084 島国からの使い
「……というわけで、分かったような分からないような感じでした」
翌日、教授から聞いた話を茂助さんに伝えた。
教授はかなり噛み砕いて話してくれた。
だが、俺にとっては知らないことばかり。
そんな俺が伝聞で伝えるのだから、正確に話せているか、ちょっと自信がなかったりする。
「なるほど、反転空間が多元宇宙理論につながると考えているわけでござるな」
「ん? そうなんですか?」
そんな話は出ていなかったような……。
「まだ論文にまとめられていないでござるが、孫一氏に語った内容が、いままさに教授が証明しようとしているテーマでござろう。『見えない宇宙』は観測できないでござるが、反転空間の証拠となるものが出てくれば、見えない宇宙が存在する可能性が高まるでござる」
「ん~……そんなことも言っていたような? ですね」
「反宇宙が存在するのならば、宇宙開闢のときに生まれたとしか考えられないでござる。それは取りも直さず、二つの宇宙が生まれたと同じ。ならば、三つ四つと生まれていても不思議ではないでござる」
宇宙は泡のようなもの。
ビッグバンで、多数生まれた可能性があるらしい。
いまの多元宇宙論では、そこへのアプローチ手段が皆無だったため、机上の空論の域を出なかったという。
「たしかに宇宙が二つあるならば、三つ以上あってもおかしくないですね」
一つだけならばまだしも、複数の宇宙が生まれているなら、二つに限定する必要はない。
「ちなみに、祖母殿の生まれた世界でござるが、あれは見えない宇宙ではないでござるよ」
「やっぱりそうなんですか? 対消滅しちゃいますものね。……あっ、でも、魔法とかあるじゃないですか。あれってどうしてなんでしょうね」
「実は、あの異世界が多元宇宙にあると考えると、辻褄が合うでござる」
「はい? ……異世界が多元宇宙にある?」
「この宇宙は、高エネルギーの状態から急速に冷えたとき、四つの力が作られたでござる。万有引力や電磁気力、強弱の分子間力などがそれでござるが、それらはこの宇宙が形成されるときにたまたまそのように創造されただけで、他の宇宙では別の力が創造されたと考えるほうが自然でござる」
「茂助先輩は、魔法が存在する世界……宇宙があると思っているんですか」
「この宇宙にある四つの力は体系化されて、とても綺麗にまとまっているでござる。魔法体系もそれに似たものを感じるでござる」
おそらく茂助先輩は、最初から異世界は別宇宙にあると仮説していたのだろう。
それで調べていくうちに教授のテーマにたどり着いたか、もともと知っていたのかもしれない。
茂助先輩……恐ろしい人だ。
~首相官邸~
内閣総理大臣逸見正人と官房長官早坂英治 の前に佇む、一人の紳士がいた。
上等なスーツに身を包み、やたらとダンディな仕草を連発するキザな男だ。
西欧人とくゆうの色素の薄い肌、歳は三十代後半だろう。
痩せているが、全身からカミソリのような鋭さが滲み出ている。
「ホットラインで会ってほしい者がいると言われたからここに通したが、まさか秘密情報部の人間とはな。秘密組織なんじゃないのかい?」
「いえいえ、最近はオープンですよ」
男は笑う。
今朝早く、英国の首相から逸見宛に直通電話がかかってきた。
内容は本日の昼、アーサーと名乗る者が訪問するので、会ってほしいというもの。
逸見は昼休みのわずかな時間ならと了承した。そしてやってきたのがこの男である。
念のため早坂を同席させ、首相官邸の私室で会うことにした。
「それでMI6のあんちゃん、時間は有限なんだ。用件はなんだい?」
早坂が問う。
「もちろん、日本にあるダンジョンのことです」
「ダンジョンについては専門家のところへ行った方がいいぞ。ここはお門違いだ」
「ええ、その予定だったのですが、一筋縄ではいかなそうですので」
男は首を左右に振った。
「あんたらが心底望めば、破れない防壁などないだろう。違うかい?」
「私どもは、彼らと敵対したいわけではありません」
では、目の前の男は、彼らへの仲介を頼みに来たのだろうか。
それならば電話一本で事は足りる。わざわざここまで足を運ぶ必要はない。
「ふ~ん……で、ここへ来た目的は?」
「情報の提供に……それともう一つ、これは忠告でしょうか」
「忠告とはまた、穏やかではない話だな」
「これだけは伝えておけと主が言っていましてね。……米国を信じるのは危険だと」
早坂の眉が上がり、逸見は天井を仰ぎ見た。
いま、ダンジョンに関しては、米国と協調路線を歩んでいる。
諸外国からの牽制を米国と共同で排除しているのだ。
「米国を信じるな、か。それはちと難しい相談かもしれないぞ」
こと政治の世界では、だまし合いは日常茶飯事。
だが国際社会で相手をだます行為は、バレたときにリスクが大きい。
「そのための情報提供です。……これを聞いてみてください」
男は懐から小さなタブレットを取り出した。
タブレットから伸びたイヤホンを逸見と早坂はそれぞれ片耳に当てる。
「……これは」
「大統領と……この声は補佐官の一人だな」
米国のトップともいえる者たちの会話だ。
会話を盗聴したのだろうと二人は予想した。
合成したフェイク音声という可能性もあるが、日本と英国は友好国。相手をだましていいことはひとつもない。
情報を提供することで日本を味方につけよう。そんな意志があるのだろう。
逸見も早坂も、イヤホンから聞こえてくる会話の内容は本物と思うことにして、意識を集中させた。
とりとめもない会話が終わり、ダンジョンについての話題に移った。
逸見と早坂は一言も発せず、最後まで聞き終えた。
「……ふう。なるほどな」
「よくもまあ、記録することができたものだな」
「それではこれにて、お昼の貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」
用件はすべて終わったとばかり、男は優雅に一礼してから去っていった。
日本の妖怪伝説と同じように、英国には妖精伝説がある。
神秘の国としての歴史は、日本以上かもしれない。
そして時々、英国の諜報部は、まるで魔法を使ったかのように情報を集めてくる。
今回、先ほどの男が持ってきたものは、たどり着けるはずもないホワイトハウスの奥深くで交わされた会話が録音されたもの。
一体、どのようにしてそれをなし得たのか。
ホワイトハウスは米国の心臓部である。盗聴対策は万全のはずだ。
「マサやん。こりゃ、荒れそうだねえ」
「そうだな」
先ほどの会話を思い出し、二人は大きく息を吐いた。
どうやら大きな嵐がやってきそうであった。
今後ですけど、「男女比~」と交互に不定期投稿にしたいと思います。
それでは引き続きよろしくお願いします。




