080 マスコミの反応
~雑誌『真実』の記者の場合~
「濱田さん、オレも今日からダンジョンの紙面を担当することになりました。よろしくお願いします」
雑誌『真実』の記者である浅木文人は、先輩記者である濱田光良にそう挨拶する。
「よろしく……せっかくきてもらったようだけど、当面は書くことないぞ」
「えっ? どうしてですか?」
「関係者のインタビューが取れないからだよ。学校が夏休みだし、新しい記事ならネットに転がってるからな。それを適当にツギハギして終わりだよ」
「なんでですか? 政治家から言葉を引き出せばいいじゃないですか?」
「やめとけ。いまの政府、動きにブレがないだろ? こういうときは、下手に突っつかないほうがいいんだ。あとで、はしご外されるぞ」
濱田の言葉に、浅木は考えを巡らせる。
「そういえば今回、どの閣僚も、みんな似通った内容……個性が少なかったですね」
「そうだろ? それにどうも嫌な予感がするんだよ」
濱田は内ポケットから電子タバコを取り出した。それを手でもて遊ぶ。
「嫌な予感ですか?」
「虫の知らせってあるだろ? この先は危険ですよって、背後霊のじーさんが必死に警告してくれている感じがするんだ」
「先輩に、背後霊なんて憑いているんですか?」
「そのくらい嫌な予感がするってことだ」
「でもオレ、編集長から直々に言われたんですけど」
「どうせ四ページだろ? 写真と見出しを入れりゃ、実質二ページ分くらいしかないんだ。適当に書いておけばいいんだ。おまえは別のことやっとけ」
「そうですか……分かりました。けど、そんなに手抜いて、他社においてかれても知りませんよ?」
「そうなったら素直に頭を下げるさ……けどな、そうはならない気がするんだよ……そうそう、ネットで情報集めて記事にするってこと、編集長には内緒だぞ」
濱田は電子タバコを咥え、後輩にそう口止めをした。
~『隔日新聞』記者の場合~
隔日新聞記者である日比野祐希は、鬼参玲央が住むマンションの向かい――とある雑居ビルの非常階段に潜んでいた。
(くそっ、なんで俺がこんなことを……)
彼の手には指向性集音マイクが握られている。
首から下げた望遠レンズのカメラが揺れている。
株式会社ダンジョンドリームスは現在、一切の取材を受け付けていない。
テレビ、新聞、雑誌、ラジオなど、あらゆるところから取材申し込みが殺到しているはずだが、直接取材に成功したという話は聞かない。
「取材できませんでした」では記事にならないため、隔日新聞では、まるでスクープ記者のように張り付き取材を試みることになった。
(これもどうせ、スポンサー様の意向だろ。なんでオレが……ったく、やってらんねえぜ)
大手新聞社に入社が決まったとき、日比野は人生の勝ち組だと喜んだ。
だが、いざ入ってみると、中身は日比野の思っていたのと全然違っていた。
昨今の新聞販売数減少を受けてか、他社の新聞印刷を引き受けることで、利益を確保していた。
大手新聞社が、まるで印刷屋のようなことをしていたのである。
しかも広告宣伝費をもらうことで、社の方針、記事の方向性が決まっているように日比野は感じた。
最近はとくにそう感じている。
(社の幹部がそのまま宗教団体の会員って噂もあるしな……しかし、ダンジョンドリームスの社長宅を見張れって……ここで何が起こるんだ?)
