072 講習会
「……というわけで、ダンジョンから帰還する場合、その台座に触れればいいわけです」
俺はいま、なぜか自衛隊の立川駐屯地で講義をしている。
神妙な顔で俺の話を聞いているのは……自衛隊のお偉いさんたち?
自己紹介を受けたけど、全然覚えていない。
幕僚本部のだれそれ……と名乗られたことが多かった気がするが、覚えているのはその程度だ。
自己紹介を二十人くらい連続で受けた。
いずれも、銃を持って走り回るような人たちではなく、後ろで作戦を考える人たちだ。
それでいま、俺の講義を聞いているのは、その三倍にあたる……60人くらいの自衛官たち。
「どうしてこうなった」と言いたい心境だ。
「帰還時にタイムラグはあるんですか? ……たとえば、数秒間どこかの空間にいるとか」
三十代の男性が質問してきた。
「いえ、ありません。一瞬で魔法陣の上に戻ります。台座に触れれば、そのままの順番で戻って来られます」
「ダンジョンは最大で5人までと聞きましたが、それ以上は不可能なのですか?」
「俺たちで試したわけではありませんけど、一つのダンジョンに入れる数の上限は5人と聞いています。過去、中で、他の探索者と出会った例もないようです」
「同じダンジョンが複数あると考えていいのでしょうか」
学者風の女性がそんな質問をしてきた。これについては、俺も知りたいところだ。
「そうなりますね。擬似的に毎回ダンジョンが造られて、そこへの入口がひとつだけ繋がるんじゃないかと俺は思っています。……いずれにしろ、検証は不可能だと思います」
……とまあ講義のあとに、質問があれば答えていく。
講義を受けている人たちの前には分厚い資料があり、「それは一体なんですか?」と聞き返したい気分だ。
はじまる前にチラっとみたところ、ウェブサイトの情報をまとめたものっぽかったので、これまでに投稿した動画や、サイトから分かったことなども書かれているのだろう。
すでにダンジョン専門の研究班ができているのかもしれない。
「それでは、休憩を挟んだあとで、レベルアップとスキル……魔法についても講義したいと思います」
声が枯れそうだ。
別室にて休憩中。このあとも講義は続く予定だ。
テーブルには、コーヒーと小菓子。
新宿の名店『赤彩庵』の一口菓子だ。
行列研究部のとき、並んだのでよく覚えている。
「玲央先輩……恨みますよ」
ある日、自衛隊から人がやってきて、一度詳しい話を聞かせてほしいと依頼してきた。
ダンジョン探索をはじめる前に、しっかりとした知識を身に着けておきたいのだそうな。
言いたいことは分かるので、俺も「普通、そうだよな」なんて軽く考えていたら、玲央先輩が「ならば、彼を派遣しよう」と俺に話が回ってきた。
ある意味、人身御供である。
「えええっ!? 俺ですか!?」と驚いてみたが、「先方は、1回だけでいいと
言っているし、気軽に行ってくるといい」と送り出されてしまった。
創作物語では、俺が異世界人を発見したことになっているので、一番詳しいと思われているのだろう。
「……ああ、そろそろ時間か」
次の講義では、レベルアップによる身体強化。それからスキルを得たときにどうなるのかなどを話す予定だ。
「実際、体験してみれば一発で分かるんだけどなぁ……」
俺は席を立った。
「たしかに、実際に体験してみればとは言ったけどさ……」
講義が終わったあと、「実際に体験させてください」と言われ、なぜか自衛隊員の方々と模擬戦をすることになった。
なぜだ?
