12話
ある日のこと。
アルセイフ様がお弁当をお忘れになられたので、私は王城まで、弁当を届けに行くことにした。
「はえー……。あたし王城って初めてきますが、おおきいですねぇ……!」
侍女のニコが城を見上げて言う。
確かに大きく、また立派な構えのお城だ。
私は入り口の衛兵さんに声をかける。
「あの、すみません。夫にお弁当を届けに来たのですが」
衛兵さんはにこやかに対応してくれる。
「夫とは、どなたでしょうか?」
「アルセイフ=フォン=レイホワイトです。私は彼の妻です」
「なっ!? あ、アルセイフ様の!? 奥様!?」
「え、あ、はい。そうです」
衛兵さんが私を、しげしげと眺める。
「このお方が、あの」
「【あの】? とは、どの?」
「あ、いえ……お噂はかねがね」
衛兵さんが気まずそうに顔を逸らす。
なんだか私に憐憫? の情のようなものを、向けている気がした。
可哀想なモノを見る目だった。
たぶん、夫にいじめられてるとかなんとか、思われてるのだろう。
そんな人じゃないんだけどな。
「夫の元へ連れてってくださいます?」
「あ、はい! それはもちろん。ささ、どうぞ」
衛兵さんが私とニコを連れて城へ案内してくれる。
どうやら彼は騎士団の詰め所とやらにいるらしい。
「しかし奥様、大変でしょう」
「大変とは?」
衛兵さんは歩きながら私に話しかけてくる。
「冷酷なる氷帝様のお相手をするなんて、さぞお辛いかと」
……ああ、やはりか。
彼は周りからあまりよく思われていない。
この衛兵さんも、勘違いしてるのだろう。
彼が恐ろしい人物であると。
私が彼に虐げられていると。
「お言葉ですが、私は……」
と、そのときだった。
「あーーーーーーーーーーーーーら! お姉様じゃなぁーーーーーーーーーい?」
キンキン、と甲高い声が廊下に響き渡る。
……この、聞いてるだけでナチュラルに人を不愉快にさせる、声は。
屋敷の中に居る間、聞きたくもないのに、聞こえてきた……。
人を小馬鹿にするような声は……。
「セレスティア……」
セレスティア=フォン=カーライル。
私の義理の妹だ。
顔立ちはそこそこ整っている。
髪の毛は金色。なんか無駄に巻いたり、アクセサリーを付けたりしている。
ニコは妹を見た瞬間「うげ……」と淑女らしからぬ声を出した。
私はこらえたが、ニコと同じ感想を抱く。
嫌なやつに会ってしまったと。
「お姉様じゃないのぉ。まだ生きてらしたの? とーっくに冷酷なる氷帝のお腹の中と思ってたんですけどねぇ~?」
……まあ、こういう子なのである。
人をナチュラルに見下す、いじわる、わがまま……とまあ。そんな子。
「ええ、セレスティア。見ての通り、五体満足ですよ」
「あーらざーんねーん。我が家の面汚しはさっさと氷帝に食われてしまえばいいのにー」
本当に公爵令嬢なのだろうか、この子は。
まあ父がだいぶ甘やかしていたし、貴族としてのマナー等は身につけてないのだ。
こんな礼儀知らずに腹を立てたり、心を乱されたりするのは馬鹿らしい。
「では、失礼します」
「ちょちょちょーっと待ちなさいよ。せっかくの姉妹の感動の再会なのですから、少し話していきましょーよ?」
感動の再会なんて微塵も思ってないので、さっさとこの場を去りたい。
「そうしたいのは山々ですが、夫の弁当を届けなくちゃいけないので」
「弁当ぉ……? ぷっ……弁当? へえ~~~~~~弁当なんて作ってるんだぁ~」
完全にこちらを馬鹿にしにきている。
弁当を作ることと、見下すことに何が繋がるというのだろう。
あとニコが犬みたいに「がぅうう……」と吠えていたので手で制しておいた。
「なにか、おかしなことでも?」
「べっつにぃ~? ただぁ……騎士爵ってお金ないんだなぁっておもってぇ~?」
一般的に騎士爵は、五等爵より下とされている(男爵の下)。
爵位によって領地の大きさが異なり、そうなると収入も変わってくる。
公爵家は大きな領地を持っていたので裕福だった。
