094 新しい拠点の話
玲央先輩と勇三、そして俺の三人は、首相官邸を出て帰路についた。
電車に乗っている間、玲央先輩はずっと考え込んだままだ。
「なんか、話がスゲーデカくなってね?」
勇三の言葉に、俺は頷いた。実は俺も、同じことを考えていた。
――二つの大国が欲しがるものに、心当たりはないかね?
逸見首相は、俺たちに向かってそう問いかけた。
心当たりを聞かれれば、あるようでない。あると言えばあるのだが、ないと言ってもいい気がするのだ。
ゆえに俺たちは、相談するでもなく「さあ」と答えをはぐらかした。
逸見首相は、それに対して何も言わなかった。
アメリカや共工が狙ったもの。
おそらくは、『異世界の魔道具』だろう。だが、どんな魔道具なのかは分からないし、そもそも俺たちも詳しくない。
首を横に振る俺たちに、逸見首相は「実物を見たわけじゃないんだけどな」と言いつつ、アメリカが秘匿しているものを教えてくれた。
「重力を無視して、空に浮かぶもの」らしい。もちろんそういう魔道具は持っていないが、異世界にあってもおかしくない気がする。
ちなみに、いまはもう使えないらしい。
魔道具ならば、魔石に蓄えられた魔力が尽きた可能性がある。
決められた大きさの魔石を填めれば、また使えるようになるかもしれない。
米軍がダンジョン探索をがんばるわけだ。
もしそれが魔道具で、現在壊れている場合、この世界で修復するのは不可能だろう。
異世界に持っていって、魔道具職人に修理をお願いする以外に方法はないと思う。
それはいい。問題はそのあとの言葉だ。
首相はこう言った。
「昔、マンハッタン計画と同時に、それの研究も進められていたらしくてな。一定の成果があったのかもしれんのよ」
マンハッタン計画というのは、第二次大戦中に行われた原子爆弾開発計画のことだ。
ドイツや日本でも似たような計画があったというのだから、当時、開発競争が行われていたのだろう。
どうやらアメリカは、原子爆弾開発と平行して、その魔道具の解析も行っていた。
何のために? もちろん、戦争に利用するためだ。
原子爆弾の開発が間に合わなかったときのために、両輪で開発を進めていたのだろう。
研究開発はもちろん極秘。
日本はアメリカの同盟国であるが、逸見首相でさえ、当時の研究内容を知ることはできないという。
今回、俺たちから譲渡されたと『ニセの情報』を流し、アメリカの出方を窺った。
アメリカがどう出るか、その本気度を見たかったようだが、先に動いたのは中国だった。
中国の諜報機関は、首相の周囲か、内閣調査室のどちらかにアンテナを張り巡らせていたのだろう。
中国は「ある物」が何なのか、正確に把握しているのだろうか。
どちらにせよ両国が欲し、俺たちがそれを持っていたと考えているかもしれない。
本来ならばこれ、怒っていい案件である。
中国が出てくるのは予想外だとしても、勝手に名前を使われたのだから、首相に詰め寄ってもいいはずだ。
「まいったな……ああ言われちゃ、強く出られないか」
首相は先手を打ってきた。さすが魑魅魍魎のトップだけのことはある。空気を読むのがうまい。
首相は、「本当に済まなかった」と深く頭を下げたあとで、札束を積み上げる行為に出た。
「キミたちが使える拠点についてだが、現在急ピッチで改修作業を進めているよ」
勇三が見つけてきた物件は、自衛隊と米軍専用の場所として政府が買い上げることが決まった。
かなり良い値で転売できそうだ。
そのままだと多額の税金が発生するが、売却益で首相が提示した新しい拠点となる土地と建物を購入する形になる。
首相が提示したのは、青梅市にあるもと第三セクターが所有していた建物だ。
所有権が二転三転したややいわく付きの物件らしい。
バブル期、ゴルフ場建設を目的とした土地造成を行った業者がいた。
完成するまでの間にバブルが崩壊し、業者は破産。土地は破産管財人が管理することになった。
造成済みとはいえ、広い原野だったため、買い手は現れず、しばらく放置されていた。
それに目を付けた産廃業者が利用することになった。
産業廃棄物というのは、糸くずや木くず、紙くず、ガラスなど国が定めた二十種類の指定ゴミであり、有害なものはそれに含まれていない。
十年ほど業者が使用したあと、市に売却。
市がその場所に博物館を建築する計画を立てた。
だが運悪く、完成を目前に控えたときに政権が変わってしまった。
これで博物館計画は、計画が宙に浮いてしまった。よくある「事業の見直し」である。
この見直しの間に共同出資していた民間企業の業績が悪化。
市が買い取ることで権利のすべてを手に入れたものの、再利用のアテがないまま七年近く放置されたらしい。
今回、国がそれを買い取り、機密費で修繕した上で俺たちに売り渡すことにした。
「とてつもなく広い駐車場があるが、その下には産廃が埋まってるはずだ。影響はないだろうが、その分、安くなると思ってくれ」
山を削って建てられた産廃跡地を博物館にする予定だったようで、建物は巨大。駐車場はもっと巨大。
ただし利便性はすこぶる悪く、長らく放置されていた。
破綻した第三セクターの建物であるため、売値は信じられないほど安い。
使うには修繕は必要だが、売買成立前に政府が機密費で行うという。
そこまでお膳立てされてしまえば、頷かざるを得ない。
「青梅か……たしかにあの辺に、そんなのあった気がするわ」
「へえ、勇三は、知ってたんだ」
「博物館の計画がって……親父が話しているの、聞いたことあったんだわ」
青梅市は、牟呂さんの実家がある武蔵村山市から近い。
国分寺市に住む俺たちの家からはやや離れているが、それでも都心へ出るより近いくらいだ。
つまり立地は最高と言える。
さらに俺たちへの注目度が上がったことを受けて、警察の警備課に話を通したという。
簡単に言うと、家や社屋に常設警備がついた。
テロで狙われるなどで一時的に要人警護がつくことがあるが、あれと同じ形らしい。
複数人体制でこれみよがしに守るので、抑止効果は高いという。
そんな感じで様々便宜を図ってくれるらしいので、勝手に名前を使った件は、先輩が不問とした。
そして当の先輩だが……。
「どうしたんです? さっきからずっと考え込んでいますけど」
「うむ……つい最近、社屋に侵入しようとした者がいただろ?」
「ええ、たしか呪禁法師が使う技に似ているとか何とか……」
「そう。アメリカや中国ではなく日本古来の技が使われていたのだったよな」
「そうですけど……」
「つまり、国内にも敵がいるはずなのだ」
右を向いても、左を向いても敵ばかりだ。
いや、もともと俺たちの知らないところで組織は存在し、情報が飛び交い、ないものを求めていたのだろう。
ごくまれにやってくる落人が遺したものを巡って、相争っていたのかもしれない。
「その呪禁法師を操る者は、一体だれなのだろう……」
アメリカや中国に与する者か、それとも第三の勢力か。
もし諸外国と関係のない組織ならば、何を知っていて、何を狙っているのか。
「たしかに不思議ですよね」
日本政府が隠しているということはないだろう。蓬莱家も違う。
おそらく祓魔一族も違うだろう。あれは斜陽の一族だ。そのような組織力を持っているのならば、使わないはずがない。
だとすると、本当にどこの組織なのだろうか。
いろいろ考えてみたが、玲央先輩が悩む通り、該当しそうな組織、団体に思い当たるものは存在しなかった。




