095 とりあえず見学
夏休みも残りわずかとなった八月の終わり。
俺たち五人は、青梅市にある修繕中の建物を見学することにした。
逸見総理の所から帰還し、他のメンバーに話をしたところ、実際に見てみようということになった。
ならば夏休みが終わる前がいいということで、早速出かけることにしたのだ。
今回のメンバーは、玲央先輩、勇三、牟呂さん、東海林さん、そして俺だ。
茂助先輩は欠席。というか、「遠出は遠慮するでござる」と首を横に振り続けた。
青梅市は近い。
全然遠くないのだけど、玲央先輩いわく「あれは歩きたくないのだろう。放っておけ」ということだった。
「せんぱい、産廃跡地って、ヤバくないんですか? バイオなハザードですよね」
電車で向かう途中、東海林さんがしきりに首を傾げている。
「いや大丈夫だろ……たぶん」
そんな怪しい場所じゃないはずだ……たぶん。
総理から聞いた『いわく』にも変なところはなかった。
ゴルフ場の建設予定地として山を切り開いたが、完成を待たずしてバブルが崩壊。
産廃業者がその地を購入。
産業廃棄物の最終処分場といて活用したあと、青梅市に売却。
市が民間と協力して博物館を建設する予定だったようだ。
ところがもろもろあって、民間が撤退してしまった。
もちろん博物館の建物はほぼ完成したものの、営業するには至らず。
しばらく放っておかれたところを国が一括で買い取った。
現在修繕中だが、完成次第、俺たちに売却される。
うん、問題……ないよな。
「でも産廃が地下に眠っているんですよね? ギャオーンとか出てくる生物とか、いるんじゃないですか?」
「想像力旺盛だな……というか、普段から魔物と戦ってるんだから、出てきても問題ないだろ」
「いやいや、巨大なのが出てきますって」
「どのくらい巨大なんだよ」
「そりゃ、数十メートルの」
という話を東海林さんとしていると、隣にいた玲央先輩が笑って説明してくれた。
「その産廃だがな、あそこは『安定型最終処分場』というらしい。雨水などで有害な成分が流出しないものを埋め立てているそうだ。環境的に問題ないはずだ」
「そうなんですか? でも、環境に問題ないって、どういうことですか?」
「水没したり、劣化しても問題ないコンクリくずや金属くず、ガラス、陶器、プラスチック類が埋まっているのだ。変な生き物が出てくる可能性はないだろうな」
先輩の言葉に東海林さんは一応の納得をみせた。
「埋め立て終えた跡地は、地盤沈下しないんですかね?」
「対策工事を施した上で再利用が可になるらしい。そこはいま、公園や遊歩道、超巨大な駐車場に生まれ変わっているはずだ。博物館は、そこに隣接する形で建てられている。最終的に都内にある施設をいくつか移す計画があったようだ」
先輩の話を聞いていた勇三が、都心は地価が高いからなぁと遠い目をはじめた。
勇三の家は不動産業を営んでいる。しかも都心に多くの土地を持っている。思うことがあるのだろう。
「利益を上げづらい施設は、移した方が便利だな」
玲央先輩の言葉に勇三は頷く。
都心の坪単価はどこでも数百万円はする。
博物館や美術館は、東京都下に移した方がいい場合もあるだろう。
「施設の移転かぁ、利用する人にとっては手間ですね。でも完成間近の博物館計画が頓挫したのは痛いんじゃないですか?」
都心から離れたところに広い博物館を建てる。
都市計画としては間違っていなかったはずだ。
「政権が変わったことで、公共事業が極端に悪者にされ、削減、削減と何でも削減した結果、いくつかの事業が完成することなく放置されたわけだが、それまでにかけた税金は回収されずじまい……」
「何かいろいろ考えさせられますね」
いまから向かう博物館は、そんな時代のあだ花の一つなのだ。
青梅駅で電車を降り、そこから北に向かって山を登っていく。
立派な道路があるのだから、目的地までタクシーを使えばいいと思うだろう。違うのだ。
「よし、〈身体強化〉で走るぞ」
「分かりました」
「へーい、やっぱ走るのか……」
俺や勇三はなんとなく分かっていたのでいいが、牟呂さんと東海林さんはやや驚いている。
身体強化された俺たちは、通常では考えられない速度で進むことができる。
タクシーより断然速いのだ。
「んじゃ、お先!」
勇三がロケットのようにかっ飛んでいった。
ほとんど車が走っていない道路をすごいスピードで駆け上がっていく。
「さあ、遅れずについてこい」
玲央先輩も駆け出したので、俺も続く。
少し走ってから振り返ると、牟呂さんと東海林さんも走り出すのが見えた。
「やあ、着いたぜ!」
数キロメートルの登山だったが、やはり勇三が一番乗りだった。というか、全力で走っただろ。
遅れて玲央先輩、次に俺。やはりレベル19に至った俺たちと、最近レベル15にあがった東海林さんたちでは、素の能力に差が出ている。
二人は最後まで追いつくことはなかった。
「近代的な建物だな」
玲央先輩が博物館の感想を述べるが、俺も同意見だ。
「そうですね、もう少しクラシックなものを想像していましたけど……なんでしょう、これ?」
どう表現すればいいのか分からないが、あえて言うならば『宇宙空母』みたいなデザインだ。
奇をてらったのか、著名な建築家が腕を振るったのか、酔っ払って設計したのか。
緊急時に空へ浮かぶ……ことはないと思う。
「あの工場と塔みたいなのは、なんですかね」
東海林さんたちが追いついてきた。
博物館から離れたところに、大きな建物があった。
「塔のように見えるのは煙突だな。あそこは処理施設だったところだ」
「併設されている建物は、かなり大きいですよ」
「そうだな。木くずやプラスチッククズを焼却処分する場所だと思う。それと大きな産廃ゴミを破砕する施設も一緒にあるのだろう。ガワだけ残して、中身はすべて撤去済みだと思うが、あれをどう再利用すべきか……」
「中ががらんどうだと、使い方が限られますよね」
「たしか職員用の巨大風呂があったはずだ。娯楽施設にでもしてみるか?」
おそらくそれは、焼却熱を利用した風呂だろう。
たしかゴミ収集作業員も勤務中に風呂に入るのが許されているらしい。ここに巨大な浴場があってもおかしくない。
「まずは博物館の中に入ろうか」
「そうですね」
外からだと分からないが、現在、建物内の修繕を行っているはずである。
俺たちは博物館に向かって歩き出した。




