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15話



 夫であるアルセイフ様に、弁当を届けたその日の夜のこと。


 私は一人寝室で眠っていた……のだが。


 急にお腹に重みを感じて目を覚ました。


「……え?」

「フェリ。起きたのかい?」

「こ、コッコロちゃん……?」


 人間の姿になったコッコロちゃんが、私の上に覆い被さっている。


 いつもの愛らしい犬の姿ではない。


 また、子供の姿でもない。


「ど、どうしたんです……その姿……まるで、大人じゃないですか」


 コッコロちゃんは背の高い、細身の成人男性(人間)へと変貌を遂げていた。


「フェリの魔力をより濃く体内に摂取できるようになったからね、体が大人になったんだよ」


「は、はぁ……」


 そういえば、聞いたことがある。

 魔獣には存在進化、という概念があるそうだ。


 簡単に言えば、魔力を多量に摂取すると、魔物の存在としての力が増し、新たな姿へと進化すると。


 つまり私の魔力のおかげで、コッコロちゃんは大人になったと……。


「フェリ……ボクもう……がまんできないんだ……」


「がまんできない……?」


「うん。ねえフェリ……。ボクと……交尾しよう」


 ……交尾?

 いや、何を言ってるのだろうか、この子は。

「冗談はおよしなさい」

「冗談じゃないよ! 本気だ! ボクは……フェリ、君にボクの子を産んでもらいたいんだよ!」


 ……その目は、ぎらついていた。

 欲望にぬれた、妖しい目をしている。


 可愛らしい子犬のコッコロちゃん、ではない。


 その目は私の胸や腰を見つめていた。

 はぁ……はぁ……と荒い呼吸を繰り返す様は、発情した動物のそれ。


 ……本気で、この子は私を、女として求めている。


 オスとして、メスに種を植えようとしている……。


「ちょっと……どいて」

「いやだ」


 コッコロちゃんが私の首筋に鼻をあて、はぁはぁ、と呼吸を繰り返す。


「フェリ……フェリ……愛してる……お願い……ボクと交尾して……」


 ぐいぐいと押しのけているのに、どく気配がない。


 本気で私を襲おうとしている。


 ……怖い。怖かった。子犬みたいに懐いてきていた子に、女として無理矢理犯されそうとしているのが……。


「駄目ですって! いい加減にしないと……実力行使しますよ!」


 私は氷の力を使おうとする。


 だが、まったく発動しない。


「無駄だよフェリ。君の力は、ボクが貸してるようなもの。ボクの意思一つで、使えなくなる」


「そんな……あっ」


 コッコロちゃんが私の首筋を舌でなめる。


「ああ……おいしい……フェリの肌……甘い……」


「や……めて……落ち着いて……」


「ごめん……無理。だって……ここでやらないと、きっと手遅れになる。あいつはもう……君のこと……」


 あいつ?

 誰のことを言ってるのだろう。


 でも今のコッコロちゃんは、いつもと違った。


 どこか切羽詰まっているようだ。

 何か焦るようなことがあったのだろうか。


「フェリ……大丈夫……痛くしないよ……ね?」


 ……ここで初めてを散らすのか。

 別にそういうことに興味が無いわけでは、ない。


 憧れのようなモノも特に持っていない。


 ……ただ。

 それでも……初めては……。


 と、そのときだった。


「フェリア……!」


 どがんっ! と大きな音とともに、部屋のドアが破壊される。


「あなた……!」

「ちっ……! アルセイフぅ……!」


 彼が……アルセイフ様が、鬼神のごとき怒りの表情を浮かべながら、こちらにやってくる。


 ……ああ、彼は怒っているんだ。

 人妻でありながら、他の男と寝ていることに……。


「そこをどけぇええええええええええ!」


 アルセイフ様が手に持っていた剣を抜刀し、コッコロちゃんに斬りかかる。


 がきんっ!


「今日は夜勤だったんじゃなかったのかい……!?」


 コッコロちゃんの右手には、氷の爪が生えている。


 5つの爪でアルセイフ様の剣を受け止めていた。


「胸騒ぎがしたのだ。……おい、貴様……俺の大事な女に、何しやがる……!」


 ぐっ、と力を込めて、コッコロちゃんを弾き飛ばす。


 自由になった私に、アルセイフ様が駆け寄る。


「フェリア! 無事か!?」

「え、あ……は、はい……」

「そうか……良かった……」


 ほぉ……と安堵の息をつく、アルセイフ様。


 ……怒って、ない?

