076 監視人(2)
国分寺駅構内にエムズナルドがあったので、隠岐さんと一緒に入った。
「隠岐さんは高校生でいいんですよね」
「ええ、3年よ」
「同級生ですか。だったらタメ口でも?」
「構わないわ」
ピリピリした雰囲気が伝わってくる。
監視がバレたことで、警戒心マックスなのだろう。
「御岳山にいた魔物だけど、ダンジョンから出てきたわけじゃないよね?」
祖母は違うだろうと言っていたが、これだけは確認しておきたかった。
「あれは私たちが追っている『昏きモノ』と呼ばれる存在よ。大昔から悪しきものとして退治しているの」
「ダンジョンに、あれとそっくりの魔物がいるんだけど、なんでか分かる?」
「逆にこっちが聞きたいわ。なぜ昏きモノがダンジョンにいるの? それにレベルアップとかスキルとか……意味が分からないんだけど」
「んー……レベルアップもスキルも異世界人から聞いたとしか……確認するけど、昏きモノは倒すと黒いもやになって消える? 魔石は落とす?」
「ええ、消えるわ。けど魔石と呼ばれるものは落とさない。少なくとも落としたという話は聞いたことはないわ」
「やっぱり似ているようで、違う存在なのかな」
ここで差異がひとつ明らかになった。
祖母から聞いた話だが、異世界のフィールドにいる魔物は、死ぬと黒いもやは出るが、死体も残る。
魔物由来の肉は食料として流通しているし、皮は防具の素材などにも使われる。
「隠岐さんたちの祖先は、大昔から昏きモノを退治していたんだよね? それっていつ頃から始まったか、分かる?」
「記録は残っていないけど、平安時代の頃にはもう、私たちのような存在はいたことが分かっているわ。それより昔に、昏きモノが頻繁に現れたことがあったらしく、それを退治したのが初代様なの。私たちはその子孫」
「へえ……大量に現れた?」
「口伝でしか残っていないから、真実は分からない。ただ……そのときのことを大禍時と言ったそうよ。夕暮れどきを黄昏どきというでしょ? 逢魔が時とも言うわね。その語源は、大禍時だと言われているの」
記録としては残っていないが、そういった言葉が残っていることで、過去に似たような事象があったのではないかと彼女は言った。
なかなか興味深い話だ。
「そんな昔から活動していたわけだ。それで……初代様?」
「ええ、初代様、もしくは始祖様……は特殊な力が使えたの。私たちはその能力を受け継いでいるのよ。もっとも代を重ねすぎて、どれだけ受け継がれているか分からないけど」
「そんな話を聞くと、始祖様は異世界人なのかもと思えるけど……」
大昔のことだし真相は謎だろうが、どうなのだろうか。
「今度は私が質問していいかしら?」
「どうぞ」
「あなたたちは、昏きモノを生み出せるの? あなたたちはダンジョンを使って、何をしようとしているわけ?」
「俺たちは昏きモノ……魔物は生み出せない。魔物はダンジョンの中に湧くんだ。倒すと経験値が手に入ってレベルアップする。レベルアップすれば身体能力が上がったり、寿命が延びたりといいことだらけだから、積極的に魔物を狩っている感じ」
そこまで説明すると、隠岐さんの眉間にシワが寄った。
話を続けて平気だろうか。
「ほかにも、ダンジョンの中には宝箱がある。ダンジョンの中にはポーションのもととなる素材も採れる。そういったものを手に入れるのがダンジョンに入る目的だね。俺たちは十分強くなったので、今度は一般の人にも強くなってもらおうと考えたんだ。それが商売をはじめた動機かな」
ダンジョンの需要は今後何年、何十年とあるだろう。
一生涯の仕事として、やりがいもある。
「みんなで強くなろうというのは、間違ってないと思うんだ」
そんな話をしたら、隠岐さんがプルプルと震えだした。
「……どうしたの?」
「……ない……せない」
「ん? よく聞こえないんだけど」
「……許せないわ。どうしてそんな簡単に『強くなる』なんて言えるの? 私たちは血の滲む鍛錬をやって、それでも足らなくて……足らなくて……無力感に苛まれながら頑張っているのに!」
「えーっと……隠岐さん?」
「始祖様の言葉を守り、誰にも感謝されず、ずっと、ずっと忍んでやってきたのに……どうしてそんなあっけらかんと言えるの!?」
感極まったのか、隠岐さんの目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていった。
「わぁ、ちょっと落ち着いて。これ、これで涙を拭いて」
あいにく、ハンカチは用意していなかったので、エムズナルドの紙ナプキンを手渡す。
こういうところがイケメンじゃないんだろうなと考えていたら、隠岐さんは豪快に鼻をかんだ。
隠岐さんが落ち着くまで、長い時間が必要だった。
気分が落ち着いたのか、彼女はポツリポツリと自身のことを話しはじめた。
彼女は、自分たちを『祓魔一族』と名乗っているらしい。
始祖様の持つ特殊な能力を受け継ぐ家が現代まで五家、残っているという。
始祖様が残した言葉はいくつかあるが、その中のひとつ「このこと、余人に知られることなかれ」という言葉をこれまで大事に守ってきた。
大変な苦労を強いられたという。
ところが、俺たちがポッと出てきて魔物を倒す様子を動画にして配信しているのを見て、とても驚いたそうだ。
最初は同じ祖を持つ一族が裏切ったのかとも。
彼女自身のことも聞いた。
彼女は物心がつくより早く、おそらく3歳かそこらから鍛錬と称した荒行を強制的に行わされてきたらしい。
始祖の血を受け継ぐ隠岐一族の者なら、普通の人間が耐えられない鍛錬でも耐えることができる。
そう言われて、来る日も来る日も、肉体を虐め、精神を虐め抜いてきたという。
「義務教育ってね、出席日数が足らなくても卒業できるのよ」
隠岐さんは、遠い目をした。
彼女は「身体が弱い」という理由で、授業は休みがち。
その実、常人ではとても耐えられないような厳しい鍛錬を受けていたという。
始祖の血は確かに宿っているようで、ただの人には使えない技を習得。
それでようやく人並みの学生生活が送れるようになったという。
「高校生になって漫画を読んだわ。主人公が特訓しているの。ヌルくて笑っちゃった」
身体の中に眠る始祖の血を目覚めさせるため、漫画の数倍は厳しい鍛錬を課してきた身としては、物語の中の主人公たちは甘すぎるようだ。
「それなのに、世間は冷たい……」
ともに鍛錬に耐えた仲間の一人はいま、留置場にいるという。
始祖の言葉を守り、人知れず昏きモノを狩る彼女たちは、現代日本では生きづらい。
武器を所持しているだけで捕まり、私有地に入っただけでも捕まる。
昏きモノが荒らした場所も自分たちのせいにされても、言い訳はできない。
そんなことが何度も続けば、危険人物として警察にマークされる。
理由が話せないこともあって、誤解は解けないままだ。
仲間の多くはこの境遇を受け入れているが、多感な年頃の彼女は、あまりに理不尽と感じてしまう。
「ただ私たち……別の生き方ができないの」
それ以外に、生きる術を知らないという。
だからこそ、ゲーム感覚で語る俺に、強い憤りを感じるらしい。
その独白を聞いて、俺はどう声をかけていいか、分からなかった。
同族か敵かと思っていたら、第三者だったわけだ。
しかも、想像できないほどお気楽な方法で強くなれるお墨付きを持ったぽっと出の第三者。
魔物を手軽に狩って強くなろう……そんな商売をはじめた俺たちの存在。
彼女としても、やりきれないだろう。




