14話 アルセイフ視点
妻フェリアを馬車まで送り届けたあと……。
アルセイフは詰め所へと戻る。
「…………」
隣に妻が居ないことに物足りなさを覚える。
彼女がそばに居るだけで心穏やかになるのはどうしてだろう。
「あ、副団長」
「……ハーレイ」
部下の騎士ハーレイが、笑顔で近づいてくる。
オレンジ色の髪の毛に、少し幼い顔つき。
背がそんなに高くなく、ともすれば女に見えなくはない。
……だが、モテる。
かなりモテるのを知っている。
女の部下がいっていたが、こういうのが庇護欲をそそられていい、とのことだった。
アルセイフには理解できない概念だ。
男とは女を守るモノではないか。
ああでも……フェリアはどう思ってるのだろうか。
こういう男の方が良いのだろうか。
「ふくだんちょー?」
「……なんでもない。午後は見回りだ」
「りょーかいっす」
一概に王国騎士は6つの団に別れている。
それぞれ名前は、
赤の剣。青の槍。黒の斧。
緑の盾。黄の弓。白の杖。
騎士達は各団に所属し、グループで動くことになっていた。
アルセイフ達が居るのは【赤の剣】。
主に外敵と戦うのが任務である。
団長は滅多に表に出ない。
現場に出て指揮を執るのは、副団長であるアルセイフの役割だ。
アルセイフは部下達を連れて城の外に出る。
王都の近辺にはモンスターが出やすいポイントがいくつもあり、今日はそこを巡回する。
2人一組で散らばって動く。
アルセイフも同様、指揮だけでなく現場で剣を取る。
相方はハーレイ。
彼は体が小さいものの、素早い動きを得意としており、敵の撃破数は意外と多い。
王都近隣の森で白狼を発見。
Dランクモンスターを、ハーレイが華麗に倒してみせる。
「…………」
その流麗な戦い方に、惚れる女も多いという。
なるほど確かに余裕の笑みを浮かべながら、素早い動きで敵を圧倒する様は、かっこいいと思わなくもない。
フェリアも、ああいうのがいいのだろうか……。
「副団長、終わりました」
「……ああ、ご苦労」
自分が出る幕もなく戦闘が終了。
剣を納めたハーレイが近づいてくる。
次のポイントへと移動する。
「…………」
肩を並べて歩いてみると、ハーレイはやはり小柄だ。
しかしフェリアとちょうど、同じくらいか。
これくらいの身長同士のほうが話しやすい
のかもしれない。
彼女はいつも自分と話すとき、上を向いて話してる。
首が疲れないだろうか。
「もしかして、奥様の事を考えていたのですか?」
ハーレイの発言に、どきりとさせられる。
「貴様に関係ない」
「早口になってますけど?」
「うるさい」
くつくつ、とハーレイが笑う。
「奥様、お綺麗ですね。頭良さそうで、気立ても良い。いやぁ、本当にいいお人だ」
「ふふん、だろう?」
妻を褒められるとすごいうれしい。
ふ、そうだろうそうだろう、とうなずいている。
「あいつは中々教養もあるやつなのだ。政治や経済の話にもついてこれる」
「へえ……! それはすごい」
「ふふ、そうだろう? しかも氷使いとしても一流なのだ」
聞かれても居ないのに、フェリアの良いところをあげまくる。
その都度部下がすごいすごいと褒めてくれるので気分が良い。
「奥様のことが本当に好きなのですねぇ」
……ふと、ハーレイがなんとなしにそう言う。
「……好き?」
彼の発言がひっかかり、アルセイフは立ち止まってしまう。
「どうしました?」
「……ハーレイよ」
「はい」
「俺は、フェリアのことが好きなのだろうか」
「は?」
ぽかーん……とハーレイが口と目を大きく開く。
「え? 何言ってるんですか? どう見ても、ベタ惚れしてるじゃないですか?」
「誰が、誰に?」
「副団長が、奥様に」
「まさか……」
驚愕の事実だった。
そんなアルセイフの顔を見て、ハーレイが苦笑する。
「副団長、もしかして女性と付き合ったことないんですか?」
「……だからどうした」
「なるほど道理で……」
くつくつと笑うハーレイが妙にむかついた。
なんだその上から目線は。
自分は上司だぞ。
「ああ、失礼しました。別に馬鹿にしたわけではなく、なんだか微笑ましくて」
「貴様やはり馬鹿にしてるではないか」
「いえいえ、そんなことは決して。あ、敵です。ちょっと倒してきますね」
進んだ先の茂みから、また白狼が顔を覗かせていた。
「貴様は下がってろ。俺がやる」
アルセイフは腰の剣を抜いて、魔眼の魔力を刃に宿す。
ひゅっ……と一振りする。
白狼を中心として、周辺数メートルに、氷の塊が一瞬で出来上がる。
……よく見ると白狼の周囲には、複数の同型モンスターが構えていた。
「ははぁ……なるほど。おとりだったのですね、あの狼は」
