表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/76

12話



 ある日のこと。

 アルセイフ様がお弁当をお忘れになられたので、私は王城まで、弁当を届けに行くことにした。


「はえー……。あたし王城って初めてきますが、おおきいですねぇ……!」


 侍女のニコが城を見上げて言う。

 確かに大きく、また立派な構えのお城だ。


 私は入り口の衛兵さんに声をかける。


「あの、すみません。夫にお弁当を届けに来たのですが」


 衛兵さんはにこやかに対応してくれる。


「夫とは、どなたでしょうか?」

「アルセイフ=フォン=レイホワイトです。私は彼の妻です」


「なっ!? あ、アルセイフ様の!? 奥様!?」


「え、あ、はい。そうです」


 衛兵さんが私を、しげしげと眺める。


「このお方が、あの」

「【あの】? とは、どの?」

「あ、いえ……お噂はかねがね」


 衛兵さんが気まずそうに顔を逸らす。

 なんだか私に憐憫? の情のようなものを、向けている気がした。


 可哀想なモノを見る目だった。

 たぶん、夫にいじめられてるとかなんとか、思われてるのだろう。


 そんな人じゃないんだけどな。


「夫の元へ連れてってくださいます?」

「あ、はい! それはもちろん。ささ、どうぞ」


 衛兵さんが私とニコを連れて城へ案内してくれる。


 どうやら彼は騎士団の詰め所とやらにいるらしい。


「しかし奥様、大変でしょう」

「大変とは?」


 衛兵さんは歩きながら私に話しかけてくる。


「冷酷なる氷帝様のお相手をするなんて、さぞお辛いかと」


 ……ああ、やはりか。

 彼は周りからあまりよく思われていない。

 この衛兵さんも、勘違いしてるのだろう。


 彼が恐ろしい人物であると。

 私が彼に虐げられていると。


「お言葉ですが、私は……」


 と、そのときだった。


「あーーーーーーーーーーーーーら! お姉様じゃなぁーーーーーーーーーい?」


 キンキン、と甲高い声が廊下に響き渡る。


 ……この、聞いてるだけでナチュラルに人を不愉快にさせる、声は。


 屋敷の中に居る間、聞きたくもないのに、聞こえてきた……。


 人を小馬鹿にするような声は……。


「セレスティア……」


 セレスティア=フォン=カーライル。

 私の義理の妹だ。


 顔立ちはそこそこ整っている。

 髪の毛は金色。なんか無駄に巻いたり、アクセサリーを付けたりしている。


 ニコは妹を見た瞬間「うげ……」と淑女らしからぬ声を出した。


 私はこらえたが、ニコと同じ感想を抱く。

 嫌なやつに会ってしまったと。


「お姉様じゃないのぉ。まだ生きてらしたの? とーっくに冷酷なる氷帝のお腹の中と思ってたんですけどねぇ~?」


 ……まあ、こういう子なのである。


 人をナチュラルに見下す、いじわる、わがまま……とまあ。そんな子。


「ええ、セレスティア。見ての通り、五体満足ですよ」


「あーらざーんねーん。我が家の面汚しはさっさと氷帝に食われてしまえばいいのにー」


 本当に公爵令嬢なのだろうか、この子は。


 まあ父がだいぶ甘やかしていたし、貴族としてのマナー等は身につけてないのだ。


 こんな礼儀知らずに腹を立てたり、心を乱されたりするのは馬鹿らしい。


「では、失礼します」

「ちょちょちょーっと待ちなさいよ。せっかくの姉妹の感動の再会なのですから、少し話していきましょーよ?」


 感動の再会なんて微塵も思ってないので、さっさとこの場を去りたい。


「そうしたいのは山々ですが、夫の弁当を届けなくちゃいけないので」


「弁当ぉ……? ぷっ……弁当? へえ~~~~~~弁当なんて作ってるんだぁ~」


 完全にこちらを馬鹿にしにきている。

 弁当を作ることと、見下すことに何が繋がるというのだろう。


 あとニコが犬みたいに「がぅうう……」と吠えていたので手で制しておいた。


「なにか、おかしなことでも?」

「べっつにぃ~? ただぁ……騎士爵ってお金ないんだなぁっておもってぇ~?」


 一般的に騎士爵は、五等爵より下とされている(男爵の下)。


 爵位によって領地の大きさが異なり、そうなると収入も変わってくる。


 公爵家は大きな領地を持っていたので裕福だった。


 ……ああ、だから、騎士爵に嫁いだ私が、貧乏だって言いたいのか。

