073 レベル19と高難易度ダンジョン見学
身体に電流のようなものが流れ、レベルがあがったのが分かった。
これでレベル19。念願のレベル20まであとひとつに迫った。
牟呂さんと東海林さんは、いまレベル8。
速いペースでレベルがあがっているが、やはり俺たちとはまだまだ差がある。
「おめでとうございます、先輩」
東海林さんが笑顔で祝福してくれる。
「ありがとう、最近停滞気味だったから、嬉しいよ」
「わたしたちに合わせたから、足踏みさせてしまいましたね」
「いや、東海林さんたちのせいじゃないよ。みんなで強くなっていくものだし、気にしなくていいから」
最近では、東海林さんもダンジョン探索で普通に戦っている。
スポーツ少女ということもあって、飲み込みが早い。
一方、牟呂さんは力強い。
成人男性特有の力強さというのだろうか、どっしりとした安定感がある。
二人は俺たちと一緒にBダンジョンへ入っている。
初撃を俺たちが受け持ち、横から戦闘に参加してもらっている感じだ。
無理をすれば5人でCダンジョンへ行けるのだが、すぐに商売が始まる。
レベルが20になったら、Cダンジョンへの挑戦も考えていいかもしれない。
もっとも、それなりに安全マージンが取れていないと、牟呂さんや東海林さんが怪我をしてしまいそうなので、そこは考えどころだ。
「それじゃ、そろそろ最強の魔物でもみせてあげようかね」
祖母にレベル19に上がったことを伝えたら、そんなことを言われた。
「えと、おばあちゃん?」
「☆4の……アンタたちの基準でいえば、Dダンジョンかね? そこへ行ってみようかね」
「うえっ!?」
「マジかよ」
Dダンジョンは易しい方から数えて4番目。〈ダンジョン生成 ☆4〉スキルでは、最難関のダンジョンとなる。
はっきり言って、いまの俺たちでは手に余る。
「御祖母様、私たちのレベルではまだ早いと思うのですが」
「アタシが連れてってやるよ。これでもたまには入っているからね」
それは知っている。
ただ祖母の場合、もとのレベルが高すぎて、Dダンジョンにどれだけ入っても、なかなかレベルが上がらない。
「そういうことでしたら、勉強させてください」
「先輩?」
「いい経験になるだろ?」
「それはそうですが……」
玲央先輩は行く気だ。
まあ、祖母に連れられてなら、危険も少ないだろうけど。
というわけで、俺たちはレベル19にあがった早々、最難関ダンジョンを見学することになった。
「アタシから離れちゃなんないよ」
「攻撃を食らったら、おばあちゃんでも結構危険……だよね、その格好を見れば分かるけど」
祖母は大盾を肩に担ぎ、重そうなハンマーを振り回して感触を確かめている。
「遠距離攻撃をしてくるのがいるからね。あまり離れると狙われるね」
ここは『魔獣Dダンジョン』。
牟呂さんと東海林さんはお留守番だ。
「おっ、早速出てきたね」
ズンッと足元から振動が伝わってきた。
ズンッは足音。ズズッ……となにかを引きずる音も聞こえる。
「お、おばあちゃん……あれは?」
「多眼獣の一種だねえ。多頭獣よりやりやすいかね」
目玉が大小で十近く、顔のあたりに集まっている。
顔といえるのか? 粘土を引っ張って造形を崩したような顔に目玉がついている感じだ。
ホラーゲームに登場するようなバケモノと言えば、一番分かりやすいだろうか。
見ていて非常に気持ち悪い。
背中にモーニングスターのようなトゲ付きの突起があり、それがユラユラと揺れている。
巨体を四つの足で支えているせいか、動きは遅い。
先ほどから引きずる音がしているが、それはしゃもじのような尻尾を左右に振っているから。
歩くたびに尻尾が右、左へと振れている。
「なんだあの不気味な生きものは……」
玲央先輩が絶句している。正直、俺も同じ気持ちだ。
Dダンジョンには、あんなバケモノじみたものが出没するのか。
「あれが普通に倒せるようになるのは……どのくらい先だろうねえ」
「今年中には無理じゃないかな」
というか、できるなら、ずっと会いたくない相手だ。
「どれ、手本を見せてやろうかね。よいしょっと」
祖母は、ほとんど力を入れずに跳躍した。
Dダンジョンは、普段俺たちが入っているBダンジョンに比べて、天井が高く、横幅も広い。
巨大な魔物が自由に徘徊できるようになっているのだろう。
俺たちは十分余裕を持って左右に展開できるが、祖母に言われた通り、一箇所に固まっている。
「――ほいっ!」