「そうだ。あいつにかまっている間に、仲間が襲うつもりだったのだろう」
「さすが副団長、お強いだけでなく視野もお広いですのね」
剣を鞘に戻すと同時に白狼の群れが砕け散る。
「…………」
戦いを終えて、アルセイフはふと考える。
フェリアは今の戦いを見たら、どう言ってくれるだろうか。
ハーレイと比べて、自分の戦い方は【即時殲滅】。
敵を見かけた瞬間に、殲滅させるのが基本スタイルだ。
華なんてありやしない。
……やはりハーレイの戦い方のがいいだろうか。
「何か考え事です?」
ハーレイが覗き込んでくる。
「……なぜ、貴様もわかる」
フェリアもこちらが考え事(だいたいフェリアの事)していると、指摘されてしまう。
「副団長はわかりやすいので」
「……そうか」
そうだろうか。いや、二人が言うのならそうなのだろう。
「何を考えてたのですか……といっても、たぶん奥様のことですね」
「……貴様、読心術でも嗜んでいるのか?」
本当にびっくりした。
「いえいえまさか」
「……戦い方についてだ。俺はどうにも敵を一瞬で片付けてしまい、華がない。貴様のように華のある戦い方をしたほうがいいか、と思ったまでだ」
きょとん……とハーレイが目を点にする。
そして……。
「あーーーはっはっはっは!」
「き、貴様! 何がオカシイ!?」
「あー、いえ……はは。うん、副団長」
「なんだっ!」
ハーレイは笑顔で、こういう。
「あなた、やっぱり奥様のこと、大好きじゃあないですか」
……愕然とする。
今のどこが、フェリアのことを好きにつながるというのか。
「どういうことだ?」
「恋愛偏差値低すぎません?」
「やかましい。解説しろ」
はいはい、とハーレイが続ける。
思えばみなが冷酷なる氷帝と畏怖する中で、ハーレイは最初から、全く怖がっていなかったなとふと思い出した。
「副団長は奥様のこと、ずーっと考えてるのでしょう、最近」
「そうだな」
「どうしたら彼女が喜んでくれるだろうかって、考えてますよね?」
「最近は多いな」
「彼女が笑うと心がぽかぽかしません? 彼女に嫌われたらと思うと不安になりませんか」
「その通りだな」
うん、とハーレイがうなずく。
「それです」
「どれだ?」
「今言ったのはですね、世間一般に、その女性に恋してるときに、男がなる現象です」
……なんと、そうだったのか。
「知らなかった……」
「副団長って恋愛小説とか……読みませんよね」
「剣術の指南書なら」
「そういうのじゃなくてですね。はぁ……やれやれ、これは奥様も大変だ」
ふぅ、と肩をすくめるハーレイ。
ともすれば無礼な態度に映るだろうが、そんなのはどうでもよかった。
「なぁハーレイ。俺はフェリアのことが好きなのか?」
「ええ、もう、すんごい好きですよ」
「……しかし、いまいち確信が……」
ハーレイはこんなことを言う。
「副団長、目を閉じてください」
「……なんだ藪から棒に」
「いいからほら」
言われたとおりにアルセイフは目を閉じる。
「目の前に奥様がいます」
「いないぞ」
「想像! イメージ!」
「はじめからそう言え」
アルセイフは目を閉じて、闇の中にフェリアを想像する。
「奥様が微笑んでいるところをイメージしてください」
「…………」
首を傾け、こっちをまっすぐに見てくる。
微笑みかけてくる彼女を見ていると……心臓が高鳴る。
「どきどきしません?」
「……するな」
「では次に、奥様があなたにこう言いました。【好き】と」
……その瞬間、どくんっ! と強く心臓が高鳴った。
どきどき……どきどき……と心臓がさっきよりも早く打ち、顔が赤い。
「はい目あけてくださーい」
うっすらと目を開けると、鏡を持ったハーレイがいた。
どうやら身嗜み用のちいさな鏡のようだ。
「副団長、ご自分の顔、どうなってます?」
言うまでもない、真っ赤だった。
耳の先まで、赤く染まっていた。
「はい、わかりましたね? 想像で好きって言われただけで、これだけ照れてしまうんです」
鏡をしまって、ハーレイがにこりと笑う。
「あなたはフェリア様のことが、大好きなんですよ」
アルセイフは彼から目線を逸らす。
首をかしげ、考える。
俺が、好き?
フェリアのことが……好き?
……だが、そう言われると、すごいしっくりくる部分もある。
朝、彼女を見ると、一日頑張ろうって気になる。
昼、彼女の作ってくれた弁当を食べると、午後も仕事を頑張ろうという気になる。
夜、仕事を終えて家に帰ると……、フェリアが出迎えてくれる。
お帰りなさいと彼女が言う……。
そのときの笑顔が素敵で……。
「ああ、そうか……」
やっと、ようやく、アルセイフは答えにたどり着いた。
「俺は……あいつが好きだったのか……」