081 空から突然に
ダンジョンを限定的に公開し、探索者を受け入れてから数日が過ぎた。
現在、100人の一般人が、入れ替わりでダンジョンに入っている。
彼らはそのうち、レベルを上げて逸般人となるだろう。
一般人が逸般人……彼らが俺たちのあとを追ってくるのだ。その日が楽しみだったりする。
さて、彼らが入るのは、いまのところ一番難易度の低い『虫系A1ダンジョン』のみ。
異世界では、未成年のレベル上げに使われる。
簡単すぎてあくびが出るかと思ったのだが、『世界ではじめてのダンジョン』ということで、みな大興奮だ。
ダンジョンを探索した彼らの動きは速かった。
まず、体験談を動画やSNSに流す人が出た。
最近は動画ですらすぐにアップロードできるので、もっとも手軽なアピール方法だろう。
次に、持ち帰った魔石を売りに出す人が現れた。
しばらくすれば世間にいくらでも溢れるだろうが、いまは高値で売れている。
そしてテレビやラジオの取材に答えるとSNSを通して発信する人もいた。
もちろんマスコミは飛びついた。そのうち探索者の特集番組でも組まれるかもしれない。
このビッグウェーブに乗り遅れた人たちがいる。抽選に漏れた人たちだ。
なぜか彼らは、会社の前にたむろしはじめた。
会社にインタビューを試みたいマスコミもいる。
少しでも情報が欲しい抽選に漏れた動画配信者が、よい場所を確保しようとやっきになっている。
それらを遠巻きに眺める野次馬。
近所迷惑も甚だしく、そのうち苦情が来ると思われる。ゆえに……。
――後日、メディアを対象とした会見を行います
そう発表せざるをえなくなってしまった。
――ただし、インタビューや会社の前で出待ちをしていた個人・団体は、その限りではありません
そう告知したことで、つかの間の平穏が戻ってきた。うん、みんな現金だ。
会社のポストに投げ込まれた名刺で、郵便物が入らなくなることはもうないだろう。
俺はいま、出勤途中。
府中本町の駅を出て、会社に向かって歩いている。
本日も予定が目白押し。
一般探索者や自衛隊の受け入れ準備をしなければならないし、夏休みが終わるまでにレベルを20まで上げたい。
俺や勇三がいなくても会社が回るよう、マニュアル作りもする必要がある。
時間が足りない。一日五十時間くらい欲しい。どこかに落ちていないかな、時間。
会社まであと少しといったところで、不意に陰った。
「……ん!?」
――ドサッ
見上げたと同時に、人が降ってきた……ように見えた。
近くの植え込みから柔らかい音がしたので、本当に人が降ってきたのだろう。
「……天気予報は、晴れだったよな」
晴れときどき人が降るとは言っていなかった。
「ううっ……」
植え込みの中からくぐもった声が聞こえる。
どこから落ちたのか知らないが、意識はあるようだ。
植え込みを覗き込んだら、見知った顔だった。
「……よいしょっと」
俺はその人物を抱えあげて、会社に向かった。
身体能力が上がっていて、よかったと思う。
空から降ってきたのは、蓬莱家の人だった。
肩を脱臼していたが、俺が会社の事務室で包帯を探しているうちに自分ではめて、治してしまった。器用な人だ。
この人がなぜ空から降ってくる事態となったのか、事情を聞いてみる。
「侵入者と交戦しまして……不覚を取りました」
驚きの言葉が返ってきた。
本日の鍵開け当番は、座倉勇三で、勇三は俺たちよりも一時間早く会社に到着した。
蓬莱家の人たちは二十四時間態勢で会社の周囲を見守っている。
勇三は、出社するや否や、社内のセキュリティを解除。すぐに日課の掃除をはじめた。
これは致し方ないことだが、機密が多すぎて、社内に掃除業者を入れられない。
掃除から何から、自分たちでしなければならないのだ。
侵入者は、俺たちが出社するまでの隙を狙ったらしい。
勇三がセキュリティを解除した後なら、侵入できると考えたようだ。
そして蓬莱家の者たちが、それを発見した。もちろん、普通なら警察に通報する。
だがパトカーが到着するまでの僅かな間があれば、目的を達成して逃げることだって可能。
そう判断した彼らは、ただちに侵入者の排除に向かった。
相手は逃げるのではなく、向かってきたらしい。
「……なるほど、それで戦闘になったわけか。同程度の技倆を持った相手とは、やっかいなことだな」
腕を組んで思考を巡らせているのは、つい先ほど到着してきた鬼参玲央先輩。
株式会社ダンジョンドリームスの代表取締役だ。
「居抜きですか。ちょっと捨て置けないですよね。どうします?」
「茂助に連絡を取っておく。これは早急に対処せねばならん案件だしな」
本日は通常業務に加えて、ここ数日で明らかになった問題点を話し合う予定だったが、それどころではなくなった。
「だったら、俺が茂助先輩の家に行きましょうか? 聞いておきたいこともあるので」
実は今夜にも、家に寄ろうと思っていたところだ。
「そうか? では頼むとしよう。夕方の探索は通常通りやるから、それまでに戻ってこられるか?」
「大丈夫だと思います」
「ならば頼む。こっちのことは心配しなくていい。そっちを優先してくれ」
「分かりました。それでは行ってきますね」
