067 登校
久しぶりの登校だ。
といっても、すぐに教室へ行けるわけではなく、一度職員室に寄るように言われている。
「よくきたな」
「なんですかその、ラスボスの出迎えみたいなのは」
小湊先生――通称阿重霞ちゃんにそう言ったら、プリントの束で叩かれた。
それ、俺に配るやつじゃないですか。
「先に渡しとくぞ。休んでいた時に配布したプリント類だ」
「わあ、ありがとうございます。ボロボロですね」
「だれのせいだろうな」
「だれのせいでしょうね」
もらったプリントのほとんどは写真に撮って送ってもらっているので、内容はすでに分かっている。
「座倉のやつは説明が面倒で逃げたが、夕闇はちゃんと来たな」
「あっ、勇三のやつ、逃げやがったのか」
職員室のどこを見回しても、勇三の姿はない。
「時間もないことだし、理事会の決定を伝えておく。これまでの欠席分は家庭学習期間として、学校側が正式に認めた。課題も提出していることだし、問題はない。ここまでは知っているな?」
「はい。大丈夫です」
「体育の実技だけはまだだが、レベルが上がると身体能力が強化されるのだろう? デモンストレーションしてくれれば、出席停止中も運動に励んでいたと証明できるとさ」
「なんか、無理やりですね」
「理事会の考えることはよくわからん。それでだ……問題がひとつある」
「俺の成績ですか?」
「いや、理事からの提案だが……我が校の生徒をダンジョン体験させたいんだそうな。できるか?」
「えーっと……探索させたいんですか?」
「意外なことにな、保護者から要望があるらしい。学校側としても、体験させることで知名度とかそういうのをあげたいんだろう」
「普通、逆じゃないんですかね? 危険だから駄目とか、そういうことを言うのかと思っていましたけど」
「生徒と保護者は、せっかく同じ高校なんだからと、乗り気だぞ。危険だと思うなら、入らなければいいだけだ」
「昨今、そういうものから遠ざけるのが流れだと思っていました」
「乗りたいんだろう、このビッグウェーブに」
「その言葉が出てくるとは思いませんでした」
「……コホン。それでできそうか?」
「まあ、すぐには無理ですけど……そうですね、夏休みの後半とか、九月に入ってからでしたら可能だと思います」
「そうなのか。逆にこっちは、難しい話かと思っていたんだが」
「いや、それほどでもないですよ。それより防具とか、そういう用意が大変ですね」
「なるほど。そこらで売ってるものでもないしな」
「ええ。車のシートベルトとか、船の救命胴衣みたいな感じで、ダンジョンに入るには防具必須にするつもりです。自分で揃えられない人はレンタルになるんですけど」
「防具なしではダンジョンに入れないか。それはいい判断だと思うぞ」
「あと、レベルがあがったスポーツ選手がどう扱われるか心配ですね。ドーピング以上にヤバいですから」
「大会出場禁止とかになる可能性があるのか」
「レベル2にならなければ問題ないです。レベルが上がったらヤバいです」
「そんなにヤバいのか?」
「ヤバいですね。俺でも身体強化かけたら、10円玉の四つ折りくらいできますよ」
「硬貨を折り曲げたら捕まるぞ」
「やりませんけど、それくらいの変化はあるということです」
「レベルアップがヤバいってことは、校長先生に言っとくよ。……あの動画に出てきている虫みたいなの……あれを倒すだけなら、危険はないんだろ?」
「そうですね。異世界だと子供でも倒せる魔物ですから。見た目さえ我慢すれば、蹴っ飛ばして踏みつけてもいいです。武器持った高校生の敵ではないですよ」
「あと、あのポーションは手に入るのか?」
「ダンジョンの宝箱からたまに出てきますよ。そのうち効果を宣伝して、薬事法とは別で認可を受けられないか、考えています」
「成分が謎だと、薬の認定は無理だし、効果があると宣伝すれば薬事法に引っかかるか」
「でも治るんですよね。だから、ありのままを受け入れてもらおうかと」
「そういうのもいいかもしれないな。……まっ、こっちの話は以上だ。教室に行っていいぞ」
「はい」
職員室を出て教室に向かうと、案の定、囲まれた。
「夕闇は今日から登校か」
「ダンジョン持ってるんだろ? すげーじゃん」
「あれって、本物なの?」
「サインちょうだい」
「わたしもっ!」
「サイン、メロカロで売っていい?」
「えーっと、いっぺんに話さないでくれるかな?」
3年になってまだそれほど親しくなっていないうちに出席停止措置を受けたため、顔と名前が一致していない人がいる。
それとこんな大勢に一度に囲まれたことはない。
「しばらくは毎日通えるから、質問があるなら、時間の空いているときに答えるよ」
そう告げると、「そういえば騒ぐなって、阿重霞ちゃんに言われてたっけ」と誰かが言い出し、めいめい俺から離れていった……と思ったら、二人ほど残った。
もと『行列研究部』の部員、椎名江奈と穂谷梓だ。
「夕闇さ、アンタいつからダンジョン持ってたの?」
「持ってたていうか……はじまりは去年の夏休みからかな」
実際は違うが、これは祖母のことを隠すためのストーリー。
「ハァ? じゃあ、ずっと黙ってたわけ?」
「いや、部員にはすぐ話したよ」
「てぇことは、夕闇がダンジョンを見つけたの?」
「厳密には違うけど、そうだね。玲央先輩と勇三は、俺が誘った」
「なんでアタシたちを誘わないのさ」
「誘ったときのことを言ってるなら、すでに部員じゃなかっただろ。それにお前たち、俺の悪口を広めただろ。モテないから島原先輩にちょっかいをかけたとか」
「あれは、そう言えって頼まれただけだし」
「アタシら従っただけだし」
やはり、俺の悪口を広めたのはこいつらだった。
「それに一度、部に戻ってきたらいいことあるって話をしただろ。戻ってこなかったけど」
「そんなの分かるわけねーし」
「それにさ、もう廃部して部室は返却したんだよ。あれが最後のチャンスだったんだ」
島原先輩にかき回された部活動だったけど、そのおかげで、牟呂さんと東海林さんを仲間にできた。
運命というほど大げさなものじゃないけど、最後はちゃんと、収まるところに収まるんだなと思う。
「なあ、夕闇。アタシらも入れてくれよ」
「それはできない。俺たちはもう、走り出してしまったんだから」
二人がなおも言い募ろうとしたが、チャイムがなって担任が入ってきた。
チャンスを潰したのは彼女たちなのだ。諦めてもらおう。




