093 意外なとこからの襲撃
首相官邸に来てくれと言われれば、行くしかない。
「なぜ首相が襲われた?」とか「なんで、俺たちが呼ばれた?」といった疑問は、ひとまず置いておく。
疑問は残るものの、俺たちは永田町に向かって出発した。
「電話で不穏な話が上がってましたけど、どういうことですかね」
「さあて……あそこは伏魔殿とまで言われる場所だ。何がおきても不思議ではなかろうよ」
「嫌ですよ、そんな場所……」
伏魔殿には魑魅魍魎が棲んでいると言われるが、玲央先輩がいうのは、もう一つの意味の方だ。
そこには、悪事や謀をたくらむ人たちが集まるという。
「あいつらはな、今日は日がいいから、だれそれのスキャンダルでもでっち上げるかとか、メシも旨かったし、今日は敵対派閥でも締め上げるか、なんて考えている連中がわんさかいるのだ。楽しみだろう?」
「だから嫌ですって、そんなの……」
そんな海千山千の猛者たちが集まる場所。
そこのトップに立つのが、内閣総理大臣である逸見正人 。
俺たちがこれから会いに行く人物だ。
先輩の話を聞くに「遭いに行く」と言い換えてもいい気がする。
「やあやあ、よく来てくれたね」
その伏魔殿の主が、官邸執務室で待っていた。
俺たちが国会に到着するとすぐにSPらしき人が寄ってきたほどだ。
「えー、本日はお日柄もよろしく?」
「堅苦しい挨拶はなしにしようじゃないか。まあ、こっちに来て座りなさい」
部屋にいたのは、逸見首相と早坂英治 官房長官の二人。
一方、俺たちはというと、先輩と勇三と俺の三人。
二対三なので俺たちが有利かといえば、そんなことはない。
勇三はハナから話に興味がないらしく、室内をキョロキョロと見回している。
一見すると常識人に見える先輩だが、要所要所で毒を吐くので、目上の人との会話には向いていない。
常識人の茂助先輩は「それがしは関係ないゆえ、帰るでござる」と帰宅した。
牟呂さんと東海林さんは、二人でレベル上げに向かった。
つまり、首相の相手をするのは、俺しかいなかったりする。
「襲撃されたとうかがいましたけど……?」
「そうなんだよ。ちょいとアメリカさんの本気度を知りたくてね。内閣調査室に情報を流してもらったんだ。そしたらまあ、驚きの結果が」
首相が両手を広げた。「おったまげた」のポーズだろうか。
「ということは、米軍に襲撃されたんですか?」
「いや、別のが出てきた。あれは、中国の潜入部隊……共工の仕業だな」
「えーっと……中国?」
「まあ、詳しく話すわ。そのつもりで呼んだんだし」
逸見首相は軽い調子で、一連の流れを説明してくれた。
先日、とある筋から米国はあまり信用しない方がいいと、忠告を受けたらしい。
といっても日本と米国は同盟国。距離をおくにも限度がある。
しかも現在、世界各国から日本へ、ダンジョンに関する問い合せや、協力要請、数多くのスパイが入り込んでいる状況。
国内のことは公安が対処しているが、とうてい捌ききれるものでもない。
外交においては言うに及ばず。
米国の力を大いに借りて、なんとか表面上の平静を保っている状態だという。
「そんな状況ならば、米国を信用するなと言われても困りますよね」
「そうなんだよ。ただまあ、アメリカさんにどんな思惑があるのか、知っておいた方がいいだろ? それで罠を張ったというか、向こうの出方を窺うことにしたわけだ」
自然と情報が漏れることを前提として、噂を撒くことにしたらしい。
俺たちから首相に「ある物」が譲渡されたと、内閣調査室に囁いたらしい。
これは機密である、外部には絶対に漏らさないようにと徹底した上で、「ある物」は首相官邸のどこかに保管することまで伝えたという。
「ある物ってなんですか?」
そんな曖昧な言葉で引っかかるものだろうか。
「ある物ってのは……そうだな、無限にエネルギーが取り出せるもの。電気に変換できれば平和利用は可能だし、瞬時に取り出せるなら強力無比な兵器になる。宇宙開発にも使えるし、もしかすると自然災害すら克服できるかもしれない。そんな代物だ」
「はあ……」
なんだそれは、夢のエネルギーを語っているつもりだろうか。
「で、コソッと囁いたのは、いずれどこかの段階で漏れると思ってのことだ。だが、存外早かった。調査室に盗聴器でも仕掛けられているのか、裏切っている奴がいるのか……それはいいんだが、実際に動いたのが中国の潜入部隊というわけ。これには俺もビックリだよ」
共工というのは、他国で生活しながら活動を続ける中国のスパイ組織らしい。
実態は謎。というのも、一回こっきりの使い捨て。
事が露見する前に本国へ脱出してしまうため、捕まえようがないのだという。
たとえば、妻と子供がいるラーメン屋の店主が共工の工作員だったとする。
何年、何十年も温厚な店主を務め、いざ仕事が終われば、妻と子を置いて中国へ脱出する。
もっとも、よくよく調べてみれば、子連れの女性と結婚していたことが分かったりするらしいのだが。
「そんな相手じゃ、仕事をする前の人を見つけ出すのは難しいですよね」
「ああ、語学留学生や、職業研修生、普通にビジネスマンや商人として日本に滞在している場合もあれば、裏組織と繋がっていたり、他人の戸籍を使用している例もあるわけよ」
過去何度か、日本でも共工の活動が見られた。
仕事を終えていなくなった者に共通点はなかったという。それだけ身元隠しは徹底している。
「でよ、たまたま会議を抜け出してここ、官邸執務室に行ったら鉢合わせよ。まいっちまったよ。日中に盗みに入るとは思わないだろ?」
「そう……ですね」
工作員は、警備の隙をぬって入り込み、官邸執務室にいた者を昏倒させて捜索をしていたらしい。
首相が現れた直後に逃走。怪我人は出たものの、死者はゼロだったという。
これは襲撃者が人命に配慮したからではなく、日本の場合、死者が出ると捜査の期間、投入される人員の規模が段違いになるかららしい。
殺人が行われると、二十年、三十年経っても捜査が終わらないこともあるため、仕事中の殺しはできるだけ避けていることがうかがえるという。
「襲撃者は逃げていったんですよね、どうなりました?」
「それっきりだ。いまごろ何らかの手段で国外脱出しているだろうよ。そういう連中だ」
何年も潜伏していたとしても、その国の仕事は一回で終わり。
なんとも非効率だが、そのせいで実態が掴めないのだから、相手の方が一枚上手だろうか。
「大変な組織に狙われたんですね」
「そうなんだよ。……でだ、二つの大国が欲しがるものに、心当たりはないかね?」
そう告げた逸見首相の顔は、まったく笑っていなかった。
なるほどここは伏魔殿。そして目の前にいる人物は、そのトップに立つのだと……遅まきながら気づかされた。




