065 提案
「商売ですか?」
玲央先輩の声に警戒の色がのった。
日本の首相が、設立したばかりで何の実績もない会社にやってきて、商売の話をしようと言い出したのだ。
かえって胡散臭い。
「そう警戒せんでもいいだろ。俺の身元はたしかだぞ」
「だからこそ、わざわざ商売の話を持ちかけてくる意味が分からないのです」
「下の者に任せたら、こじれるかもしれないからな。まあ、聞け。今回募集した……ダンジョン探索者と言ったな。あれにウチの自衛隊員を参加させてほしい」
「抽選になりますが、応募されたらいかがでしょう」
「金は倍出す。俺の権限でできる便宜ならはかろう。その上で、抽選とは別枠で頼みたい」
「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「構わんよ。ほしいのは落人石、つまり魔石だ。それと身体強化は本物なのだろう? 動画を専門家に解析させたぞ」
「はい。商売ですから、嘘はつけません」
「スポーツ界に激震が走ってるな」
「仕方ありません。そのうち、新たなルールが制定されると思います」
「激震といえば、財界もだな。投資家たちが色めき立っている」
「……?」
「もし事業を拡大したいのなら、日本の銀行やファンドを頼ってくれ。千億くらいなら、揃えられる」
「えーっと、もしかして他国の政府とかに、落人の情報とか知られています?」
「古い歴史を持つ国には、そういった事例がいくつか報告されている。落人石を持つ国もあるぞ。研究が進んでいるところもある。動画にあったポーションなど、人にあげることができるくらいありふれたものなのだろう? 半信半疑だった国も目の色を変えてるぞ」
「あー……貴重な情報、ありがとうございます。私達では国家規模の情報など、知りようがないですから」
「そういうわけで、部下には任せられんのだ。万一、間違って敵対などしたら目も当てられん」
「私達が他国と協力する可能性があるからですね」
「そうだ。……というわけで、自衛隊の参加を認めてほしい。日本政府と繋がりがあると知らしめることもできる。正直、立ち上げの今から関わらんと、不安でしょうがない」
「ですが、現在はまだ見切り発車の状態でして、問題がおきたらそれをフィードバックする形で調整しています。いわばベータテスト、参加者は有料のテスターといった意味合いです。正式にスタートしてからではどうでしょう?」
「言いたいことは分かるが……そういえば、動画で使用していた剣だがな、銃砲刀剣類所持等取締法というのがあるのだが、知っているか?」
いわゆる銃刀法違反というやつだろう。
ときどき見せしめに芸能人などが逮捕されているのをニュースでやっている。
「正当な理由があれば、使用は認められると思っています。山で道を切り開くときの斧や、キャンプのナタと同じです。保管には気をつけていますし、刀ではありませんので、登録自体できませんですし」
「あくまで斧やナタと同じだと言い張るか。それでも簡単に引っ張れるぞ」
「構いません」
そういえば、どこの家庭にもある包丁、日曜大工に使用するのこぎりですら、銃刀法に引っかかるのだという。
包丁は台所、のこぎりはロッカーの中にしまっておこう。
爪切り、缶切り、コルク抜きなどがついた十徳ナイフでも「正当な目的なし」で所持していると、書類送検される世の中だ。
法律を恣意的に運用できる者は強い。
「いいのか?」
「ええ、別にここでなくても構いません。二度と日本の土は踏まないと約束しましょう」
「強情だな……まあ、いまのは冗談だ。警察庁長官には話を通しておく。どこぞへ亡命するなんてことは考えないでくれ」
「私の方も冗談ですが、本気ですよ」
「……降参だ。だが、こちらの面子も考えてくれるとありがたい。自衛隊枠、できればなんとかしてほしい」
「……そうですね、分かりました。詳細は社員と相談して決めたいと思いますが、自衛隊の参加枠は確保します。それとこれはお願いですが、落人や落人石の表現はやめてもらってよいですか? 私達の世界に落ちてきた、もしくは落とされたわけではありませんので、イメージが悪すぎます」
「なるほど、たしかに面と向かって『落ちてきた人』と呼ぶのは礼儀に反しているな」
「私達は異世界人、魔石と呼んでいます。先方もそれで問題ないようです」
「異世界人だな、よし。今後はそれで統一しよう。過去の名称を知っている者にも『落人』などと使わないよう、徹底させておく。いや~、これで懸念が一つ片付いた。よかったよかった」
そんなことを言いながら、逸見首相は帰っていった。
暴風が去ったと安心していたら、それを見越したのか、別の来客があった。
アメリカ国防長官の使いと名乗る者が、やってきたのだ。
「アーサー・ウェッジといいます。アーティと呼んでください」
この陽気なアメリカ人もやはり、勇三の父親を通してやってきた。
米国大使館を経由した紹介らしく、大使館の車で現れた。
自発的に身分証とパスポートまで提示した。
国防長官の意を受けてやってきたのは、まず間違いないだろう。
「ミスターアーサー……」
「アーティと呼んでください」
玲央先輩にニコニコと笑いかけるアーサー。
年齢不詳だが、見た目は三十代前半くらい。高級そうなスーツと靴。
テレビドラマならば、ボスの隣に座って主人公に嫌がらせをしそうなタイプだ。
つまり、どことなく胡散臭い。
「ではアーティ。我が社が募集しているダンジョン探索者に、米軍を参加させろと?」
「その通りです。テロ対策にもぜひとも必要です」
強力な武力を個人が持ってしまう場合、世界中の要人が危険に晒される。
極端な話、武器を持たずにやってきた集団が、ホワイトハウスを占拠することすら可能なのだ。
それに対抗するには、軍人や警官を同じレベルまで引き上げなければいけない。
それも後手にまわることなく。
「無理を言っているのも承知しています。ですがこれは、世界の安全を考えた上で、引けない相談なのです」
表面上はニコニコとしているが、その真意は計り知れない。
もしかすると「余計なことしやがって」と憤っているのかもしれない。
本来ならば「ダンジョンの存在を本気で信じているのですか?」などと韜晦した上で相手の本意を探り出すところだが、先の首相の話からすると、異世界人についてはある程度知っていると思ってよさそうである。
今さら腹の探り合いをはじめると、こちらの情報が渡りかねない。
「……分かりました。つい先ほど日本政府からも同じようなお願いがありましたので、同じ条件で協力したいと思います」
「それはありがたいです。では詳細が決まりましたら、こちらに連絡をください。私はしばらく日本にいますので」
アーサーはそう言って去っていった。
「引き際は見事ね。本来ならばもっと譲歩を引き出したり、情報を集めたりするのだけど、そういう素振りは一切なかったわ」
あくまでこれはビジネスという態度を崩さなかった。
これがアメリカの名をちらつかせつつ、強引にことを進めようとしたら反発もあっただろうが、そう言う手段は取らなかった。
「かえって手強いと感じたんですけど」
あらかじめ、「今日はここまで」と決めておいたのだろう。
すでにかなりの情報が渡っているのではないかと思われた。
「なんにせよ、予定を練り直すしかないな。自衛隊と米軍……いつまで参加するつもりなんだか」
「おそらくずっとじゃないですか? レベルアップするためには頻繁に入らないと駄目ですし、人数も桁違いですから」
「……面倒だな」
「面倒ですね」
合法的に重火器を装備できる人たちを一般の探索者と同じ条件にはできない。
危なっかしくて、同じ部屋にもできないだろう。
「どうしたらいいでしょうね」
「茂助と相談してみよう」
玲央先輩は、面倒なことはすべて茂助先輩に投げるつもりらしかった。




