078 自衛隊の探索者
~自衛隊ダンジョン探索班 第四分隊二班~
二班の隊長を務める田沼平司三等陸尉は、先行した部下からの報告を待っていた。
どこまで無線が届くか分からないため、現在、機器とにらめっこしている最中である。
ダンジョン探索を始める前、『ステータス棒』というものを握らされ、自分のステータスを知った。
田沼は均等型だった。
レベルアップするごとにステータスが上昇し、それに伴って身体能力や反射神経などが強化されるという。
レベルアップにはそれなりの時間がかかるというのも聞いた。
レベルアップによる驚くべき能力の向上は、立川駐屯地で目にしたので、疑う余地がない。
各班に課せられた任務の一つに、可能な限りレベルアップをするというのが含まれている。
「田沼隊長、下におりる階段を発見したようです」
「そうか。では向かうとしよう」
ダンジョンは階層式になっていて、際限なく下へ赴くことができるという。
限界はないのではということだ。
無限に階層が続くわけがない。
おそらく到達できないほど深くに最深部があるのだと田沼は考えている。
「しかし平井班は、ダンジョンの最深部調査ですか……大変でしょうね」
田沼と同じことを考えていたのか、隊員の山野がそんなことを言った。
「平井准尉はかつて、オリンピック候補にもなったのだろう? 体力と持久力は群を抜いている。適任じゃないか」
立川駐屯地で事前講義を受けた。
その内容が正しいのか、各班でさまざまな検証をすることになった。
平井班はオリンピック候補や、陸上の国体出場者などで構成されている。
平井班の任務は至って単純。
戦闘は最小限にして、できるだけダンジョンを進むというもの。
最下層を目指せ。もし到達できなくても、できるだけ深い階層まで進めというものだ。
どれだけ深く下りても、出現する魔物の強さは変わらないらしい。
反対に、ずっと同じ階層にいても、魔物は復活しない。
ずっと同じ階層に籠もり、それが正しいのか検証している班もある。
全員がバラバラの階層に赴いている班もあるし、ある程度まで下りたら、もとの階層に戻る班もある。
組織の一部を持って帰れるか、もしくは魔物を捕まえられないか確かめる班もある。
最初の数日は、そうやっていろいろな検証をすることが決まった。
田沼班もまた、同じような任務を受けている。
「よし、そろそろはじめるぞ。用意しろ」
「「「ハッ!! ただいまより、重力測定装置を設置します」」」
隊員たちが慌ただしく動き出す。
隊長である田沼は、周囲を警戒しながら、その様子を眺める。
すでに何十回となく、地上で計器の設置訓練を行った。
いまさら問題はないはずである。
田沼班に与えられた任務。それは真空の筒の中で物体を落下させ、それをレーザーで観測――つまり、ダンジョン内での重力を計測することであった。
田沼は理系出身であることから、今回の任務に選ばれたが、正直それほど物理学に詳しくない。
重力加速度が9.8m/s2であることは知っているし、地球と物質が互いに万有引力で引かれ合っていることも知っている。
だがここは地球ではない……はず。
地上で重力を測る場合、万有引力だけでなく、地球の遠心力も考慮する必要があり、赤道では重力は小さくなるらしい。
反対に北極や南極では遠心力がほとんど働かないため、重力が大きくなる。
ではダンジョンの中は、どうなっているのか。
そもそもここが地球ではない場合、重力は9.8m/s2ではない可能性がある。
「ここで200回測定する。その後、10階層おりた場所でもう200回測定する。我々はこれを10階層ごとに時間の許す限り行う」
「「「ハイッ!」」」
どのような結果が出るか。
田沼は魔物を警戒しつつ、実験結果が出てくるのを待った。
~自衛隊ダンジョン探索班 第四分隊七班~
「次は寺脇一士の番だ。行けるな?」
「はい、行けます」
寺脇は、ヌメッとしたナメクジに似た魔物に刃物を突き入れた。
(うわっ、キモッ)
反射的に手を離そうとする自分を叱咤し、寺脇郁美は、そのまま刃を根本まで押し込み、半回転させる。
「もうひと刺しだ」
「分かりました」
両手で引き抜き、今度は頭頂部めがけて振り下ろす。
頭部を半ばまで切断すると、魔物は黒いもやとなって消えた。
「よくやった、寺脇一士。後ろについていいぞ」
