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ダンジョン商売  作者: もぎ すず
第三章 周囲が騒がしいようです
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088 英国の妖精伝説

 ~ダンジョン探索終了後の牟呂と鬼参~


 その日の探索が終わった。

 ダンジョンから出た五人は、男女に分かれて更衣室に向かった。


「今日はいい感じだったな。……つぅわけで、帰り、どっか寄っていかね?」

 座倉(ざくら)勇三が、夕闇(ゆうやみ)孫一の肩を叩く。


「いいけど、またあのファミレスだろ?」

「おうよ。あそこの制服、いいと思わね? アルバイトの娘も可愛いしさ」


「どうかな。……まあ、付き合うよ」

「よし、じゃあ行こうぜ。すぐ行こう!」


 二人は揃って更衣室を出て行った。

 牟呂(むろ)(かける)は、二人の後ろ姿を見送りつつ着替えをしていると、腕が服に引っかかる。


「……ん? 太ったか?」

 ゆっくりとシャツに腕を通して気がついた。腕が太くなり、シャツがキツイのだ。


 もう何年も体型は変わっていなかった。それゆえ気づくのが遅れたのだ。

「筋肉がついたのか。これは困ったな」


 いま着ているシャツは、もともとゆったりとしたものだった。

 どうやらダンジョン探索を続けているうちに、腕や肩、背中の筋肉が盛り上がってきたらしい。


 思い返してみると、無意識に大きな服を選んでいたようだ。

 この分なら、家にある服の大部分はキツイか着られなくなっているだろう。


 しばらく腕を回したりして着心地を確認したあと、「今度服を買いに行くか」と諦めた。

 牟呂が更衣室を出ると、廊下で鬼参(おにまいり)玲央が窓の外を眺めていた。


「あっ、すみません。鍵を閉めるんですよね。いま帰ります」

 玲央は、牟呂が出てくるのを待っていたようだ。


「時間はありますから、慌てなくていいですよ」

 言われて牟呂は腕時計に目をやる。時刻は午後八時半。


 探索が遅くなるときは、余裕で九時をまわる。今日は早いほうだ。

「それでも、待たせてすみませんでした」


 玲央がいくつかの部屋へ鍵をかけて、最後に建物全体のセキュリティを入れた。

 牟呂はそれを見届けて、一緒に建物を出た。


「今日の当番は私なのだ。待っていなくてもよかったのに」

「上司を置いて帰るわけにはいかないと思いまして……」


 そう答える牟呂に、玲央は笑みを返す。

「それは、社会人あるあるかな?」


 玲央の方が年下である。

 牟呂とは、一緒にダンジョン探索をする仲間であるが、社内では彼の上司となる。


「そうですね。怖い上司のときはとくに」

「なるほど、覚えておこう」


 もちろん、今の会話は双方とも冗談だと分かっている。

 そのくらい軽口をたたけるくらいには、親しくなったとも言える。


「ホテルに勤めていたときは、下っ端は誰よりも早く来て、遅く帰るよう徹底されていました」

「ふむ、古い考え方だが、私は嫌いではないよ」


 礼儀や礼節は、一朝一夕で身につくものではない。

 付け焼き刃ではどこかでボロが出るものだ。


 そういえばと、玲央は思った。

 牟呂はホテルで相当鍛えられたのだろう。社会人経験のない孫一や勇三に比べてしっかりしている。


「今日の探索で……少し思ったのですけど」

「……ん? なにかな?」


「途中、考え込んでいましたよね。英国になにか思うところがありましたか?」

 牟呂に言われて、玲央はよく見ていると思った。


 考え込んでいたのは事実だ。

 なるべく表情や仕草を出さないよう気をつけていたが、バレていたらしい。


「戦闘に集中すべきであったな。すまない」

「いえ、ただ……どこにそんな考え込む要素があったかなと思いまして」


「そういうことか。……ダンジョンの事を知ってからだが、いろいろ調べたことがある。とくに茂助くんの家に居候しているときは、よく意見交換していた」


 ダンジョンにはじまり、異世界、魔物、スキル、ポーションというおとぎ話に出てくるようなものが現実になった。

 玲央はそれを事実として受け止めつつ、古今東西、似たような事象がないか、個人的に調べていたと話した。


千在寺(せんざいじ)くんと意見交換ですか」


「うむ。世界のおとぎ話になにかヒントはないかと思ってな」

「言われてみれば、気になりますね」


