071 選考結果
本日、探索者の選定が終了した……といっても、何のことはない。
申し込みがあった順番に番号が割り振られるので、ランダムに番号を抜き出しただけだ。
「当選者の重複はないみたいですし、これで決定ですね」
「ああ、予備も含めて、当分はこれでいいだろう」
会社にはいま、俺と玲央先輩しかいない。
茂助先輩に選考をやってもらおうとしたら、「それは拙者の領分ではないでござる」と断られてしまった。
「それじゃ、当選者のリストを茂助先輩に送っておきます」
「ああ、そうしてくれ。……一般人は、1日20組だったよな」
「そうです。1度に5組ずつダンジョンに入れますので、魔法陣は4回転です」
玲央先輩は「混乱がなければいいが……いやあった方が後のためにいいのか?」と悩んでいる。
一般人は、午前11時からダンジョンに入ってもらう。
受付は午前9時からにしてあるので、俺たちはそれより前に集合することになる。
「勇三のところから社員が応援に来てくれるそうですし、リハーサルも済んでいるので、いまのところ大きな混乱はないと考えていますけど……まだ心配ですか?」
「物事はいつだって想定外のことがおこるものだ。夏休みということで、関係ない人たちが大勢集まるとかな」
「あー……どうなんでしょうね」
午後は自衛隊と米軍がダンジョンに入ることになっている。それぞれ50人ずつだ。
13時開始と伝えてあるが、こちらも受付は2時間前から可能になっている。
もっとも彼らは、俺たちが受付するまでもなく、キッチリ人数を揃えてくるそうだ。
一般の探索者……つまり今回当選した人には、ダンジョンカードと同意書を郵送する。
当日、その二つを持参しない限り、ダンジョンには入れないので、しっかり管理してほしいものだ。
「ネットでは、もっと枠を増やせと言ってるみたいですね」
「そうなのか? たしかに1日100人は少ないが、こちらも初めてだし、そこは我慢してもらうしかあるまい」
今回の選考結果が送付されたら、またインターネット上では、阿鼻叫喚の声がそこかしこであがることだろう。
「俺たちのレベル上げも、頑張らないとですね」
「もうすぐレベル19……長かったな」
「牟呂さんや東海林さんが加わって、俺たちのレベル上げペースも緩やかになりましたしね」
「そうだな……商売にも時間を取られたしな。集中してレベル上げしたかったのだが」
「これからは商売の方も頑張らないといけないですしね」
いろいろあって、レベル20には届かなかった。残念だ。
数日のうちには、郵送したものが各家庭に届く。
そっちの反応は、いまから楽しみだ。
――『マッスル友の会』静岡支部
「やった! 選考に通ったぞ!」
筋肉ムキムキの男が、両手を天に突き出した。
「やりましたね、アニキ!」
「ああ、俺たちもこれでダンジョン探索者だ」
4人の浅黒い肌をした男たちが円陣を組んで、『アニキ』と呼ばれた男性を称えている。
彼らには角刈り、テカテカとした肌、真っ白な歯という共通点がある。
「日頃鍛えた筋肉を活かすときが来たのだ」
「やりましょう、アニキ!」
「そこらの軟弱な者どもに、オレたちの筋肉を見せてやりましょう!」
「ああ、俺たち筋肉の船出だ。黒船となって、ダンジョン界に殴り込みをかけるぞ!」
「「「オーッ!!」」」
5人はめいめい得意なポージングをはじめた。
――『紫堂流剣術道場 育錬館』
「総帥、当たったのは1名ですか」
「残念なことにな」
「育錬館七十余名で申し込んでもですか」
「5人1組の応募だからな。15組申し込んだが、当たったのは葉錐のところのみだった」
その場にいた者の視線が、葉錐に注がれる。
葉錐はゆっくりと頷いた。
「メンバー変更は不可能……ということは」
「うむ。我が紫堂流からは、葉錐たちを出すしかあるまい」
「ダンジョンは複数の難易度があるようですが、希望すれば高難易度に挑戦できるのでしょうか」
「今回……と言えばいいのかな。それは無理だそうだ。生命の危険がもっとも少ないところのみらしい」
「それはやや、肩透かしですな」
「今後に期待しよう。有事に備え、剣を磨いてきたのは無駄ではなかった。いまはそれを喜ぼう」
「しかし……時代が変わりましたな」
「そうだ。もしダンジョンがもっと身近になれば、剣で身を立てることも不可能ではない。それこそ、戦国の世に戻ったかのような、剣一本で成り上がることも夢ではないということだ」
「なればこそ、このチャンス、無駄にできません」
「その通り。相手を出し抜こうとして、小細工をする必要もあるまい。まず葉錐たちで十分情報を集めようではないか。これが飛翔のはじまりだ!」
総帥がそう告げると、門下生たちが一様に頷いた。
――祓魔一族
「全員、外れたらしい」
隠岐繧繝の言葉に、隠岐霧子が頷いた。
「それはまた、狒々爺が口角泡を飛ばしたでしょうね」
「緋罪殿な。……実際、飛ばしていたぞ。みな袂で顔を隠してたわ」
その様子が想像できるのか、霧子はプッと吹き出した。
「ながらく祓魔一族の舵取りを任せてきたけど……そろそろ隠居時では?」
「そういう意見もある。舵を切る者は、手元を見ても意味はない。海原の先を見据えて手を動かすものだ」
車の運転もそうだが、重要なのは道路状況によってハンドルを適切に切ることで、ハンドルを見ることではない。
「狒々爺は、歳をとって近眼になっていますよね。最近の指示を見ても、そう思うし」
「かといってなぁ……まあ、選考に外れたのは運だ。それで責任を取らせるわけにもいくまい」
ゆえにどうしようもないのだと、繧繝は言った。
「私は未成年だから関係ないですけどね」
「そういうな。俺たちはみな初代様の血を引いた仲間だ。関係ないなんて、言わないでくれ」
「だからできること……監視任務だって、しているでしょう?」
霧子は高校生という身分ゆえに、商店街をふらついても、あまり目立たない。
株式会社ダンジョンドリームスの監視をはじめたが、なぜかまだ右腕少女の監視は継続中だ。
「他の連中じゃ個性ありすぎて、そもそも不可能だろう。危なくて町に出せないのもいるぞ」
霧子は「まあ、それはたしかに」と納得するも、だからといって、すすんでやりたいわけではない。
「それで私たちの今後は……?」
「これまで通りだ」
「………………はぁ」
霧子は盛大なため息をついた。