日比野の仕事は、鬼参玲央を監視し、何かあったときにその一部始終を撮影すること。
おそらくここで何かがおこる。自作自演の何かが。
今回の件は、隔日新聞と関係ないところで動いているのだろう。
だれかが計画を練り、日比野は登場人物の一人。
(気が進まないが、こっちも食っていかなければならないんでね……恨むなよ)
日比野がマンションの方を注視していると、急に視界が暗転した。
「……で、気がついたら身ぐるみ剥がされてたと?」
ここは警察署内にある取調室。
「そうなんですよ。これ、強盗事件ですよね? 頼みますから犯人を捕まえてください。盗まれたの、全部俺の機材なんですから」
日比野が目を覚ましたとき、張り込み開始から半日が経過していた。
日が傾きかけていたのである。
マンションの非常階段は、普段だれも利用することはなく、気絶した日比野はそのまま放っておかれたらしい。
そして最悪なことに、スマートフォン、財布、身分証はもちろん、私物の撮影機材一式がすべて盗まれていた。
高価な望遠レンズなどが、軒並み消えていたのだ。
被害総額は数百万円にものぼる。
「……で、なんであのマンションにいたの? 許可は取った?」
「オレ、被害者ですよ?」
「それは分かったから、あのマンションで何をしようとしてたの?」
車の鍵まで盗まれたため、コインパーキングに停めていた愛車にも乗ることもできない。
車内には現金もあったが、鍵を開けることができなければ、意味はない。
一文無しの日比野は、そのまま警察に駆け込んだ。
だが、待っていたのは、この取り調べである。
「オレのことはもう、いいでしょう! はやく犯人を捕まえてくださいよ。さもないと、ひどいことになりますよ」
「ほう……ひどいことって?」
「社のスポンサーからきた話なんですよ。ほらっ、警察の中に信者はいるでしょう?」
「ふうん、興味深い話だね。……もっと詳しく聞かせてもらおうか」
どうやら日比野を取り調べている警察官たちはみな、信者ではないようだった。
私物をすべて盗まれた日比野の受難は、どうやらはじまったばかりらしかった。
~番組制作会社『クリエンシー』の場合~
『エルテレビ』のプロデューサーである都岡和道は、番組制作会社『クリエンシー』社員の新條明子を局に呼び出した。
「ねえ、シンディー。ダンジョンのあれ、あるでしょ。今度、ネガティブ番組を1本作りたいから、会議までにいつもので人選しといて」
「お言葉ですけど、都岡さん」
「つおぴーって呼んで」
「つ、つおぴー……さん。いま世間の流れは、ダンジョン肯定派一色ですけど……い、いいのですか?」
「だからいいんじゃなーい。面白いこと思いついたの。そのネタをシンディーに、あ げ る」
キャピキャピと話す都岡だが、その実、50歳を超えた男性である。
新條は痛む頭を押さえながら反論しようとしたが、都岡に制されてしまった。
「会議は来週だから、しっかりね~」
不器用なスキップをしながら都岡は行ってしまった。
「……というわけで、ソイッターなどのSNSから、反ダンジョンの書き込みをしている芸能人、学者、著名人たちを各自100名分、集めなさい」
自社に戻った新條は、若手の部下を集めて、そう告げた。
昨今の番組は、ニュースやおもしろネタなどをネットから拾ってくることが多い。
それだけでなく、出演者すらもネット検索で見つけてくる時代になっていた。
鉄道旅番組を作りたいときは、それっぽい書き込み、電車の写真をアップしている芸能人をピックアップする。
政治、芸術、旅、料理など、芸能人側もそれを見越して写真やつぶやきをしている。
SNSが、番組キャスティングの場となっているのだ。
新條は、彼らを見回した。
みな不満顔だ。
それは新條も同じ。
なぜ、わざわざダンジョンのネガティブ番組を制作しなければならないのか。
もちろん答えも分かっている。
それがプロデューサー……ひいては局の方針だからだ。
「またネガキャンですか? 世間の反感を浴びますよ?」
一番若いADの三沢吉次が声をあげた。
「Pの方針だから仕方ないのよ」
「それは分かってますけど……」
「ねえ、あなたが一番鮮明に記憶している思い出ってなに?」
「僕ですか? ……中学の修学旅行ですかね。仲の良かったダチと同じ班で……って、それがいま、何か関係してます?」
「思い出補正ってあるでしょ。大人になると、毎日が同じ繰り返しで、つまらない事が多いじゃない。子供の頃の成功体験とか、楽しかったことって、いつまでも覚えているでしょ」
彼だけでなく、ここに集まった何人かが頷いた。
少なくともここ数年、成功体験や、楽しい思い出がないのだろう。
「都岡Pの子供の頃は、勧善懲悪をするヒーローが流行ったのよ」
絶対的な善と、絶対的な悪が戦い、善が勝利する。
実写やアニメなどで、多くのヒーローもの番組が誕生した。
「変身モノとか、ロボットモノとかですよね。それは知ってますけど……」
