064 首相襲来
6月上旬のこと。
勇三が見つけて、すぐに契約したこの物件。
集まるのに都合がいいので利用しているが、住所はもう公開してある。
マスコミがうるさいので入口は鍵をかけて、インターフォンもはずした。
外部からのアクセスを完全にシャットアウトしている。
部屋を出て、恐る恐る入口に向かってみると、国会中継で見たことある顔が、手持ち無沙汰に佇んでいた。
変装の達人でなければ、本人だ。
一応玲央先輩に確認を取ると、真面目な顔で頷いたので間違いないだろう。
鍵を開ける。
「やあ、はじめましてだね。この国の首相をしている逸見です」
首相から自己紹介を受けた。
ここは「知っています」と言うべきだろうか。
逡巡していると、首相は周囲を見回し、「ここはいいところだ」と言った。
「座倉くんに開けてもらうよう頼んだのだけど、悪かったね」
「い、いえ……まずは中へ……どうぞ」
どう考えても、首相と入口で立ち話はまずい。
「しかしここはいい。あちこちで守られている」
「……?」
周辺環境の話か?
「SPが言うには、八神守護だろうってさ。どこでそんな古い人たちと知り合ったんだい?」
言われて気がついた。この前茂助先輩と説得に行った蓬莱一族のことだろう。
「縁がありまして」
「そうかい。あれは容易に突破できないね。SPも下がらせたよ」
「それは……ありがとうございます」
逸見首相は、アポ無しでここまでやってきたらしい。
だが、扉には鍵。電話も線を抜いているため、連絡の取りようがない。
明かりがついているので、中にいるのは分かったが、さてどうやって知らせようか。
大きな音を出して強引に注意を引くことも考えたが、八神守護と呼ばれる包囲が完成しているため、何かすると、SPの方が排除されかねない。
建物の所有者はすでに調べてあり、会社のことも調査済み。
座倉家の三男が関わっていることは掴んでいたため、その父親に電話をかけて鍵を開けさせたというわけらしい。
さすがというべきか、抜かりがないというべきか。
そういうことがサラッとできないようでは、首相など務まらないのだろう。
応接室のような洒落たものはないので、俺たちがいたところに首相を案内する。
「早速だが、ここへ来た目的を話そうじゃないか」
スッと雰囲気が変わった。
それまでは、どこにでもいる優しげなおじさんといった感じだったが、いまは猛禽類のような目をしている。
「日本には、昔から落人伝説というのがあってね……神隠しの逆と言えば分かるかな。どこからともなく、人が現れる。といっても、日本は島国だ。もし人が外からやってくるなら、海を越えてきたと考えるのが普通だ。だが、とてもそうは思えない話もある」
外見や服装が違う。それに日本の言葉は話せない。
それだけ聞くと、外国人の遭難者を思い浮かべるが、ときに山の中に忽然と出現するらしい。
「大抵は大怪我をしていて、回復することなく亡くなるのだが、その者たちの遺品が少し変わっている。たとえば石に見えるが、中で光が蠢いていたりね。生きているものが石の中にいて、まるで外へ出ようとしているようにも見えたりするんだが……」
逸見首相は、「そんな石、見たことないかね?」と聞いてきた。
「俺たちが魔石と呼んでいるものと似ていますね」
隠してもしょうがない。
この場で知らないと言うことはできるが、実物はそのうち、いやでも手にすることになるだろう。隠しても意味はないのだ。
「魔石か……我々は、落人石と呼んでいるが、同じものかもしれないね。それがダンジョンの中で採れる?」
「正確には、ダンジョンの中にいる魔物を倒すと、まれに手に入ります」
「そうか……」
逸見首相は、しばらく腕を組んで、じっと目を閉じていた。
俺たちは、このあと何を言い出すのか、固唾を呑んで見守った。
「落人と会ったことがあるだろ? それともお前さんらのだれかが、落人かな?」
やはり逸見首相は、ただものではない。
何気ない顔をして、俺たちの中に爆弾を放り込んできた。
もちろん、可能性はいつでも考えてきた。
いつか聞かれるだろうと準備だけはしてきた。
だがまさか、日本の首相にはじめてこの創作話を語ることになろうとは。
「落人という言葉は知りませんでしたが、俺たちは『異世界人』と呼んでいますが、その人だったら知っています」
「ほう……異世界人。詳しく聞かせてくれるかな」
「ええ……と言っても、俺が体験した話ですけど」
そう前置きして、以前から用意していた話を語る。
一昨年の夏休み、俺が茂助さんの家に行こうとしたとき、たまたま行き倒れの人を見つけた。
茂助さんの家が近かったので、とりあえずそこに運び込んだ。
茂助さんと救急車を呼ぼうかと話している間に、その人は回復してしまったことなどを話した。
「回復した? 救急車が必要な状況ではなかったのかね」
「外傷はなかったんですけど、意識が朦朧としている感じだったので、頭を打ったんじゃないかと思いました」
「頭か……それで回復したというのは?」
「あとになって思えば、ポーションを飲んだんだと思います。そのときは、ただのめまいか、貧血だったんだと納得しました。その人は日本語が話せなくて、かといって英語でもなかったので、確認できませんでしたが」
「ああ、やはりそうなのか。それでどうしたんだい?」
「行くアテがなさそうだったので、茂助先輩が面倒を見ることにしました」
「茂助というのは、この会社の本拠地を提供している千在寺くんでいいのだな」
「はい。昨年の学園祭のとき、いろいろ手伝ってくれた人です」
「ふむ……それでその人はどうなったのかな」
「記憶喪失かと思ったので、茂助先輩がいろいろ連れ回すと、とても驚いていました。数日後、突然消えたそうです」
「消えた?」
「ええ。それから数ヶ月ほど経って、また突然やってきました。お礼をしに来たんです」
それからもたびたびやってくるうちに日本語もできるようになり、彼女が異世界人であること、ここへは〈転移〉のスキルでやってくることなどを聞いたと話した。
「〈転移〉は自分ひとりしかできないらしく、仲間を連れてくることも、俺たちが異世界に行くこともできないみたいです」
「ふむ……その異世界人のことは分かったが、キミたちが商売をはじめたダンジョンだが。あれはどう関係するのかね?」
「それは秘密です」
「なに?」
「企業秘密というやつですね」
「…………」
「いくらなんでも、会社の秘密までは話せません」
「……そうか。そうだよな。会社の秘密は話せんか。民間企業ならそれはもっともか」
「ええ、自分は政治家だから、会社の技術をすべて知る権利がある……なんて言いませんよね?」
「そんなこと言い出したら、民主主義が根本から壊れるな。……よし、その話はいい。ならば別のことを聞こう。その異世界人とはいまも連絡が取れるのかい?」
「向こうが一方的にやってくるだけですし、電波も届かないところですから、こちらからの連絡はできません。ですから、彼女が来れば会えるとだけ」
「なるほど。ならば、こっちの世界にやってきたとき、俺は会えるかな?」
「本人が望めばですね。俺と茂助さん以外と会うのに1年かかりましたので、難しいでしょうけど」
「その異世界人と会ったことあるのは?」
「あとは玲央先輩と勇三だけです」
会うのはかなり難しいぞと告げると、首相は難しい顔をした。
「……ならば、話を変えよう。君たちがしている商売の話だ」
逸見首相は、今度は俺ではなく玲央先輩の方を向いて言った。




