077 そしてダンジョン商売
エムズナルドで隠岐さんと様々な話をした。
山中にいた魔物だが、あれはダンジョンから出てきたものでないことが確認できて、一安心だ。
彼女たちの一族は、これまで密かに昏きモノを退治してきたらしい。
そのため、俺たちがダンジョンから魔物を生み出しているでは? と疑っていたそうだ。
俺を尾行していたのも、その辺のことが関係していた。
彼女たちからすれば、俺たちのやっていることは、さぞ不気味に思えただろう。
誤解が解けてなによりだ。
ただ、解決していない問題もある。
結局、魔物と昏きモノが同じものなのかは分からなかった。
似ているようで、微妙に違っている。
魔物と昏きモノ……互いに親しい間柄だと分かれば、それでいいのかもしれない。
「というわけで、おばあちゃん。祓魔一族ってのが昔からいたみたいなんだ」
茂助さんのところから帰宅してすぐ、今日あったことを祖母に話した。
「なるほどねえ……その人たちは普段、何して生活しているんだい?」
「アルバイトらしいよ。定職に就くと、魔物が出たとき駆けつけにくいから」
いくら魔物を倒しても生活は成り立たない。そして、誰からも感謝されない。
それどころか、見つかれば警察に追われる始末。
定職に就かず、祓魔の活動を続けている。
金銭は持ち出し一辺倒だろう。
始祖様も、こんな時代になるなんて想像もつかなかったのではなかろうか。
隠岐さんの話を聞いて、なんとかしてあげたくなってくる。
一応、連絡先を交換しておいたので、いつでも連絡が取れる。
「しかし難儀だねえ。その始祖様も酷なことを言ったもんだ。なんとかできないかねえ」
祖母も俺と同じことを考えていた。
「なんとかできたらいいよね」
千年以上もの間、人知れず、魔物から人々を守ってきたのだ。そろそろ報われてもいいと思う。
そんな出会いがあった翌日。
商売の方で、少し問題がおきた。
ダンジョンは6時間で自動的に消滅(?)するため、探索を続けている人は、自動で戻されてしまう。
そして分かっていたことだが、今回抽選に当たった人たちは、その時間を最大限まで使おうとした。
「帰還の魔法陣で渋滞がおきたか」
部屋が人で溢れんばかりになってしまったらしい。
「更衣室も混んだようだ。みな武器を持ったままだしな、振り回したりしなければ危険はないが、それでも対策を取る必要があるな」
「どうすればいいんです? 帰還の魔法陣を増やす場所はないですけど」
「ダンジョン探索をはじめる時間を10分……できれば、15分はずらしたいな」
「15分間隔で4回転ですか。可能ですけど……自衛隊たちがやってくるまでに終わらせたいですね」
しかし、そんな問題があったとは。
やはり、実際にやってみないと分からないものだ。
というか、みんながみんな、強制帰還までダンジョンに居座るって……いや、ありえるのか?
「さっそくいくつかのフリマサイトに魔石が出品されたでござるが、便乗した偽物も多数挙がっていたでござる」
「直接買い取り交渉するってんで、外で待ってたヤツもいたぜ。高そうなスーツ着て、たむろしてやがった。何やってんだか」
「魔石を1個売るだけで、参加費の元は取れただろうね」
「値段もそのうち、自然と落ち着いてくるだろうが、いまはまだ値段設定すらできない状態だからな」
「いっそのこと、俺たちの分も売っちゃいますか? 異世界から魔石を大量に持ってくるのは、おばあちゃんもあまりいい顔しないんですよね」
前に話したら、自分たちで稼げと言われてしまった。
異世界で魔石を買ってこっちで売る。
濡れ手に粟の商売なんだけど、祖母的にはダメらしい。
祖母はこっちの品物を向こうに持っていって稼いでいると聞いているけど、基準が分からない。
「そういうわけで、今日からは魔法陣を使用する時間をずらすことにする。それと、以前取り決めたように、自衛隊と米軍がいなくなったあとは、私たちも探索をするからな」
はやくレベル20になるためには、俺たち自身の探索も欠かせない。
昨日は初日ということで様子を見たが、今日からはいつもどおり、俺たちも探索をはじめる。
