13話
私は夫のアルセイフ様に、お弁当を届けに、王城へとやってきた。
ちょうどお昼時間ということで、彼にお昼に誘われた次第。
私は夫の後ろについて、食堂へと向かう。
「……レイホワイト様だ」「……後ろの女性は誰だ?」「……アルセイフ様の奥様だそうだ」
ひそひそ、と道行く騎士のみなさんや、宮廷でお仕事をしている人が、私を見て言う。
衛兵さんと同じ反応だ。どうやら私の存在は噂になっているらしい。
「……冷酷なる氷帝の妻か」「……かわいそうに」「……きっと毎晩ひどい目にあってるんだろうな」
世間の彼に対する印象というのは、そうそう、変わるものではない。
悪評というのは広まりやすく、また、解けにくいものだろうし。
「おい」
アルセイフ様は立ち止まると、噂話をしていた彼らをにらみつける。
「俺の女に何か言いたいことがあるのか?」
ぎろりとにらみつけて、彼らに言う。
「言いたいことがあるのなら直接言え。聞いてやる」
誰もがうつむいたり、目線を逸らしたりする。
一方で彼はフンッと鼻を鳴らすと、先へ進んでいく。
「……すまんな、俺のせいで」
本当に小さな声で、アルセイフ様が謝る。
「別に謝ることではないでしょう。私は気にしてませんし」
「しかしだな……」
「いいんですって。ほら、いきましょう」
「ああ……」
しかし、アルセイフ様が私に気を遣ってくれるとは。
出会った当初から比べると、格段の進歩ではなかろうか。
ふふ、本当にコッコロちゃんみたいだ。
出会ってすぐはつんけんしてたのに、少しずつ懐いてくれたんだよな。
「どうした?」
「あ、いえいえ。2号も順調に懐いてくれてるなと」
アルセイフ様が首をかしげるも、特に気にする様子もなかった。
ほどなくして、私たちは食堂へと到着する。
「意外と大きいですね」
「ああ。宮廷で働くやつら全員向けの食堂だからな」
魔法学校の食堂よりも広い。
長いテーブルがいくつも並んでいる。
観葉植物なんかも置いてあっておしゃれだ。
「でも席が満杯ですね」
「問題ない」
問題ないってどういうことだろう?
すたすた、とアルセイフ様が近くの席へ向かうと……。
ざざざっ、と座っていた人たちがいなくなる。
「ほらな」
「……あなたも苦労なさってるんですね」
冷酷なる氷帝の悪評のせいで、みんな近づいてくれないらしい。
夫は、職場でうまくやれてるだろうか。馴染めてるだろうか。
「ニコ、何かご飯を買ってきてちょうだい」
「かしこまりましたー!」
侍女のニコはうなずくと、受付へと走っていく。
残されたのは私とアルセイフ様だけ。
「どうぞお先にお召し上がりください」
「いや、おまえの料理が来てから、一緒に食べよう」
「そうですか」
しかし変われば変わるものだなと改めて思う。
前は私に興味も関心も抱いていなかった。
ご飯だって、夫婦だから仕方なく一緒に食べるという感じだったのだが。
今ではこうして、一緒に食べようとしてくれている。
彼はようやく、自分の夫としての立場を自覚したのだろうか。
私の歩み寄る努力が実ったのなら、うれしい限りだ。
と、そのときだった。
「あれ? 副団長! ここにいたんですかー!」
オレンジ色の髪の、若い男の子が、笑顔でこちらに近づいてくる。
あら、珍しい。
ほかのみなさんはアルセイフ様を怖がって近づかないというのに。
もしかして……。
「部下のかたでしょうか?」
「はいっす! ハーレイって言います! そういうあなたは……?」
ああやはり、部下の子だったか。
あいさつしないと。
私は立ち上がって、貴族式のお辞儀をする。
「はじめまして。アルセイフの妻、フェリアと申します」
「やっぱり!」
ハーレイさんは私に、なぜか笑顔を向けてくる。
初対面のはずだが……。
「いつもお弁当におやつ、ありがとうございます! おいしくいただいています!」
そういえば部下の人たち用に、お弁当を多目に、おやつは毎回渡していた。
なるほど、その関係で、彼は私を認知していたのか。
「いえいえ、あんな粗末なものを食べさせて申し訳ない」
「粗末なものなんてとんでもない! いつもほんっとに美味しく食べさせてもらってます! お金払ってもいいくらいです!」
「まあ、お上手ですね」
すると、ごほん、とアルセイフ様が咳払いをする。
「ハーレイ。俺になんか用か? 用事がないなら帰れ」
「あなたってば……もう。すみません、きつい言い方して」
「いえ! 慣れてるっすから平気です! あ、副団長、おれも昼飯同席していいっすか?」
おやまあ、なんとコミュニケーション力の高い子だろう。
「ダメだ」
とアルセイフ様が断る。
「せっかく部下が誘ってくれてるんですから、同席くらい許したらどうです?」
「……仕方ない。許す」
ハーレイさんが笑顔で、私の隣に座る。
「おい、ハーレイ。なぜ隣に座る?」
「え、だって空いてましたし」
「距離が近い。1席空けろ」
ハーレイさんはアルセイフ様を見て、目を丸くする。
だがにまーっと笑う。
「了解っす!」
言われた通り一マス分くらい空けて座るハーレイさん。
そこへ、ニコが料理を持ってやってくる。
ニコも交えて四人で食事をする。
「いやぁ、それにしても副団長! 奥様すっごい美人じゃないですか!」
ハーレイさんがニコニコしながら言ってくる。
彼はまあ、別になんも思わないだろうけど。
「ふん、そうだろう?」
おっとまんざらでもない様子。
彼も妻を褒められて喜ぶ、なんて俗なことするんだな。
「いや本当にきれいですねぇ」
「ありがとう、お世辞でもうれしいですわ」
「そんな! お世辞じゃないですって! 確か公爵家の御令嬢でしょう? きれいで、気品にあふれ、しかも料理もお上手だなんて!」
「まあ、あなたも随分とお上手ですこと」
ストレートに褒められたのなんて、いつぶりだろうか。
これで独身だったら心をときめかせてたろうけど。
でも既婚者だし、上司の妻ってことで、向こうもお世辞言ってるのはわかるから、あんまり喜べないな。
まあでも、悪い気はしない。
「おい」
じろり、と彼が部下であるハーレイんさんをにらみつける。
「俺の女に唾をつけるのはやめろ」
「え!?」
ハーレイさんが驚愕の表情になる。
「はー……なるほど。副団長、まさか嫉妬なされてるなんて、驚きです!」
「「は?」」
私も彼も、驚きを禁じ得ない。
え、だってそうでしょう?
