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ダンジョン商売  作者: もぎ すず
第三章 周囲が騒がしいようです
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086 島国からのお願い

 監視カメラの存在でバレたらしい。

  蓮吹流(ハスフィキール)は、最後に残ったせんべいに手を伸ばす。


 行き先のイメージがしっかり固まっていれば、ある程度自由に転移できる。

 彼女にとって、人の目と監視カメラは、もっとも注意することのひとつだった。


「当時は、ストリートビューという便利なものがなかったしねえ」

 パンフレットに載っている場所へしか転移できない。


 できるだけ現地時間の夜中に転移していたが、そうでないことも結構あった。

 彼女は、カラになったお茶請けのカゴを眺める。


 どうやらいつの間にか、本日分のおやつを食べきってしまったようだ。


「それでもここ十年ほどは、確認が取れていなかったと聞いています」

 アーサーが頭を下げたまま答える。


 ストレンジレディと名付けられた未知の存在。

 英国政府も、存在は確認していても、どこのだれかは分からなかったようだ。


  蓮吹流(ハスフィキール)もまさか、自分がそんな名で呼ばれているとは思っていなかった。


 子育ても一段落し、暇を持て余していたあの頃、人の目がある場所に転移したことは二度や三度ではきかない。

 二十年以上前ならば、監視カメラに写っていたこともあっただろう。


「まあ、頭を上げなさいな。……それで、あたしを呼ぶ目的はなんだい?」

「女王陛下はただ、お話をしたいと申してます」


「……?」

 政治的な思惑がなく、ただ話がしたいだけ。でもなぜ? と彼女は首を傾げる。


「そして我が国の魔法組織であります『フェアリーリング』ですが……魔法使い様に教えを請いたいと、それと研究にご協力いただけたらと申しています」


「研究ねえ……あたしは難しいことなんて分かりゃしないよ」

「『フェアリーリンク』は、魔法の基礎研究を行っています。体系化も。米国のように魔法を邪なことには使いません」

「……ふむ」


「我が国は昔から、神秘とともに歩む国であります。神秘を支配するような野望は未来永劫抱かないと誓います」

「ずいぶんと真摯な態度だけど……」


「私どもは、神秘とともにあり続けた国でございますれば、信じていただければ幸いです」

「……まあ、それはいいのだけど、研究? それに協力と言われてもねえ……一体なんの研究をしているのやら」


「さまざまな研究をしていると聞いております。火急なものとして、魔力の質量を測ることかと。その協力依頼かと思います」


 魔力の質量を測る――意外過ぎる言葉が出てきたため、 蓮吹流(ハスフィキール)は疑問を深くする。

「それはどういう……もしかして、さっきの米国のどうこうと関係あるのかい?」


「はっ、それはもう」

「ふむ……分かるように話してくれるかい?」


「はい。簡単に説明しますと、米国は魔力をエネルギーとして取り出す研究をしています」

「そのくらいはするだろうね」


 魔石の中にはエネルギーが詰まっている。

 魔道具はそこから魔力を引き出しているのだから、魔道具以外への利用を考えるのは当然のことだろう。


「最近の研究では……計測機器の向上がはかられまして、エネルギーそのものの重さを量ることができるようになりました」

 アーサーは語る。


 アインシュタインが発見した公式に、質量とエネルギーに関するE=mc2というものがある。

 宇宙の真理とも言われる偉大な公式であるが、これが意味することを理解している者は意外と少ない。


 ――質量はエネルギーと交換できる


 これは何を意味するのか。

 たとえば一円玉(1グラム)は、9(テラ)ジュールと交換できる。


 広島に投下された原子爆弾の総エネルギーがおよそ5.5兆ジュールと言われているのだから、その大きさが分かる。


 最近、計測機器が向上したことで、この質量とエネルギーの関係がまたひとつ明らかになった。

 たとえばバッテリー。


 これまでフル充電されたバッテリーと空のバッテリーの重さは「変わらない」と思われていた。

 厳密には変わらなかった。


 バッテリーを充電する、つまりバッテリー内に電位差を生じさせる(電子を移動させる)行為でバッテリー自体が重くなるはずがないと思われていたのだ。


 充電は電子を移動させる行為。

 部屋の模様替えをしただけで、部屋の質量が変わるはずがない。


 ところが実際に計測してみると、ほんのわずかだけバッテリーが重くなっていた。

 バッテリーは発熱し、さらに重くなった。つまりエネルギーは熱と質量に変換されているのだ。


 化学反応で瞬時に大量のエネルギーを取り出す方法はないが、原子核反応ならば存在する。

 原子爆弾や原子力発電所以外にも、自然界には太陽という自然界でおこる原子核反応が存在している。


 では魔力はどうか。

 その規模はどれほどなのか、瞬時に取り出せるのか、エネルギー効率はどうなのか。そして安定かつ安全に取り出せるのか。


 研究内容は数多く、多岐にわたるだろう。

 そのとっかかりとなるのが……。


「魔法使い様にご協力いただき、魔力の重さを量らせてほしいと聞いています」

 アーサーの話を聞いて、なるほどと彼女は頷いた。


 おそらく、魔石から魔力を取り出す研究も同時にしているのだろう。

 すでに理論が完成しているかもしれないし、取り出しに成功している可能性もある。


 そして化学反応や原子核反応よりも効率的にかつ安全にエネルギーを取り出すことができたならば、世界が変わる。

 もしくは世界を支配できる。


 それゆえアーサーは、くどいほど「神秘とともに」、「邪な考えはない」と無害であると繰り返しているのだ。


「どうしたものかねえ……」

 協力してほしいと言われたところで、魔法は使うもので研究したことはない。


 ここは断るべきではと彼女が考えていると、アーサーはまた頭を下げた。


「この件に関して、私は全権を委任されております。報酬は可能な限り要望に応えます。地位をお望みでしたら男爵(バロン)ならばすぐにでも!」


「いやだよ、表に出るのは」

 準貴族の騎士(ナイト)ではなく、その上の一代貴族である男爵(バロン)を持ってくるあたり、英国は本気なのだろう。


  蓮吹流(ハスフィキール)は、大きくため息をついた。

 好き勝手転移したツケがここにまわってきたのだ。


「しかたないね。とりあえず会ってみようかね。研究の協力はどうしようか……そうだ、これを持っておゆき」

 彼女は書き物机に置いてあったペーパーウエイトをアーサーの前に置く。


「これは……?」

「紙置きに使ってるのだけど、魔力を込められる石だよ。満杯になるまで込めておけば十日くらいかけて抜けていくから、使ってみればどうかね」


「はっ、ありがとうございます」

 アーサーは異世界の『石』をうやうやしく受け取った。


「女王陛下には、近いうちに遊びにいくと伝えておきな」

 そう言いつつ、どこへ転移すればいいのだろうと、彼女は少しだけ悩んだ。


 いくら相手がこちらのことを分かっているからといって、警備厳重な建物の中、それも私室へ転移するのはまずかろうと考えるのであった。



次話は掲示板回になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさか女王陛下が亡くなった原因は⁉
[一言] 徹底的に下手に出てますし爵位まで持ち出してくるとは害意は本当になさそうですが、ちょっとした協力だけで済むかなー?
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