16話 エピローグ
コッコロちゃんの暴走から数分後。
レイホワイト家にある、守り神の祠にて。
『ふぇり~……ごめんよぉ~……』
神獣 氷魔狼ことコッコロちゃんは、しょぼくれた表情で、祭壇の上で伏せしている。
その場には私と、そしてアルセイフ様がいる。
『フェリが他の男に取られるって思ったら、居ても立っても居られなくって……』
「だからって……」
私が答えるより前に、アルセイフ様が遮るように言う。
「だからといって女を無理矢理犯すのは犯罪だ。しかもそれが婚前とはいえ婚約者のいる女、しかも貴族の女なんだぞ?」
『うう……ごめんなさい……』
「ゴメンナサイですんだら俺たち騎士はいらん。貴様が人間であれば直ちにその首を切り落としているところだ」
『すみませんでした……もうしません……』
「だから謝って済む問題では……」
「ああ、もう、あなた。もういいですから」
ヒートアップしている彼の肩をたたいて止める。
「しかしこいつは! フェリアを犯そうと!」
「未遂でしたし、あのときのコッコロちゃんは極度の興奮状態にありました。おそらく、魔力を取り込みすぎた事による、ある種暴走状態だったのかと」
つまり正常な思考ができない状態にいたのだ。
『ゆ、許してくれるのかい……?』
「ええ」
にこりと笑って、私は右手を差し出す。
『ふぇ、フェリ!?』
「すこぉし……お仕置きはしますけどね」
『ふぎゃーーーーーーーーーーー!』
……さて。
【お仕置き】を終えたあと、私たちは会話する。
「それにしても、私のこの力は、なんなのでしょうか?」
右手を前に突き出す。
氷を使うときのように、魔力を込める。
すると以前と違って七色の魔力が、手に帯びる。
『それは精霊王の力さ』
「せいれいおう……?」
氷漬け(お仕置き)状態で、コッコロちゃんが言う。
『世界中にいる精霊達を束ねる王様。人にどんな才能を授けるかは、精霊王が決めている』
「才能……加護のことですか?」
『そのとおり。つまりフェリ、君は加護を授ける王から、直接、加護を受けているのさ』
……そんな、バカな。
「でもおかしくないか? フェリアは加護無しだと判定されたのだろう?」
アルセイフ様の言うとおりだ。
子供の頃に、自分にどんな加護が授かるかどうかというのは、儀式を受けることで判明する。
そのときに私は、加護無しと判断された。
『たぶんだけど、加護を測定できなかったんだよ。力が大きすぎて』
コッコロちゃんの推論によると。
人間の加護を調べる機器では、大きすぎる私の加護を測定できなかったのだろうという。
「なるほど、加護がゼロなのと、大きすぎて加護を測定できなかったこと。どちらも測定不能という意味では同じ……」
『そういうことさ。さすがフェリ。理解が早いね』
そういえば神獣であるコッコロちゃんが、ただの一般人に懐いていたのは、精霊王の加護を受けていた影響だったのかも知れない。
「御託はいい。おい駄犬……」
『はい、駄犬です……』
アルセイフ様はコッコロちゃんをにらみつけたあと……。
私を、ぎゅーっと抱きしめる。
「フェリアは俺の女だ。二度と手を出さないと誓え。でなければ、ここで貴様を斬る」
「ちょっ、何言ってるんですか。氷魔狼を奉っているからレイホワイト家が、騎士爵の爵位を代々受け継いでいるんでしょう?」
殺してしまったら、爵位剥奪になってしまう……。
けれど、アルセイフ様はまっすぐに私を見て言う。
「爵位より、家より……おまえが大事だ。フェリア」
「アルセイフ様……」
ぎゅっ、と正面から彼が抱きしめてくれる。
……冷たい人、と思っていたけど、違った。
近くで感じると、こんなにも、温かい……。
『……わかった。もうフェリには手を出さない』
コッコロちゃんがアルセイフ様の前で、跪いた。
『それと、数々の非礼、申し訳なかった。レイホワイト家の当主殿。ボクは……あなたを現当主として認め、あなたに絶対の服従を誓います』
その瞬間……アルセイフ様の左手に、雪片のような紋章が浮かび上がる。
『フェリに与えていた、氷魔狼の加護をアルセイフ……様にも与えた。これで君は、歴代最強、世界最強の氷使いとなった』
けれどアルセイフ様は、加護を受けたというのに、全くうれしそうじゃない。
ふんっ、と鼻を鳴らして、コッコロちゃんをにらみつける。
「これで許されたと思うなよ駄犬。貴様が次フェリアに何かしたら、この力を以て本気で殺す」
「ちょ……あなた、コッコロちゃんは私の家族なんですよ。殺したら許しませんからね」
『フェリ……!』
まあ危ない目には遭ったけど、コッコロちゃんが家族であることは変わらない。
幼い頃、さみしい私を慰めてくれたのは、彼だったから。
『フェリほんとうにごめんねぇ! 君と彼の邪魔はもう絶対しないから! だから……ゆるして』
「ええ、いいですよ。仲直りしましょう。さ、おいでコッコロちゃん2号」
きょろきょろ、とアルセイフ様が周囲を見渡す。
「あなたですよ」
「誰が二号だ……!」
「私からすれば、あなたは手のかかるわんちゃん2号ですよ。冷酷なる氷帝じゃなくてね」
アルセイフ様が目を丸くして、はぁ……と深く息をつく。