 相変わらず、姉に対してマウント取りたがる子だな。子供か。


「セレスティア。発言には気をつけなさい。あなたも貴族の娘なら、他家の悪口は控えた方が良いですよ」


「ふん! うっさいのよ! 哀れんでやってるのに、何その態度」


 哀れんでやってるって……。

 何様だ、この子は。


「愚かなる姉様は知らないようですから、教えて差し上げますけどぉ。実はわたしぃ、このたび婚約することになりましてぇ」


「え? 嘘」


 こんな性格がゴミ……おっといけない。

 性格が破綻してるような子を、娶ってくれる寛大な人がいるなんて……。


 私が悔しがって居ると勘違いしてるのか、勝ち誇った笑みを浮かべながら、セレスティアが続ける。


「ほーんとよぉ! 相手はなんと……! この国の王子! はっはーん! どぉおお? ね、どぉ? ねえねえ、悔しい? そっちは騎士爵風情でぇ? こっちは王族よ王族ぅ! 姉様よりわたしのほうが上ぇ!」


 ……はぁ。

 まったく、この子は。昔から何も進歩してない。


 というか、騎士爵を馬鹿にしちゃイケナイって注意したのに、もう忘れているし。


 しかし王族か。

 まあ家柄はいいし、変な野心を抱かない(野心を抱けるほど頭が良くない)女だから、都合が良いのだろう。


「おめでとう、セレスティア。良かったわね」


 しかし……。

 くしゃり、と妹が不愉快そうに顔をゆがめる。


「なにそれ? 馬鹿にしてるの?」


 ……はあ。

 本当にこの子との会話は疲れる。論理性が皆無だ。


「どこの馬鹿にする要素があるんです?」

「王族と結婚するのよ? もっと悔しがりなさいよ! なのに何その態度、馬鹿にしてんでしょ!?」


 ……もう支離滅裂だ。


「未来の王妃になんたる不敬な! 不敬罪で打ち首よ打ち首!」


「王妃って。あなた結婚するのは王太子じゃないのでしょう? 王妃にはなれませんよ……」


「うるさい! 黙れこの……!」


 妹が手を上げようとした、そのときだ。


「おい」


 後ろから、セレスティアの手をがしっと……【彼】がつかむ。


「なにすんの……よ゛!? あ、ああ……れ、冷酷なる……氷帝ぃ!?」


 アルセイフ様が、セレスティアの手をつかんで止めていたのだ。


 その翡翠の瞳が、不愉快そうにゆがむ。


 あ、これは怒ってる。


「貴様……俺の女に手を上げようとしたな」


 ぴき……ぴきぴき……とアルセイフ様が触っている部分から、氷結していく。


「ひぃいいいい! 殺されるぅううううううううう!」


「謝れ。俺の女に、手を上げようとしたことを。さもなくば……」


 ぴきぱき……と手が凍り付いていく。


「ご、ごめんなさい! ごめんなさい姉様ぁ!」


「アルセイフ様。もうおやめください」


 ぱっ……と彼が手を離す。


 氷がとけていく。よかった、凍傷にはなってないようだ。


「お、覚えてなさいよ! 王子様にいいつけてやるんだからぁ……!」


 捨て台詞を吐いて彼女が去って行く。

 三文芝居のチンピラみたいなセリフだな。仮にも公爵令嬢だというのに、やれやれ。


「大丈夫か?」


 アルセイフ様がずいっと近づいて、私のことをまじまじと見やる。


「ええ、おかげさまで。ありがとうございます」


「うむ……まあ、無事ならそれでいい」

 

 こほん、とアルセイフ様が咳払いをする。


「どうした、おまえ? こんなところに」


「あなたにお弁当を。それと……アルセイフ様、こんなところとは、駄目ですよ。王の城なのですから」


「うむ……そうだったな。気をつけよう」


 ……あれ? またやけに素直だな。


「はいこれお弁当。こちらは焼き菓子、部下の皆さんでお食べください」


 じっ……と彼が私を見つめてくる。


「どうしました?」


 アルセイフ様があちこち目線を泳がせたあと、こほんと咳払いをして、こんなことを言う。


「いや……その……なんだ。もう昼時間だから、その……一緒に、昼でも食ってかないか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

★書籍版3/3発売★



https://26847.mitemin.net/i714745/
― 新着の感想 ―
[良い点] ついに来たよ……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