070 パフォーマンス(2)
一人治療するごとに数日の間隔を空けている。
万一、患者の容態が変化したら困るからだ。
というわけで3日後、今度は『病払いの超水』を使用することにした。
対象は、若くして血液の癌にかかってしまった少年。
少年はすでに末期らしく、ベッドから起き上がることすらできない。
本来はポーションを渡し、それを飲んでもらうことで終了だが、今回はテレビの取材が入っている。
「本当に、ウチの家族はもう……」
玲央先輩は、カメラの外で両親をギリギリと睨んでいる。
「契約にマスコミを入れないとあったらよかったんですけどね」
病院側が勝手に呼んだことだが、そのままお引き取り願うのは少し難しい。
強引に主張すれば意見は通るが、やってきたテレビクルーを追い返せば悪印象をもたれる。
そもそもここは病院の敷地内だ。
患者の両親も納得していることではあるし、波風を立てていいことはない。
「さっさと済ませてしまいましょう」
マスコミはいま、雰囲気作りのためなのか、院長夫妻や患者の両親を撮影している。
似たような絵を別角度から映したりしている。
向こうは仕事だろうが、俺たちはそろそろ飽きてきた。
「お涙頂戴のようなことをやっているな」
撮影班は、両親の苦労話をあますところなく映している。
レポーターらしきひとは、目に涙を溜めながら相槌を打っているので、かなり感動的な話なのだろう。
「病気が治ったあとで、治る前の演技をしろといってもできないですからね」
インタビューは断片的にしか把握できていないが、話はまだまだ終わる様子がない。
「これでダンジョン産のものに偏見がなくなるといいですね」
「そうだな。最近私は、ポーション屋を開くことを夢見ていてな。普通に売買できるようにならないと、商売そのものが始められん」
「ポーション屋ですか……スキルオーブは貴重だし、そもそも生産系は少ないって聞きますから、しばらくは独占でしょうね」
「行列に並ぶ側から、行列を作る側へ変身だな」
などと話している間に、インタビューは終わったようだ。
祖母いわく、この『病払い』シリーズの効果は確かなもので、副作用や後遺症などの不具合は聞いたことがないという。
もちろん異世界でだが。
これをテレビや動画で見ている人たちは、どのような感想を抱くだろうか。
少年がポーションを両手でつかみ、両親がそれを支える。
それだけで少年の体力はギリギリのようだ。
かなり時間をかけて飲み干していくと、身体全体が緩やかに光ってゆき、何度か明滅を繰り返したあと、ゆっくりと消えた。
「検査だ!」
医師の一人が叫んだ。キャスターのロックが外され、少年を載せたベッドが病室を出ていく。
カメラがその光景を映しながら追いかけていく。
なるほど、そりゃ検査するよなと、いまさらながらに思い出した。
「……先輩、帰りましょうか」
「そうだな」
結果は分かりきっているので、俺たちはそっとその場をあとにした。
少年の病気はもちろん完治した。それを大々的にテレビで流したので、反応は凄まじいものだった。
ネットのニュースではどこでもその話題を取り上げ、さまざまな議論が巻き起こっていた。
飲み終えたポーションに残っていた雫を検査に回したようだが、1日でただの水に戻ってしまうため、有益な情報は得られなかったようだ。
「先輩、この日置内源一郎って人……なんか古い名前ですけど」
金や権力を持っている政治家や社長などは治療の対象から外すと先に伝えてある。
ゆえに若くして不治の病にかかった人や、事故などで手足を失った人が選ばれている。
その中でひときわ目を引くのがこの日置内源一郎という名前。
「ああ、それか。高名な物理学者らしい。学会や弟子、学生たちからのたっての願いということで、今回選ばれたようだ」
「物理学者ですか。まあ、政治家や社長みたいな……なんていうか、世俗の欲とは遠く離れたところにいそうな人ですけど」
「もともとは宇宙物理学の権威だったらしいが、いまは反物質とかいったかな。茂助くんが詳しそうだが、そういったものを研究しているらしい」
「高校で物理を選択していないので、物理と聞くと、滑車の運動くらいしか記憶にないんですけど」
「私も似たようなものだ。宇宙開闢……いわゆるビッグバンだな。それがおこったとき、物質と反物質が対生成されて対消滅したらしい」
「……はあ?」
「ほんの少しだけ数の少なかった反物質は消滅し、物質だけがのこってこの宇宙ができあがったらしいんだ」
「まあ、この世界が物質でできているのは当たり前ですよね」
「そうだな。反物質はこの宇宙から消滅した。これが常識だ。なぜ消えたかといえば、対消滅したから。だが、本当にそうなのか? もしかすると反物質でできた宇宙、世界があるんじゃないか? 消滅したと思われていた反物質は、そっちの世界へ流れていったのではないか……みたいなのを研究しているらしい」
「ちょっと何言ってるか、分からないです」
「私もよく分からんが、たとえばダンジョンの中とか、異世界もそうかもしれない。あのもやはどうなんだ? もしかして反物質が関係しているのか? みたいなのを真面目に研究したい学者たちが大勢いるってことだ」
「その第一人者がこの人なんですか?」
「だろうな。昔、すべての現象はプラズマで説明できると豪語した教授がいたらしいが、この場合は、ダンジョンを反物質で説明しようとしている感じだな。あとはよく分からん」
病気で失わせるにはあまりに惜しいので、なんとかポーションで病を治療してほしい。
そういう嘆願が多数届いたらしい。
「俺はとくに反対はしませんけど」
「私もだ。……ならば、リストの変更はなしでいいな」
「ええ、問題ありません」
リストを見ると、治療の順番は最後になっているため、その頃にはもうダンジョンが解禁されている。
世間の注目はもう、ダンジョン探索の方に移り変わっているだろうと俺は思った。