……ああ、だから、騎士爵に嫁いだ私が、貧乏だって言いたいのか。
相変わらず、姉に対してマウント取りたがる子だな。子供か。
「セレスティア。発言には気をつけなさい。あなたも貴族の娘なら、他家の悪口は控えた方が良いですよ」
「ふん! うっさいのよ! 哀れんでやってるのに、何その態度」
哀れんでやってるって……。
何様だ、この子は。
「愚かなる姉様は知らないようですから、教えて差し上げますけどぉ。実はわたしぃ、このたび婚約することになりましてぇ」
「え? 嘘」
こんな性格がゴミ……おっといけない。
性格が破綻してるような子を、娶ってくれる寛大な人がいるなんて……。
私が悔しがって居ると勘違いしてるのか、勝ち誇った笑みを浮かべながら、セレスティアが続ける。
「ほーんとよぉ! 相手はなんと……! この国の王子! はっはーん! どぉおお? ね、どぉ? ねえねえ、悔しい? そっちは騎士爵風情でぇ? こっちは王族よ王族ぅ! 姉様よりわたしのほうが上ぇ!」
……はぁ。
まったく、この子は。昔から何も進歩してない。
というか、騎士爵を馬鹿にしちゃイケナイって注意したのに、もう忘れているし。
しかし王族か。
まあ家柄はいいし、変な野心を抱かない(野心を抱けるほど頭が良くない)女だから、都合が良いのだろう。
「おめでとう、セレスティア。良かったわね」
しかし……。
くしゃり、と妹が不愉快そうに顔をゆがめる。
「なにそれ? 馬鹿にしてるの?」
……はあ。
本当にこの子との会話は疲れる。論理性が皆無だ。
「どこの馬鹿にする要素があるんです?」
「王族と結婚するのよ? もっと悔しがりなさいよ! なのに何その態度、馬鹿にしてんでしょ!?」
……もう支離滅裂だ。
「未来の王妃になんたる不敬な! 不敬罪で打ち首よ打ち首!」
「王妃って。あなた結婚するのは王太子じゃないのでしょう? 王妃にはなれませんよ……」
「うるさい! 黙れこの……!」
妹が手を上げようとした、そのときだ。
「おい」
後ろから、セレスティアの手をがしっと……【彼】がつかむ。
「なにすんの……よ゛!? あ、ああ……れ、冷酷なる……氷帝ぃ!?」
アルセイフ様が、セレスティアの手をつかんで止めていたのだ。
その翡翠の瞳が、不愉快そうにゆがむ。
あ、これは怒ってる。
「貴様……俺の女に手を上げようとしたな」
ぴき……ぴきぴき……とアルセイフ様が触っている部分から、氷結していく。
「ひぃいいいい! 殺されるぅううううううううう!」
「謝れ。俺の女に、手を上げようとしたことを。さもなくば……」
ぴきぱき……と手が凍り付いていく。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい姉様ぁ!」
「アルセイフ様。もうおやめください」
ぱっ……と彼が手を離す。
氷がとけていく。よかった、凍傷にはなってないようだ。
「お、覚えてなさいよ! 王子様にいいつけてやるんだからぁ……!」
捨て台詞を吐いて彼女が去って行く。
三文芝居のチンピラみたいなセリフだな。仮にも公爵令嬢だというのに、やれやれ。
「大丈夫か?」
アルセイフ様がずいっと近づいて、私のことをまじまじと見やる。
「ええ、おかげさまで。ありがとうございます」
「うむ……まあ、無事ならそれでいい」
こほん、とアルセイフ様が咳払いをする。
「どうした、おまえ? こんなところに」
「あなたにお弁当を。それと……アルセイフ様、こんなところとは、駄目ですよ。王の城なのですから」
「うむ……そうだったな。気をつけよう」
……あれ? またやけに素直だな。
「はいこれお弁当。こちらは焼き菓子、部下の皆さんでお食べください」
じっ……と彼が私を見つめてくる。
「どうしました?」
アルセイフ様があちこち目線を泳がせたあと、こほんと咳払いをして、こんなことを言う。
「いや……その……なんだ。もう昼時間だから、その……一緒に、昼でも食ってかないか?」