「まったく……おまえはたいした女だな、フェリア」
アルセイフ様が近づいてきて、コッコロちゃんに手を差し伸べる。
コッコロちゃんもまた人間の姿になると、手を伸ばす。
「ごめんなさい」
「ふん……今回限りだぞ。俺のフェリアに感謝するんだな」
「はい……ありがとう、フェリ」
かくして、一件落着となった。
★
すべてが終わって、私はアルセイフ様の寝室に居た。
「あの……あなた?」
「なんだ?」
「もういい加減離して欲しいんですけど……」
私たちはベッドに座っている。
アルセイフ様は、ずっと私を抱きしめたままだ。
「いつまたあの犬が暴走するかわからんからな。護衛だ」
「とかいって、私とくっついていたいだけでは?」
「まあ、そうとも言うな」
やけに素直なこと。
どうやら何か心境の変化があったらしい。
こうやってハグしてくるのも、その影響だろうか。
「……フェリア。おまえに言っておきたいことがある」
やけに真剣な表情で、彼が私に言う。
「俺はおまえが好きだ」
……その言葉を、彼の口から聞いたのは初めてだった。
夫婦、あるいは恋人たちが、普遍的に使っているという、好きというフレーズ。
私たちの結婚に愛も恋も存在しないと思っていた。
親の都合で押しつけられただけの、愛のない結婚だと。
別にそれでかまわないと思っていた。
でも……。
「あ、あれ……?」
気づけば私は、つつ……と涙を流していた。
「ふぇ、フェリア! 大丈夫か!? す、す、すまない! 俺がおまえを傷つけるようなことを言って!」
「あ、いえ……違います。なんか……うれしくて……」
口にして、ようやく気づいた。
ああそうか。私……彼に好きって言われて、うれしいんだ。
はは……なんだ、私も人並みに恋愛とかする女だったんだな。
「うれしいです、アルセイフ様。あなたが好きと言ってくれたことが」
「うむ……まあ、その……なんだ……その、様は、やめろ」
彼が顔を赤くして言う。
「なんて呼んで欲しいんですか?」
「……アル、でいい」
「そうですか……わかりました、アル」
彼は微笑むと、私のことを、より強く抱きしめる。
「フェリア。もうおまえを離したくない。ずっとそばに居てくれ。片時も離れないでくれ」
彼が熱っぽくそう言う。
一方で……。
「それは無理ですね」
「なっ!? ど、どうしてだ!?」
「いやあなた、仕事があるでしょうに。それに、私はこの後、国にこの力のことを報告することになりますからね」
私の体に宿った、精霊王の力。
これは身に余る強大な力だ。
神獣であるコッコロちゃん曰く、世界を変えるほどの力だという。
「なぜ国に報告するのだ?」
「私は王国の貴族の娘です。この力はいわば国の財産。報告する義務があるのですよ」
「し、しかしそんなことをすれば! その力を調べさせろとむくつけき男達に捕まるのではないか! 許せん! 断じて許さん!」
私は彼の頭にチョップを食らわせる。
「落ち着いてください。別にいいじゃないですか。力の正体を把握しておいたほうがいいでしょう?」
「しかし……俺は誰かに、おまえに触れて欲しくない。俺以外が触れるのは禁止だ」
何だかしらないが、彼にすごい執着されている……。
「とはいえ国への報告は貴族の義務。明日は城へ行って報告するので、ついてきてくださいね、私の騎士様」
私がそう言うと、彼は笑って、私をまた抱きしめる。
「フェリア……」
彼が目を閉じて、私に近づいてくる。
抵抗はなかった。
私もまた、彼に愛おしいものを覚えていたから。
ちゅっ、と二人の唇が重なる。
顔を離すと、アルセイフ様は顔を真っ赤にしていた。
「子供ですか、あなた。キスくらいで」
「……うるさい。死ぬほどうれしかったんだから、しょうがないだろう」
なんとも、まあ。
「冷酷なる氷帝が、小娘とのキスごときで赤くなるなんて」
「……小娘じゃない。おまえは、愛しい我が妻だ」
私はうれしくなって、彼に体を委ね、またキスをする。
義妹から押しつけられた結婚だった。
別に誰と結婚しようとどうでも良いと思っていた。あの家からおさらばできるのならば。
でも……今は。
この家にこられて、本当に良かったと思っている。
あの家に私の居場所はなかった。
でも今は、違う。
彼の隣が、私の居場所に、なったのだから。
「好きだ、フェリア」
「ええ、私も好きですよ、アル」
〈おわり〉
【★読者の皆様へ】
これにて完結です。
読了ありがとうございました。
初めての異世界恋愛の連載、とても不安でしたが、皆様からの温かいコメント、
そして毎日見に来てくださってる方々のおかげで、なんとかここまで連載続けられました。
本当にありがとうございました。
続き、というかいちおう続編「溺愛ルート」(アルセイフ好感度マックス状態)の構想は、ありますが、書くかは未定です。
義妹との絡みとか、学園でのやりとりとか、書きたいことは多いのですが、、、どうしよう。ご意見くださいと嬉しいです。
最後に、ここまでの評価を入れてくださると嬉しいです。
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