 不貞を働こうとした、私に怒ってるんじゃなかったのか。


「よかった……無事で……」


 彼が私をぎゅっと抱きしめる。

 その力は強くて、けれど、優しい……。


 あ、あれ……なんだろう、ちょっと……泣きそうだ。


「どけよ、フェリはボクのものだ」


 コッコロちゃんの周囲に、氷の魔力がほとばしる。


 バキバキ……と音を立てながら、建物が凍り付いていく。


「下がってろ、フェリア」


 アルセイフ様は剣を片手に、コッコロちゃんの前に立ち塞がる。


「犬。貴様にフェリアは渡さない」

「どけよ邪魔者! おまえは……おまえは邪魔なんだよ! フェリはボクの子を生むんだ!」


「ふざけるな。こいつは俺のだ」

「フェリはおまえの所有物じゃない!」


 コッコロちゃんの主張に……。


 アルセイフ様は、フッ、と笑う。


「ああ、そうだ。俺の所有物じゃない。俺の……大事な、大好きな、妻だ」


 ……彼が、優しくそういった。


 ……今、大事なって。

 大好きって……彼が……。


 あ、あれ……? なんだろう……顔が、あつい……。

 うれしい……彼が、好きと言ってくれたことが、すごく……。


「あ、あぁあああああああああ!」


 ごぉ……! とコッコロちゃんの体から、激しい氷雪の風が吹き荒れる。


「駄目だ駄目だ駄目だぁあああああ! フェリぃいいいいいいいいいいい!」


 彼と……そして私を、凍りつかせようとする、本気の意思を感じる。


 ……でも私は不思議と恐怖を感じなかった。

 目の前にいる、彼の背中。

 それを見ていると……安心できた。


「フェリア。俺は……おまえを守る。愛する、おまえを」


 私は胸が締め付けられて、彼の背中にそっと触れる。


 その瞬間……。


 私の手から、何かが彼に流れ込んでいく。


「これは……?」


 アルセイフ様が目をむいている。

 

「はは! 何をしようとしても無駄だ! アルセイフ! 君はボクには勝てない! 氷使いとして最強の、この氷魔狼フェンリルの前ではなぁ!」


「ああ、だろうな。俺一人ならな……だが」


 アルセイフ様が上段に剣を構える。


「フェリアを背中に感じている……今の俺は、貴様より強い」


「ほざけぇええええええええええ!」


 コッコロちゃんからの強烈な、氷の風が吹く。

 

 すべてを凍てつかせる強力な攻撃……。


「せやぁ……!」


 アルセイフ様は構えた剣を振り下ろす。


 それはまばゆい光を放ちながら、コッコロちゃんめがけて、刃が伸びていく。


「そんな……!? これは……光の魔力!? そうか……フェリ……! 君の正体は……! 君の、本当の力はぁ!」


 光の刃はコッコロちゃんの攻撃を完全に打ち砕き……。


 彼をまるごと飲み込んだ。


 ……目を開けてられないほどの強烈な光が発せられたあと……。


『うきゅぅ……』


 子犬状態に戻ったコッコロちゃんが、気を失っていた。


「……終わった、のですか?」

「ああ。おまえのおかげだ」


「私……?」


 こくん、とアルセイフ様がうなずく。


「おまえが俺に力をくれた。だから、守り神たる氷魔狼フェンリルに打ち勝てた。氷使いとして、勝てなかったのが……無念でならんがな」


 くら……と彼が倒れそうになる。


「アルセイフ様……!」


 私は崩れ落ちる彼を支える。


「すまん……フェリア……しばし寝る」


 そういうと、気を失ってしまった。

 何が起きてるのか、わからない。


 でもこれだけははっきりしている。


 彼が、私を守ろうとしてくれたことを。


「ありがとう、アルセイフ様」


 ……そして、この胸の高鳴りは、きっと。


 

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★書籍版3/3発売★



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 欲情して恩人に襲い掛かるとかめちゃくちゃ気持ち悪い(読むのやめようかと思った暗い気持ち悪かったです) こんな駄犬はどこかに捨ててらっしゃい!
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