18話
身支度を終えて、私は馬車に乗って、国立魔法学校へと向かう。
「なぜついてくるのですか……」
私の隣にはアルセイフ様が、さも当然のように座っている。
「俺はフェリアを守る剣だ」
「意味不明です。それとあなたの剣は国民を守るためのものでしょう?」
ふん……とアルセイフ様がそっぽを向く。
都合が悪いときだけ聞こえなくなるなんて、本当にこの人は、コッコロちゃん2号だ。
「俺の職場と近いからな、おまえの通っている学校は」
「ああ、そういえばそうでしたね」
学校からほど近くに、彼の職場の王城はある。
私が降りたあとに、そちらに向かうのだろう。
「フェリア。やはり心配だ。俺もついて行く」
「必要ありません。精霊王の力を調べるだけじゃないですか」
半月前、私には特別な力が備わっていることが判明した。
お国に報告した私は、その力の実態を、詳しく調べることになった。
国立魔法研究所、というものが存在する。
けれど王都からそこそこ離れた場所に、研究所がある。
私はそこに住み込みで調べてもらおう……と思ったのだが、コッコロちゃん1号2号が猛反対。
折衷案として、研究機関を兼ねている、王都の国立魔法学校に通うことになったのだ。
まあついでに、復学してもいい、となった。
アルセイフ様のご家族が、資金援助してくれたのである。ありがたいことだ。
「そろそろつきますね」
馬車が校門をくぐって、建物の近くへと停車する。
「それでは」
「ああ」
「……なぜ、当然のようにあなたも降りるのですか?」
私が馬車からおりると、アルセイフ様がぴったりと、寄り添うようにやってきた。
「……みて、冷酷なる氷帝様よ」「……ほんとうだ」「……となりのは、フェリアさんじゃね?」「……ほんとだ。なにしてるんだろう?」
彼が馬車から出た途端、生徒達の注目の的になる。
さすが、悪名高い冷酷なる氷帝。
「あなたは職場へ行きなさいな」
「せめて校門まで見送らせてくれ」
すがりつくような目で私を見てくる。
やれやれ、2号は聞き分けが良くなったと思ったのだけれど、ふふ、可愛い子。
「しょうがありませんね」
と微笑んだそのときだ。
「ふぇーーーーーーーーりあーーーーーーーーーーーーーーーー!」
こちらに向かって、赤毛のまぶしい、小柄な女の子がかけてる。
「フェリア!」
「アニス……ひさしぶ……ぐぇ……」
赤毛の彼女が、私に正面からハグしてきた。
ぎゅーっと、アルセイフ様がするのと同じくらいの力で。
「ああフェリア! 愛しいあたしのお友達! やっと帰ってきたのねー!」
「うぎゅ……アニス。苦しいです……離して……」
「あ、ごっめーん」
少しくせっ毛で、勝ち気そうな目つきの女の子。
「おいフェリア。なんだこの無礼者は?」
じろり、とアルセイフ様がアニスをにらみつける。
「はぁ? あんたこそ、あたしのフェリアに無断で近づかないでよ」
「なんだとっ? 誰が貴様のか! こいつは俺の……」
「はいはい。ケンカはおやめください。騎士にあるまじき態度ですよ」
しゅん……とアルセイフ様がしょぼくれる。
「おっどろいた……本当に尻に敷いてるのね、あの冷酷なる氷帝を」
アニスがまじまじとアルセイフ様を、まるで珍妙なモノを見るかのように見ている。
「別に尻にしてるわけでは……」
「さっすがアタシのフェリア♡ はぁーん♡ あいたかったわー♡」
またアニスがベタベタとくっついてくる。
あ、紹介がまだだった。
「アルセイフ様。こちらはアニス。アニス・エティゴーヤ。大商人のご令嬢さまです。アニス、こちらは私の夫、アルセイフです」
「「…………」」
ふたりがにらみ合う。
やがて、ふんっ、とそっぽを向いた。
「「あたし(俺)、こいつ、嫌い……」」
またですか……。
確かアルセイフ様、コッコロちゃんと再会したときも、同じ反応していたな。
「まさか3号がいるとはな……伏兵だった」
「3号……?」
アルセイフ様がぶつぶつとつぶやく。
「だが……良かった。女なら特に問題ないだろう。級友が女で良かった……」