道場へ案内され、ここでも自己紹介が開始される。
選ばれた隊員はいずれも国体出場経験があったり、オリンピックを目指したことがあったりと、格闘技に関して一角の人物ばかり。
人類の中でもトップレベルに強い人たちだ。
「本当にいいのですか?」
剣道有段者は木刀を構えている。俺は素手だ。
「問題ありません。殺す気できてください」
「は、はあ……」
動画で俺の動きを知っているはずだが、いざ目の前に無防備な姿で立っていると、本当に攻撃していいか悩むようだ。
「俺が怪我することはありませんので、大丈夫です」
木刀くらいなら、すでに実験済みだ。
レベル10を越えたあたりで木刀が小枝に感じられた。
レベル18の今では、有段者が全力できても、アザができることすらないだろう。
「――キエッ!」
覚悟を決めたのか、一撃で頭を割りに来た。素早い動きだ。
すでに身体強化はかけてあるため、俺の方が速い。
拳で木刀を跳ね上げると、相手は驚いた顔をした。すかさず胴を薙ぎにきたが、そのときにはもう相手の後ろに回り込んでいる。
ポンッと肩を叩いてやると「……まいりました」と首を左右に振った。
どうやら俺の姿を目で追いきれなかったらしい。
「次、いきましょうか」
ボクシング、柔道、空手経験者を軽くいなし、複数人を相手にした戦いでも危なげなく勝利した。
やりすぎないように、どれだけ力を抜けばいいか、悩んだほどだ。
「……とまあ、レベルアップの恩恵はこんな感じです。1年前の俺だったら、みなさん相手に手も足も出ませんでしたので、これもみな、ダンジョンのおかげと言えますね」
……と、ここで終わればいいのだが、次は魔法を見せてほしいときた。
うん、まあ、分かってた。
外にはすでに的が用意されていたので、最初からそのつもりだったのだろう。
適度に撃って見せていると、「命中率を知りたい」と聞くので「動いていなければ普通に当たりますよ」と答えておいた。
自衛官の人たちは「手軽過ぎる!」と驚いていた。
俺も同意だ。手軽すぎる。
そんなこんなで講習会と見世物(?)が終了し、お土産に『自衛隊まんじゅう』をいっぱいもらって帰ることになった。
おそらく俺の知らないところで、玲央先輩が講演料をもらっていることだろう。
なんにせよ、疲れる1日だった。
「行ってきましたよ」
「おかえり、どうだった?」
事務所に戻ると、玲央先輩が待ってくれていた。
「そうですね。米軍関係者はなし。協調路線というわけではないようです」
「ふむ。やはりそうか。それで、警察もいなかった?」
「いないと思います。少なくとも、それっぽい人たちはいませんでした」
「やはりか……総理が頼んできたのは自衛隊をダンジョンに入れることだけ。日本の治安を守るなら、警察を入れるのが普通だが……三権分立とは別の意味で、政府と警察組織の仲はいいわけではなさそうだな」
「それが何か関係するんですか?」
以前、逸見総理が単独でここに来たとき、玲央先輩は政治家と警察の仲はそれほどよくないかもしれないと予想を立てていた。
仲が良かろうが悪かろうが、俺たちには関係ない……のだが、政争もどきに巻き込まれるのは御免被りたい。
玲央先輩から警察組織に繋がりがあるか見てきてほしいと言われたのだ。
結果、警察組織とのつながりはなし。
そう報告したところ、玲央先輩は「なるほど、なるほど」と頷いている。
何か思うところがあるのだろう。
「知らなくてもいい情報もあるが、今回は知っておいた方がいい情報だな。政府、自衛隊、警察……温度差があるのは警察のようだ。いきなり逮捕なんてことはないと思うが、味方かどうかは、いまのところ分からない」
一応、そのことを覚えておいた方がいいと言われた。
つまり、政府と自衛隊はこっち寄りだが、警察は不明。敵対してくる可能性もわずかながら存在している。
「警察ですか……」
そういえば警察について、知っているようで知らないなと思った。
確定申告が終わってから、やたら忙しいです。年度末だからでしょうか。
未消化のToDoリストが溜まって、睡眠時間を削っているところです。
そのあとさらに睡眠時間を削ってグランツーリスモ7やらねばならず、ここ数日レースやってる白昼夢見てます。