「都岡Pは、現実社会にも善と悪が存在していて、悪と戦いたいと思っているのよ。テレビは昔から、悪と戦ってきているから」
都岡の思考回路は単純だ。
政治家の閣僚、著名な芸能人、トップスポーツ選手、成功した経営者などに噛みつくのはカッコイイ。
巨大な相手、みなが称賛する人、努力の果てに栄光を手にした人に噛みつく自分はカッコイイ。
キングと言われたサッカーのトッププレーヤーに「あいつはダメだ」とダメ出しをするのはカッコイイ。
売れっ子のトップ芸人に「全然おもんない」「笑いが分かってない」と言う自分はカッコイイ。
都岡プロデューサーはそう考え、「視聴者もそれを求めている」と信じて疑わないのだと説明した。
「私たちは、やれと言われたらやるのが仕事……というわけで、番組制作会議は来週だから、それまでにお願いね」
こうして彼らはSNS巡って、ネガティブ発言をしている人のピックアップを始めた。
~『テレビ東都』ディレクターの場合~
『テレビ東都』の番組ディレクターである大川正道は、たったいま届いたメールを読んだ。
「……うそだろ」
ここはテレビ東都の制作部室。
同僚たちは忙しくキーボードを叩いていて、だれも大川に注目していない。
大川は、株式会社ダンジョンドリームスへ何度も番組の企画書を送っていた。
電話をかけようが、メールを出そうが、先方からは、一切の音沙汰がなかったため、会社の住所へ直接資料を郵送したのだ。
どうやら、その返事が届いたらしかった。
「依頼は……OKか! ただし、しばらくは資料提供のみね。でも独自映像があれば、番組は制作できるな」
いまだ他局で、彼らとの接触に成功したという話は聞かない。
突撃して追い払われたと憤慨しているカメラマンがいるとうわさで聞いたことがあるくらいだ。
相手は一般人だ。
芸能人と同じように自宅や会社に突撃しても、取材できるわけではない。
そもそも、「業務に集中したい」と言っている相手に、突撃取材もない。
大川は、番組の企画書を郵送し続けた。
スポットでの番組出演、ダンジョンの広報番組はどうか?
思いついた企画を形にし、出来上がったそばから郵送した。
送った企画が片手の数では足らなくなって、はじめて返事が来たのだ。
通った企画は、過去に自局で放送していた番組のオマージュ。
ゲーム会社から情報を提供してもらって、専用番組を制作するというものだった。
それと同じような番組はどうかと送ったのだ。
まさか、これに反応があるとは思わなかった。
「だがいける……」
番組の中身はまだ、大川の頭の中にあるだけ。
スタッフどころか、スポンサーすらいない状態だ。
だが、株式会社ダンジョンドリームス側から資料提供があるならば、スポンサーはいくらでも集まる。
これだけ世間を賑わせているのだ。視聴率も取れる。
「……いや、海外へ番組を輸出することだって可能かもしれない」
世界ではいま、「なぜ日本にダンジョンができたのだ? やはりサブカルの聖地だからか?」という議論が巻き起こっている。
大川もなぜ日本でダンジョンが産まれたのか分からないが、何らかの意味があるのではと思っている。
「と、とにかく上に連絡しなければ……」
いつスタートがいいだろう。その前に、どこの枠を開けてもらおうか。
(ゴールデンはさすがに無理だが、深夜以外がいい。できれば休日……)
大川はそんなことを考えながら、ノートパソコンを抱えて、制作室を飛び出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本日で2章が終了です。
感想で「主人公たち以外の動き」や「掲示板での反応」が読みたいとありましたので、書いてみました。
いかがだったでしょうか。
希望を感想欄に書いておくと、次章に反映されるかもしれません。
さて、「書き残しがないかな」とプロットを眺めていたら、「主人公の父:祖母の進化形態を見たことでトラウマ。異世界人の意識を捨てて、ただの人として生きる決意をする」とありました。初期は「進化」としていたようですね。ポケ○ンか!
イメージ的には悟空(祖母)、悟飯(父)、パン(孫一)でしょうか。あっちは「変身」ですけど、本作では「覚醒」とさせていただきました。
※お祖母ちゃんは巨大化しません、念のため。
異世界人の血がどこまで受け継がれるか分かりませんが、猿から進化してもいまだに尾てい骨があるのを考えると、やっぱり子々孫々にまで……と思ったりします。
今後ですが、3章が完成したら連載再開したいと思います。
その間に感想などいただけると、いろいろ捗ります。とくにプロット修正や実際の執筆時に読者がどう物語を楽しんでいるのか、どの辺が気に入っているのか、逆に分かりにくかった箇所などが分かると、かなり参考になります。
それでは「男女比がぶっ壊れた世界の人と人生を交換しました」ともども、よろしくお願いします。