「英国と聞いて、『英国の妖精伝説』の話を思い出してしまったというわけさ。もともと英国は魔法と親しい。つい、いろいろと考えてしまった」


「英国小説の中には、いまだ妖精伝説をモチーフにしたり、魔法が出てくる物語が多いですね」

 英国が発行する本の中には、牟呂の言った通り、妖精や魔法が登場するものが多数ある。


 牟呂も、世界的に有名な小説を一つ思い浮かべた。

 シリーズが映画化されて、牟呂も映画館でいくつか鑑賞したことがある。


「日本の落人(おちびと)伝説と同じものが英国にあって、証拠となるもの――たとえば魔石が残されていた場合、どこが保管しているだろうと思ってな」


 異世界からもたらされたとされる魔石は、いくつかの国でも存在が確認されている。

 英国に魔石があった場合、どこで研究や保管をしているのだろうか。


 魔石だけではない。魔道具はあるのか。あったとして、現在でも使用可能なのか。

 そもそも異世界人がいるということは考えられるか?


 加えて、なぜ孫一の祖母は、急に英国へ出かけたのか。その理由は?

 戦闘中にもかかわらず、そんなことを考えていたと玲央は言った。


「たしかに歴史ある英国なら、魔石や魔道具を持っていることは、ありえるかもしれないですね」

「それとこの前、首相から連絡が来たのだよ……まったく困ったものだが」


 玲央は、株式会社ダンジョン・ドリームスの代表取締役である。

 孫一と勇三が「難しいことは分からない」と玲央に投げたため、仕方なくトップに就任した経緯がある。


 そのせいで、面倒な連絡はすべて玲央のところに来る。

 今回は、世間を賑わせた病気と怪我治療のポーションについてである。


 鬼参病院の患者にポーションを使用したので、玲央のところへ連絡が来るのは当然かもしれないが、面倒なことには変わりない。


 そのうち自作ポーションを販売したい玲央としては、首相からの電話を無下にもできない。

 思うことはあったが、都合30分ほど会話した。


 そのとき首相は「まだ公式発表できるほど煮詰まってはいないのだが」と前置きした上で、『総務省』の中に『ダンジョン統括(とうかつ)局』を新設する計画があると伝えてきた。


 とにかく世界はダンジョンに関する些細な情報でも欲しがる。

 各国から日本政府に問い合わせが殺到したのは、当然のことと言えよう。


 それは国家のみならず、会社・団体・組織も同じ。

 どこに問い合わせたらいいか分からないため、人々はとりあえず『お上』のところへもってくるのだ。


 各部署が個別に答えるわけにもいかず、情報共有もなされていない。

 話をどこかの部署に押しつけるにも、妥当なところがない。


 それゆえ、ダンジョンに関するすべてを扱う部署が必要という結論に至った。

 現在、有識者が意見を出し合い、『ダンジョン統括局』新設に向けて、動いているらしい。


「新しい組織の誕生ですか……それはまた」

 それだけ国も本気なのだろう。牟呂は笑おうとして、口の端が引きつった。


 自分が属している会社の影響力は、どれほどなのか。


「今年をダンジョン元年として、新しい時代が到来したと私は考えている。ならば、それに合わせた体制は必要だろう……それで思ったのだ。神秘の国である英国は、もしかするとそういう団体や集団、組織があるのではないかと」


 玲央は、ここから遠く離れた英国の方角へ目を向けた。

 そんな様子を牟呂は見つめ、「ありえる話ですね」と相づちを打った。




 ~英国 バッキンガム宮殿内にある接見室~


 英国王室が所有する由緒ある建物は数多い。

 中でも『バッキンガム宮殿』はその中でもっとも有名な場所だろう。


 現在、英国女王が居住する宮殿としてだけでなく、観光客が多数訪れるメジャースポットとなっている。

 もっとも、いまは一般公開されていない時期であるため、広大な敷地も静まりかえっている。


 宮殿内にある接見(せっけん)室では、英国女王が目の前に座る老女に向かって()()を抜いたところだった。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] エクスカリパー!
[一言] ん?……刃物を抜いた……? 敵対したとミスリードさせつつ、肩をポンポンってやるやつかな?
[一言] 日本も色々と動こうとしてるんですねえ んで、女王様ですが以前言ってたやつですかねー
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