この人がですよ、嫉妬? あり得ないでしょ。
「…………」
あ、あれ? 彼も黙ってしまったし……え、本当に嫉妬しているの?
「わかります。こんなにもお美しく、気立てのいい奥様なのです。他の男に取られてしまわれないか、とても心配なのでしょう」
「いや、まさか……ねえ?」
この人がそんな感情を、私に持ち合わせてるなんて思わない……。
「おい、ハーレイ」
「はいはいなんすか?」
「残りは、やる」
ずい、と食べていたお弁当をハーレイさんに押し付ける。
「おい、いくぞ」
「え、あ、ちょっと」
彼が私の手を引いて立ち上がる。
ニコが慌ててついてくる。
「帰るぞ」
「あ、え、でもお昼ごはんが……」
「あ、自分が片づけておくんで、お気になさらずー」
ハーレイさんが笑顔で手を振ってくる。
夫は私の手を引いて、食堂から……というか、ハーレイさんから遠ざけようとする。
ずんずんと、勝手に進んでいく。
「あの、痛いんですけど」
「ああ、すまん……」
ぱっ、と彼が私の手を放した。
「まったく、なんなんですか? 急に立ち上がって。食事の最中に立ち上がるなんて、マナー違反ですよ?」
「そうだな。すまん……」
……なんだか、妙だ。
妙に、素直というか……。
さっきの嫉妬の話に対しても、否定しなかったし……。
「馬車まで送る」
「あ、はい」
彼が前を進んでいく。
何も、語ろうとしない。
なんだろう、彼は何を思って、こんな行動をとったのだろう。
「……ほんと、焼きもちを焼いてくださったんですか?」
まさかとは思って聞いてみる。
「……俺以外の男と、あまり楽しくしゃべるな」
おや、まあ。
これは、やはり焼きもちをやいてくれたみたいだ。
ふふ、なんだ、可愛いところあるじゃないか。
「き、貴様なぜ笑う!?」
アルセイフ様が顔を赤くして声を荒らげる。
「いえ、ただ、お可愛いこと、と思ったまで」
「馬鹿にしてるだろう!?」
「いえそんなまさか」
「くそ! にやけ面しよって!」
馬車乗り場へとやってきた。
彼が私をチラチラ見てくる。
「どうしたんです?」
「……ハーレイは、俺の部下だ」
「わかってますって。心配なさらずとも、彼とどうこうするつもりはないですし、色目を使う気もないですよ」
「ほんとうに? ほんとうか?」
「はい。私はあなたの、冷酷なる氷帝の妻ですからね」
ほかの男に目移りなんてするわけがない。
私はもう彼の家に嫁いだのだから。
「そうか。ふふ、そうかそうか。それでいい」
彼は機嫌がよさそうだ。
なんという、単純さだろう。
こんなにもかわいいのに、周りはなぜ彼を怖がるのだろうか。
「安心しましたよ。あなた、部下とはうまくやれてるんですね」
「おまえのおかげだ」
「私の?」
「ああ。料理や菓子のおかげで、コミュニケーションが取れている」
彼はまっすぐに私を見て、小さくほほ笑む。
「いつも、すまんな」
……ちゃんと、彼は私の料理とかお菓子に、感謝してくれてたんだな。
それが知れて、うん、うれしかった。
「お気になさらず、好きでやってることですから」
私もまた微笑み返すと、彼は顔をちょっと赤くして、そっぽを向く。
「だ、だがあまりうますぎるものを作るのはだめだ。俺以外のやつらが、貴様を狙うかもしれん」
「まさか。私は人妻ですよ?」
「そういう特殊な趣味嗜好を持つ輩がいるからな」
「特殊って。ひどいですよ」
……あれ?
なんだか私、彼と普通に、和やかに話せてる?
なんか、普通の夫婦みたいに、なってきてる……?
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