会社に来たばかりだが、俺はまた府中本町の駅へと戻ることになった。
茂助先輩の家に行くと、蓬莱陽依さんがすでに来ていた。
彼女こそが、蓬莱家のトップ。25歳独身、彼氏なしの美人さんだ。
何度か話したことがあるが、気が強く口調も鋭い。
玲央先輩や勇三だと、互いに引かず、口論に発展しそうな雰囲気がある。
「話は聞いているわよ。説明してあげるから、そこに座っていいわ」
勝手知ったる自分の家のごとく振る舞うが、ここは茂助先輩の家であって彼女の家ではない。
「孫一氏も大変だったでござるな」
「俺は平気でしたけど、いきなり空から人が降ってきたので、驚きましたよ」
「複数人と戦闘になったと聞いたでござる」
そう、蓬莱家の人たちは複数で向かったが、相手も複数だった。
複数対複数の戦い。
府中の街角で、早朝から一進一退の攻防が繰り広げられたのである。
「大変でござったな」
「ええ、かなりの手練れだったようですしね」
空から降ってきた人も、かなりの使い手らしい。
侵入者一人を排除したところで、別の者にやられたという。
人知れず、戦いが繰り広げられたというのだから、まるで忍者小説のようだ。
「して、襲った連中の目的は、なんだったでござろうか?」
「実は、夜間に侵入しようとした痕跡が確認されてたの」
「夜の侵入? それは失敗したんですか?」
「ええ、あれは外からは解除できないから」
「ああ、そうですよね。一度防犯システムを作動させてからでないと、解除できませんよね。あれ、地味に面倒くさいんですけど、そういう利点があったんですか」
完全にスタンドアローン型の警報装置であるため、外から解除する方法は皆無。
警報音が鳴り響く中、事務所の中で指紋認証を使ってセキュリティを解除するしかない。
これがまた時間勝負で、解除に失敗すると非常ベルが鳴り響き、俺たちに一斉メールが届く。
すぐさまだれかが警察に連絡するはずなので、解除に失敗はできない。いつもヒヤヒヤだ。
どうやら夜中の侵入は、セキュリティを解除できずに失敗。
ならばと、朝のあわただし時間帯に中の人と会わないようにして、目的を達するつもりだったようだ。
ちなみに蓬莱家の人は、どこでどのようにして見張っているか、俺たちにも内緒らしい。
手口が外に漏れると対策されるからだそうな。さもありなん。
しかし我が社の防犯システムはかなり優秀だな。なんて面倒な……とはもう言うまい。
「たしかに俺たちのだれかが出社してセキュリティを解除すれば、どの部屋も入り放題ですからね」
今回、双方の技倆はほぼ互角だったため、数で圧倒した蓬莱家が敵の排除に成功したらしい。
といっても実際は痛み分け。相手が引いたことで決着となったようだ。
「問題はね、相手の使用した技なの。というのも……」
そこで陽依さんは言いよどむ。
「どうしました?」
言いたくないのだろうか。
「私も古文書でしか知らないのだけど、相手が使った技は……呪禁法師のものと酷似していたみたい」
「へえ……って、呪禁法師ですか。……で、それってなんですか?」
「大江山の麓にあった小さな村……そこで選ばれた人が禁裏の下働きをしていたの。……というのは表向きの話で、水くみや洗濯などをしながら、帝の周辺を守護していたのね。その人たちが呪禁法師と呼ばれていたわけ」
「ふうん?」
よく分からない。
その昔、宮中と呼ばれる天皇の住居を護る人たちは、大勢いたという。
ただ警護するだけでなく、その合間に庭の手入れをしたり、水くみをしたり、台所で働いたりしていたようだ。
雑用をしながら天皇の身辺を護っていたのだろう。
そういった存在の一つが呪禁法師と呼ばれる人たちで、隠れ里のような場所で腕を磨き、欠員が出るたび、最も優秀な者が村から派遣されたという。
「記録では、私たちも北条家に雇われる前は、そのひとつだったみたいだし」
「へえ……えっ!?」
室町時代中期までは機能していたその護衛制度も、戦国時代のゴタゴタで徐々に崩壊していったとか。
「つまり、もと同業者ね。だけどおかしいのよ。呪禁法師はもう随分前に村ごと消滅したのだから」
「村ごと消滅ですか?」
「ええ、宮中の守護職はいくつもあったのだけど、現代まで残っているのは本当に一部のみよ。八瀬童子とかそのくらい。明治維新で減り、太平洋戦争で減り、高度経済成長でも減ったわ。だからおかしいの。呪禁法師が現代まで残っているはずがないもの」
時流に乗り、主を変え、うまく生き延びた蓬莱家ですら、いまの技術は時代遅れとなって消滅の危機にあえいでいる。
陽依さんもまさか、滅びたはずの呪禁法師が現代まで生き残っているとは思っていなかったという。
「ただひとつ言えるのは、とびきり厄介な相手が敵にいるこということよ。呪禁法師を手駒として使える敵が……この日本のどこかにいるのね」
ようやくスタートした会社運営だが、話を聞いて、のっけから暗雲が立ち込めているようだ。
『ダンジョン商売』第三章「周囲が騒がしいようです」をお送りします。
今回より、数日続けて投稿して、また少しお休みを戴いてから数日投稿という形式にさせていただこうと思います。
それではよろしくお願いします。