と。そのときである。
「よぉー! フェリー!」
「ふぇ、フェリ様ぁ……」
「カーライルくん、お久しぶりですね」
ぞろぞろ、と私たちの元へ、玄関から近づいてくる人たちが。
「あら、皆さんおそろいで」
「なっ!? 伏兵がこんなに!?」
「だから伏兵ってなんですか……もう」
やってきたのは、3名。
「フェリー! おめえがいなくてさみしかったぜー!」
褐色肌に、銀髪。金ぴかな装飾品をまとっている、背の高い男の子だ。
耳が少しとがっている。
砂漠エルフ……かつてダークエルフと呼ばれた種族の男子。
「スヴェン、お久しぶりです」
スヴェンは実にうれしそうに、私の隣にやってきて、ぎゅーっと抱きついてくる。
「貴様ぁ……!」
腰の剣をぬいて、アルセイフ様がスヴェンに斬りかかろうとする。
「お座り」
「く……!」
アルセイフ様が剣を腰にしまう。
一方で、スヴェンは彼を見て、鼻で笑う。
「こいつがフェリの婚約者ぁ? おいおい、なんだたいしたことなさそうじゃあねえか」
「貴様……斬るぞ」
「おっとぉ、オレ様を斬ると後々めんどうだぜ? なにせオレ様、隣国……フォティヤトゥーヤァの王子だからよぉ」
スヴェンは砂漠エルフの女王の息子……王子なのだ。
「なぜ隣国のバカがここにるんだ?」
「留学生って知らねえの? 騎士バカ」
「だれが騎士バカか! この長耳バカが」
「おいおいなんつー下品な言葉遣いしてやがんだ。まるで犬だな、犬」
スヴェンにまでも犬扱いされてる……。
やっぱりコッコロちゃんに、似てるよね、アルセイフ様って。
「その点、オレ様は高貴なるサラブレット。なあフェリ、愛しの君、オレ様と一緒に国に帰ろうぜ?」
私の手をつかんで、スヴェンがチュッ……とキスをする。
アルセイフ様がぶち切れそうになるが、私は「お座り」といって彼の怒りを静める。
「お申し出とてもありがたいです。ですが、私はもう夫に操を立てた身ですので、あなたの思いには答えられません」
「っかー! 厳しいねえ、相変わらず。ま、そんなとこが素敵なんだけどなぁ~♡」
スヴェンは相変わらずのようだ。
「……フェリア様」
桃色髪で、小柄、柔和な笑みを浮かべるのは……。
「モナー……モナ、お元気そうで何より」
あやうく【彼】の【本名】を言いかけた。
この学校では、【彼女】はモナで通ってるのだから。
「……あなた様のご帰還を、わたくし、心待ちにしておりました」
モナが微笑んで、【スカート】のはしをつまんで、頭を下げる。
「ふぅ……良かった。こいつは女みたいだな。安心だ」
事情を知らぬアルセイフ様が、安堵の息をつく。
「しかしこやつ……どこかで見たことがあるような……」
じっ、とアルセイフ様がモナを間近で見る。
「どこかで……城で……」
「……ひ、人違いです」
モナが私の後ろに隠れてしまう。
たぶん【見間違えではない】。
けど、【彼】の名誉のために黙っておこう。
「はいはい彼女はモナ。ただのモナです。あまり詮索しないように」
モナは私を見て微笑むと、「……ありがとう」とお礼を言う。
「……【殿下】、ご婚約なさったとうかがいました。おめでとうございます」
モナに、小さな声で会話する。
けれどモナは、浮かない顔をしていた。
何かあったのだろうか。まあ、それはあとで聞くか。
そして……最後に。
「やぁ、カーライル君」
「お久しぶりです、サバリス教授」
銀髪に眼鏡の、背の高い美青年。
彼はサバリス教授。
まだ20代という若さで、魔法学校の教授を務めるほどの俊才だ。
「またご厄介になります」
「君のような優秀な助手がいなくなって、とても困っていたところです。僕の元に帰ってきてくださり、本当にうれしいですよ」
とまあ、その場に集まった、私の友人達が勢揃いしたわけだが……。
「なんだ……これは……」
アルセイフ様が、ぶるぶると、怒りで体を震わせている。
「3号どころの話しでは、ないじゃないかーーーーーーーーーー!」
一体彼は何の話をしているのだろうか。
やれやれ。人目につくところで叫ばないで欲しい。