多眼獣の前に着地した祖母は、巨大ハンマーを振るい、目を一つ潰した。
「スキルを使っている様子はないな。レベルアップした素のステータスで戦っているのか」
「なんてシュールな光景なんだ……」
怪獣と戦うのは正義の味方と相場が決まっているが、いま戦っているのは、ただの老人。
場違い感が甚だしい。
祖母の攻撃で目玉が一つ、また一つと潰されていく。
「こうやって無力化してから倒すと、反撃をあまり受けないで済むからね」
多眼獣は背中の突起と大きな尻尾で攻撃し、弱った獲物から大きな口で丸呑みにしようとするらしい。
先に目を潰して、攻撃の的を絞らせない戦い方が有効なのだとか。
「それじゃ、先に進もうかね」
もやとなって消えた魔物をよそに、祖母は普段の足取りで歩きだした。
祖母に連れられダンジョンを進むこと1時間。
体感的にはその数倍。非常に密度の濃い探索だった。
「アタシが生まれた世界はね、町の外へ出ると、こんな魔物が普通にいるんだよ」
鬣が針のように鋭い魔物をハンマーですくい上げながら、祖母はそんな話をはじめた。
「弱い魔物も多いが、この程度の魔物なら、町の近くに出ることも多くてね。運が悪いと、人の命なんか、すぐに散るのさ」
それは知っている。
こうしてダンジョンの中に出てくる魔物は、レベル別……というか、難易度別になっているが、フィールドではそれがない。
子供でも倒せる魔物のすぐ近くに、俺たちのレベルですら逃げ出すような魔物がいたりするらしい。
もっとも、ダンジョンと違い、死んでもやが抜けたあと、魔物の死体は残るらしい。
魔物由来の素材は、それで採れるようだ。
「生き延びるには、強くなるしかないのだけど、町の外でばかり戦っていたら、いつ死ぬか分からないだろう? ダンジョンは強くなるためには必須のものなのさ」
仰向けになり、腹を見せた魔物に二度、ハンマーを振り下ろした。
魔物はもやとなって消えた。
「だけどね、みんながみんな、ダンジョンに入れるわけでもないんだよ。国だって、〈ダンジョン生成〉スキル持ちを多数抱えているけど、素養のある者にしか使わせないからね」
「御祖母様、そのお話。前に聞いたと思いますが、みなで強くなろうとは、なさらないのですか? その……多くの人にダンジョンを開放するとか」
「アンタの家は医者だろ? 無料で多くの人を癒やすかい?」
「いえ……」
「この前食べた霜降り牛肉は美味かったねえ。それをみんなが食べられることは……ないだろうねえ」
勇三が、実家からもってきたブランド牛の肉を家族で食べたときの話か。
あれは旨かった。口の中で肉が溶けるほどの絶品だった。
あれをだれでも……いつでも食べられるとは思えない。
そんなことできるのは、金持ちだけだ。
「あっちの世界は、こっちよりも過酷だよ。基本的人権なんてのもないし、最低限度の生活すら保証されていない。強くなるのにダンジョンが必要なら、自分で金を用意しなきゃいけないのさ」
浅い知識しか持っていない俺でも、そのへんの事情は分かる。
レベルが上がれば生存率もあがるとはいえ、博愛精神でだれかが強くしてくれるわけではない。
「国が強くしてくれることもあるけどね。それは兵士として敵と戦えと同義だからね。魔物がいても、人は戦争ばかりやっているのさ」
「…………」
弱者を守るのではなく、他国の兵と戦うために強くなる。
祖母としてはやりきれないのだろう。
〈ダンジョン生成〉スキルを兵士強化に使っている国に、あまりいい印象を抱いていないのかもしれない。
「だからね、アタシはこう思うんだ。アンタたちは恵まれている。強くなる機会があって、実際強くなっている。アタシと比べるとまだまだだけどね」
「御祖母様にはいつも感謝しております」
「そんなアタシからのお願いだよ。ダンジョンで商売するのは自由だ。だけどね、どうせするなら、あまり人を選ばないでやってほしいのさ。希望した人にはできるだけ、叶えてやってほしいわけだ」
より多くの人にダンジョンを体験させてほしい。
祖母はそう言った。
たしかに俺たちの世界には、こんな魔物はいない。
祖母の生まれた世界では、戦いたくてもできない人が大勢いる。
この世界では、戦う必要はないのだ。つまり、ダンジョンは必要ない。
だけど……。
「うん、分かった。おばあちゃん」
祖母の知り合いも、その多くが志半ばで死んでいったのだろう。
こっちの世界では、できるだけ選り好みはしないでおこう。
俺はそんなことを思った。