「はあ……はあ……ありがとうございます」
手についた粘液をズボンで拭き、ゆっくりと最後尾に並んだ。
(魔物が消えても、粘液は残ったままなのね)
寺脇は、女性が探索者になった場合のモデルケースとして七班に配属された。
最近はもっぱら現場通訳として活動しており、隊員でありながらも、最低限の運動しかしてきていない。
それよりも書類と通訳の仕事が目白押し。
日々の勉強があまりにも大変で、肉体より精神を酷使する日々だった。
(まさかこんなことになるなんて……)
米軍との折衝のさい、寺脇は通訳として会議に参加した。
軍関係の通訳はとにかく大変で、専門用語だけでなく、軍事的な略語まですべて覚えなければならない。
民間の通訳では到底満足に訳すことができず、寺脇ですら毎日の勉強が欠かせない有様なのだ。
通訳として会議に参加し、ダンジョン関連にどっぷり浸かってしまったからか、女性探索者は、どのような成長を遂げるのかという上官の意向を受けて、こうしてダンジョン探索者になったのだ。
「通訳だし、現場を知った方がいいだろう」という謎言葉を聞いたときは、めまいがしたほどだ。
寺脇は、戦場で銃を撃つ側の人間ではない。資料片手に走り回るタイプの人間だ。
そして極めて現実的な人間である。ファンタジーは、好物でもなんでもない。
(なぜわたしが、最前線に……)
お役所仕事の宿命とはいえ、畑違いも甚だしい。
寺脇は嘆きたくなってきた。
「みんな、休憩はいらないな? このまま進むぞ」
「「「ハイッ!」」」
元気に答える他の隊員たち。
寺脇だけは、「勘弁して」と心の中で思うのだが、それを口に出せる雰囲気ではない。
(十年後、二十年後を見据えて……かぁ)
ダンジョンと魔物、そしてレベルとスキル、ポーション……これらが実在したことで、十年後の世の中がどう変わるか。
現在、とても頭のいい人たちがシミュレーションをしているらしい。
スポーツ界、医療分野、軍部などでパラダイムシフトがおきるのはほぼ確実。
それ以外で、どのように社会変革がおきるのか、真剣に議論されているようだ。
(それと新しい戦争のあり方……ね)
通訳で知り得た情報をみだりに話すことは禁じられているが、どうやら米軍も自衛隊も、新しい戦争のあり方に対応するため、必死のようだ。
たとえば、すでに第二次大戦までの戦術は通用しなくなっている。
第一次大戦でもてはやされた火力が、第二次大戦では機動力や航空戦力に取って代わられた。
冷戦に突入してからは、火力や機動力の代わりに情報力が主流となってきた。
現代戦は、さらにその先へ向かった。
テロや内乱、反乱などへの対処が必要とされるケースが多く、それに合わせて軍のあり方も変わってきた。
市街地へ爆弾を放り込む従来のやり方は通用しないのである。
新しい戦争のあり方に対応できる兵士や武器が求められてきている中で出現した今回のダンジョン。
まさに少数精鋭兵団の誕生である。
バラバラに潜伏している敵勢力に対して、一発数千万円もするミサイルをいくら撃ち込んだところで、効果はお察し。
同じ金をかけるなら、このダンジョンを利用して、兵の強化をした方が何倍も有用である。
そんな思惑が日本とアメリカで一致し、いかに他国を牽制し、自国を強化するか、連日会議が開かれた。
蜜月の日米同盟を利用して、他国をダンジョンから排除しようというのである。
だが、それもそのはず。
高性能爆弾を身体に巻いて、重要施設に特攻するようなたった一人の軍隊や、ドローンを使っての空爆など、どう守っていいか分からないケースが最近増えている。
これで有事となったらどうすればいいのか。
ホワイトハウスの周囲に戦車、装甲車を配備しなくても、高レベルの軍人が一人でもいれば事が足りるのではないか?
もちろん抑止力として、従来の軍事力は必要だが、ことテロや内乱、反乱鎮圧では図体が大きすぎる。
今回珍しく日本が『主』、アメリカが『従』となって合意がなされた。
寺脇は通訳としてその会議に参加し、ガッチリ握手を交わすのをこの目で見ている。
「逃げられ……ないわよね。もちろん」
なまじ専門知識があり、語学が優秀だったために、寺脇は両国の十年、二十年先を見据えた計画に、首もとまでどっぷりと浸かってしまったのであった。
「寺脇一士、遅れているぞ!」
「ハイ!」
重い実験器具を担いで、彼女は駆け出した。




