075 監視人(1)
午後になると、自衛隊と米軍の人たちがやってきた。
しばらくはダンジョンに慣れてもらうため、彼らも一般の人と同じA1ダンジョンに入ってもらう。
装備は自前のものを使用すると通達があった。
こちらで用意しなくていいので楽でいい。
自衛隊はプロテクターと透明な盾を持ってきていた。
中々様になっている。俺たちが使っている中古品とは雲泥の差だ。一式貰えないだろうか。
武器は格闘技用の銃剣を使用するらしい。小銃の先にくっつけるアレだ。単独でも使用できるらしい。
もう少し柄の長いものがあった方がいいと思ったが、不都合があれば次回から変えるという。
逆に米軍は、ミリタリーショップで売っていそうな装備品に身を固めていた。
対テロ用のアサルトスーツらしいが、気合いの入ったサバゲー装備っぽくみえる。
彼らは到着早々、黙々と準備し、静かに順番を待っている。
米軍はどんなときでも軽口を叩くイメージがあるが、いまは作戦行動中ということで、みんな真剣だ。
彼らはおそらくすぐに難易度の高いダンジョンへ挑戦したいと言ってくるだろう。特に米軍は、効率を求める気がする。
自衛隊と米軍ともに重火器は持ち込んでいない。
早ければ来週くらいから、効率的なレベル上げをしたいと言ってきそうな気がしている。
少なくとも、俺たちの動画で、難易度と出てくる魔物については理解しているだろうし。
その頃には、俺たちもレベル20になっているといいな。
そうすればもう少し、融通もきかせられる。
「それでは、よい探索を」
その言葉とともに、自衛隊と米軍がダンジョンへ消えていった。
最後の一組がいなくなったのを見届けて、本日の業務は終了だ。
彼らが帰還するまでまだあと何時間もある。
「それじゃ、俺は茂助先輩のところへ行ってきます」
「ああ、頼んだぞ」
「物理学者の件だっけ?」
「そうだよ。そのことで話がしたいって、茂助先輩に呼ばれているんだ。勇三も来る?」
「難しい話だろ? オレはパス」
「言うと思った」
そう思ったからこそ、茂助先輩も俺だけ声をかけたのだろう。
来週、鬼参総合病院で物理学者の日置内源一郎という人を治療する。
この人の研究内容について、茂助先輩はいくつか質問したいことがあるらしい。
どうせなら、治療したときに聞けばいいと思ったが、そうすると茂助先輩も病院に行くことになる。
注目度の高い人物であるし「拙者は人前に出るのは苦手でござる」と言われてしまった。
玲央先輩と話し合った結果、俺が代表して聞くことになった。
今日はそのための準備だ。
「がんばって聞いてこいよ」
「俺だって理解できるか分からないけどね」
茂助先輩は、真面目にダンジョンについて考察しているらしく、いくつかの仮説を立てているという。
なぜそれを俺が代表して聞くのだろうか。まあいいけど。
事務所を出て、駅へ向かう。
茂助先輩の家へ行くには、府中本町駅から西国分寺駅へ向かい、そこで中央線に乗り換える。
乗り換えで待たされることはあるが、わざわざ立川駅まで行く必要がないので、意外と交通の便がいいのである。
プラットホームで電車を待っていると、一人の中年男性が俺の前を横切った。
瞬間、胸ポケットに紙片がねじ込まれた。
レベルアップした動体視力でも、一瞬のことで対処できなかった。
「すごい早業だな……」
俺の胸ポケットに紙片を入れたのは、蓬莱家の人。
俺の周囲に張り付いてもらっているのだけど、たまにこうして接触してくる。
そっと紙片を開いた。
「ふむ……なるほどね」
紙片をポケットに戻し、静かに身体強化をかける。
近くを歩く高校生の集団が馬鹿笑いをはじめた瞬間、俺は跳んだ。
3メートルほどバックし、そこから右手側へ15メートル移動する。
「ひっ!?」
自動販売機の陰に隠れていた女性が驚いた声をあげた。
そう、俺は一瞬で彼女の前に立ったのだ。
「ずっと付けていたようですけど、俺に何の用ですか?」
「えっ? いえ、何のことかしら……」
女性がすっとぼける。
多少、目が泳いでいるが、急に声をかけられてどうしていいか戸惑っているようにもみえる。
「俺が事務所を出てから、ずっとあとを付けていましたよね」
「はぁ? 偶然ではないですか?」
「ここ数日も遠くから見ていましたよね」
「見間違いだと……思います」
「証拠の写真もあるんですけど……これ、あなたですよね?」
俺のスマートフォンに入っている写真を彼女に見せた。
「…………」
どう言い訳しようか悩んでいるのだろう。
なにしろ、俺を注視している彼女の姿が、写真にバッチリ写っているのだ。
「写真はこれだけじゃないですけどね。それに、ただ俺のあとを付けているだけなら放っておいたんですが……」
「な、なによ……」
「えっとですね、こうやって尾行している人の写真はすべて確認しているんですけど……あなただけ初対面ではなかったんです。それで声をかけさせてもらいました」
「えっ? そんなことないわ」
「そんなことあるんです。前に会ったときは、セーラー服を着ていましたね」
「…………」
彼女は難しい顔をしている。嘘か本当か判断がつかないのだろう。
「あのときあなたは、右手に日本刀を持っていました。あと……熊みたいな大男と一緒にいましたね。今年の正月頃のことです。場所は……御岳山の中腹で……結界とかなんとか発言して……」
「あのときの結界っ! 破ったのはあなただったのね!」
そこまで叫んで、女性はハッとしたように口を噤んだ。
「何かを抜けた感覚はあったんですけど、正体が分からなかったので……それで随分と特殊な技が使えるようですね。魔物を追っていたのも気になるし、今回、俺を尾行していたのも……」
彼女は、顔はそのままで目だけ左右に動かしている。
逃げ道がないか探しているようにみえる。
蓬莱家の人から渡された写真の中に、以前御岳山で見かけた女性の姿を発見して、今度いたら教えてもらえるように頼んでおいたのだ。
何度か俺を尾行しているので、その日はすぐに来ると思っていた。
そして予想通り、今日も遠くから俺のことを見ていたというわけだ。
「色々聞きたいこととかありますので、どこかで話しませんか? もちろん、そちらが聞きたいことがあれば、俺が答えます」
彼女は魔物を倒しにあの場所にいた。いわば同業者だ。
ダンジョン商売をはじめるにあたって、同業者らしき彼女の正体を知っておきたかった。
「本当に教えてくれるの? いろいろ?」
「ええ、いいですよ。俺も聞きたいことがありますので、情報交換といきましょう」
俺が笑いかけると、彼女は「はぁ」とため息をついたあと、「隠岐霧子よ」と名乗った。
どうせ逃げられないと悟ったのかもしれない。
「知っていると思いますけど、夕闇孫一です」
こうして俺は、彼女……隠岐霧子さんと知り合いになれた。




