1話
「フェリア。悪いが貴様には学校をやめてもらう」
と言うのは、私の父、ドクズ=フォン=カーライル公爵。
娘をそちらの都合で屋敷に呼び出し、いきなりそう言い放ってきた。
「意味が、わからないのですが?」
私はアイン王立魔法学校に奨学生として通っている。
お父様が学費を出してくれなかったのだ。
それは私が【加護無し】の落ちこぼれだから。
この世界では誰しも、精霊の加護を得てこの世に生を受ける。
加護は非常に重要視されている。
授かった加護の内容如何で、将来が決まるほどだ。
しかしそんな世界で、私は加護を持たぬものとして生まれた。
結果、父からは見放された。
まともな教育を受けさせてもらえないどころか、愛人とその娘たちから度重なる嫌がらせを受けているにもかかわらず、見て見ぬふり。
まあ、ひどい人だなと思っていた。
しかしいつまでも家にいるのが嫌だったので、必死に勉強し、なんとかアイン王立学園に通えることになったのだが……。
なぜ、辞めなくてはならないのだろう。
「フェリア、冷酷なる氷帝は知っているか?」
「冷酷なる氷帝? ……知りませんね」
というかなんだ、冷酷なる氷帝って。
意味かぶってないか、それ。
てゆーか、こっちは退学の理由を聞いてるのに。
「王国最強の誉れ高い騎士のことだ。名をアルセイフ=フォン=レイホワイトという」
レイホワイトという名前には聞いたことがあった。
代々王家に仕える一族だ。
爵位は、騎士爵とされているが、実際には王家の懐刀として特別視されているという。
なぜ聞いたことがあるか。
「セレスティアの嫁ぎ先じゃあないですか」
私の母は私を生んですぐに死んだ。
その後父は新しい女を作った。
その時の連れ子が、義妹、セレスティアである。
「そうだ。セレスティアはレイホワイト騎士爵のもとへ嫁ぐ予定だった。が、セレスが嫁ぎたくないといってな」
「それは、どうして?」
「わからぬのか? まったく、これだから加護なしは察しの悪い……」
加護の有無と頭の良し悪しは別だと思うのだが、まあスルーする。
「アルセイフ殿は氷帝と恐れられる御仁だ。その凍てつくような瞳は、見ただけで相手を凍らせる魔眼。その剣は敵を一切容赦なく切り殺す、剣聖の加護を持つ」
「優秀な騎士様じゃないですか」
何が御不満なんだろう。
この国からすれば、魔眼を持ち、しかも剣聖なんてすごい加護を持っている優秀な人材だ。
結婚すればさぞ安泰だろう、俗っぽい言い方をすれば、優良物件ではないか。
義妹は何が不満なんだ?
父は何を危惧してる?
「馬鹿が。今まで何人もの女がレイホワイト家に嫁いで、みな帰ってこなかったのだ」
「帰ってこないって……」
「そのままの意味だ。真偽のほどは不明だが、アルセイフ殿の不興を買い、切り捨てられた、というのがもっぱらの噂だ」
はぁ……。そんなバカなことがあり得るわけない。
相手は国に重宝されている騎士だ。
そんな立場の人間が、嫁が気に入らないからと切り殺すとは到底思えない。
本気で、世の中の人たちはそう思ってるのだろうか。
「大事なセレスティアを氷帝のもとへなど行かせられん! しかし白羽の矢が立ってしまった以上、うちから嫁を出さねばならぬ。そこで、加護無しの貴様の出番なのだ」
まあ、ようするに可愛い娘をその怖い人のところへ送りたくないから、どーでもいいできそこないの私をイケニエにしようという魂胆なのだろう。
さて、どうするかな。
しかしこれは……。
「言っておくが貴様に拒否権は――」
「いいですよ」
「……は?」
ぽかん、とする父に向って私は言う。
「レイホワイト家との婚約、謹んでお受けいたします。学校も辞めます」
「い、いいのか……?」
いいも悪いも、最高ではないか。
レイホワイト家はこの国から重宝されている。
かなりの資産を保有しているだろう。
少なくとも、ここよりは楽して暮らせる。
まあ魔法学校を辞めることになるのは痛手だが、魔法の勉強はどこでもできる。
懸念材料であるアルセイフ様の人柄については、まあ、何とも言えない。
会ったことがないから。
けれど騎士として国に仕えている以上、悪人ということはまず考えられない。
噂については、噂の範疇でしかないし。
そしてなんといっても、レイホワイト家に嫁げば、こんなクズのたまり場からおさらばできる。
加護がないだけで私を虐げ、まともな教育を施してもらえなかったこんな家と、手を切れるのならまあいいじゃあないか。
「そ、そうか……受けるか」
歯切れの悪い父。
私のリアクションが気に食わないみたいだ。
ああ、そうか。
私が嫌がって、泣きわめく様を期待していたのか。
だがもう決定事項だ! みたいな感じでうっ憤を晴らしたかったのだろう。
つくづく、ひどい人だったなと思う。
だがもうこんな家とはおさらばだ。
かくして、私は義妹の代わりに、冷酷なる氷帝アルセイフ=フォン=レイホワイトの嫁となったのだった。