフェリア様もまた、あなたのこと好きだからですよ」
……それを聞いた、アルセイフ。
その顔を見て、ハーレイはぎょっとする。
「そうか。ふ……そうか……ふふ……」
とんでもない、とろけきった笑みを、アルセイフが浮かべていた。
あの冷酷なる氷帝が、ここまで緩みきった表情になるなんて……。
そこまで妻のことを愛してるのか……。
そして、ここまでこのお方を執着させる、あのフェリアという女性は、すごいのだな……とハーレイは思った。
「しかし気になる。フェリアにその気がなくとも、あの男どもがフェリアを無理矢理手込めにしようとしてくるかも知れない……アア……心配だ……」
「大丈夫ですって」
「いやしかし……気になって仕事どころでは……」
「仕事をきちんとこなす夫のほうが好感度高いと思いますけどね」
アルセイフは立ち上がると、すたすたと食堂をあとにする。
「何をもたついてる。戻るぞ」
……なんともまあ、単純かつ勝手な男か。
この男につきあってられるなんて……
「やはりフェリア様は、すごいお方だ」