夏休みが明けたら、学生組は学校がある。
その間、玲央先輩と牟呂さんは会社に集中という流れになる。
学生だからこそ、勉強をおろそかにしてはいけない。
もっとも、教授の病気を治したり、新しい候補地の改修工事を監督したりと、夏休み中にやることは多いのだが。
その日の夜。リビングでテレビを見ていると、祖母がやってきた。
この時間、祖母は自分の部屋で過ごすことが多いので、珍しい。
「おばあちゃん、どうしたの?」
祖母は真面目そうな顔をしている。
「そろそろお迎えが来るような気がしてのう」
「まだ元気だよね!」
この前、魔獣Dダンジョンに連れて行ってくれたばかりだ。
元気溌剌な姿で、俺たちが敵わない魔物を狩っていた。
「あの人が、あの世から手招きしているのだよ」
「おじいちゃんなら、まだ生きてるよね!」
高級ロールケーキが食べたいと言っていたとかで、俺がコンビニまで買いに行かされた。
「そろそろ思い残すことがないようにしないといけないと思い始めてね」
「うんもう分かったから……それで、何の用?」
母は台所だ。ラジオを聞きながら洗い物をしている。
「そうかい? こんな老い先短い老婆に、孫一は付き合ってくれるのかい」
最近はそれなりに鳴りを潜めたと思ったけど、祖母は結構お茶目な人だ。
こういう場合、何か企んでいることが多い。
「いいけど、早く済ませてよね」
「それじゃ、孫一。いつもの防具に着替えておいで」
「……そっちか」
どうやら今回のお茶目は、ダンジョン関連らしい。
着替えていくと、先日と同じDダンジョンに連れて行かれた。
「そろそろ孫一には、見せておいた方がいいかと思ってね」
祖母は「よく見ているのだよ」と言ったあと、急に雰囲気を変えた。
いや、雰囲気どころか、外見まで変わっている。
「おばあちゃん!?」
祖母の手足は太く、赤黒くなった。
首にいたっては盛り上がりすぎて、肩と一体化している。
「これはね、一部の者だけが到れる覚醒というやつだよ」
「覚醒……?」
ちょっと何言ってるか分からない。
「覚醒はね、いろいろあるんだが、あたしの場合は、こんな感じだねえ」
説明をはじめる祖母の爪は伸びていた。
「おばあちゃん……」
「場須十羅が喜ぶと思って、見せたんだけどねえ……嫌われちゃったねえ」
「えっ!? 父さんに見せたの?」
「昔、テレビで変身もののヒーロー番組が流行った頃あったんだよ。キャッキャ見てたから、平気かと思ったんだけどねえ」
目の前で覚醒してみせたら、腰を抜かすほど驚かれたという。
それは当たり前だ。
祖母の姿は、まるで赤鬼か山姥。
少なくとも、ヒーローやその仲間のような外見はしていない。
「孫一もあたしの血を引いているからねえ。レベルがあがる過程で、この覚醒を身につけることになるんだよ……ちょうどよいところに魔物が来たね。よっこらせっと」
祖母はこれまで見た中で最も速いスピードで近づき、その爪で魔物の喉笛を引き裂いた。
「どういうわけか、あたしは格闘の系統に覚醒してしまってねえ……孫一はどの系統に伸びるのかね。楽しみだねえ」
「おばあちゃん……異世界の人って、みんなこうなるの?」
「優秀な探索者は、だいたい覚醒できるね。覚醒すれば外見が変わるから、すぐ分かるよ」
祖母は肌が赤くなったが、逆に白くなる人もいるし、青くなる人もいる。
牙が生える人、角が出る人だっているらしい。
それではまるで、おとぎ話に登場する異形の生きもののようだ。
「場須十羅と違って、孫一は冷静で助かるねえ」
十分驚いているが、問題はそこではない。
祖母の血を引いている俺も、そのうちこのような異形の姿に変身できるらしい。
「おばあちゃん……そりゃ父さんの性格が歪むわけだよ」
今回のお茶目は、少しばかり俺の手にも余る。
「あんたは、こっちの世界で生きていくしかないんだ。受け入れられないなら、場須十羅と同じく、すべてを忘れて、ただの人として生きてくしかないねえ」
ただし、俺も将来産まれるであろう俺の子も祖母の血……つまり異世界人の遺伝子を受け継ぐ。
そう、子々孫々にまで、この血は受け継がれるのだ。
受け入れるか、それとも……。




