063 反響を受けて
サーバーが落ちた。まだ募集を開始していないのに落ちた。
募集開始したら、ロンドン橋くらい落ちるんじゃなかろうか。
「ログを見ると、世界中から満遍なくアクセスが来ているでござる」
一縷の望み、悪意のある攻撃を受けたわけではないらしい。
「ただアクセスが集中して、落ちたということですか?」
「そうでござる」
「世界中からアクセスかぁ……」
ちょっと遠い目になった。
最近はブラウザを右クリックすると、どんなページでも母国語に翻訳できる。
ネットの世界では、言語の壁を意識することは、あまりないのだ。
「茂助先輩……これって、かなりヤバいですか?」
募集はまだ始まっていない。
つまり、告知ページを見に来た人だけで、サーバーが落ちたことになる。
「募集には、MySQLというデータベースを動かす予定でござる。今回落ちたのは普通のページ……募集を開始したら、確実に落ちるでござる」
いろいろ考えたすえ、探索者の募集は、かなりシンプルなものにすることにした。
会員登録ページを作成し、そこに登録したあとで応募という流れを取った。
抽選になるため、早く登録したところで意味はない。
深夜や早朝など、比較的アクセス数が少ない時間帯を狙えば、そうそう混むことはないだろうと予想していた。
「世界中からアクセスがあるとすると、空いている時間帯はないな。24時間フル稼働だろう」
玲央先輩も厳しい顔をしている。
「申し込み前でこれですからね。その状態でサーバーが落ちたとなると……どうしたらいいんでしょう」
「会員登録だけなら、複数のサーバーを用意して、あとで統合させてもいいでござる」
「そんなことできるんですか?」
「リアルタイムで稼働しているものは難しいでござるが、メンテ中にデータを統合すれば問題ないでござる」
ログインページは別URLになるが、そういった緊急措置でしのげるのではとのことだった。
「でもどうしてこんなことに?」
世界中からアクセスが集中するほど、情報は出していないはずだ。
「そうだな。会社のウェブサイトなど、一度見れば十分だろうに」
「そのへんはテレビで散々やってたぜ」
「勇三、何か知ってるのか?」
「理由はいろいろあるんだが、まずはポーションだな」
四肢欠損すら完璧に治すポーションは、世界の富豪が大注目しているらしい。
それは病気治療も同じで、すでに実物に懸賞金をかけた富豪もいるという。
「他人より早く手に入れたいって感じ? 切羽詰まってる人もいるみたいだし」
「切羽詰まった大富豪……いそうだな」
高齢で、複数の持病をもった大金持ちは、いますぐにでも必要らしく、金に糸目はつけないと宣言しているようだ。
「まあ、ポーションは予想の範囲内だよね」
「その関係で、世界中の製薬会社が目の色を変えているってよ」
「あー……ということは、医師もか」
東海林さんの家はかなり儲かったと聞いた。具体的な額は聞いていないが。
「そういえば、成分を分析して特許をとれば……なんて議論してたぜ」
ダンジョン産のポーションは……だれかが権利を持っているわけではない。
実はまだニュースになっていないが、東海林さんの身体から採取した血液の中に、未知の顆粒球が見つかったらしい。
1秒でも早く特許が取れれば、何千億、何兆円もの利益を生むため、それに気づいた医師や研究者たちが、さらに大枚をはたいているとか。
「うん、分かった。ポーションひとつでも、世界中からアクセスが集中するよね」
治療法がない病気にかかっている人は、世界にどのくらいいるのだろうか。
何百万人? いや、何千万人かもしれない。
その人たちの希望はなんだ? 現代医学が進歩すること?
ポーションは、現代医学を根本から覆すレベルで効果を発揮する。
詳細が知りたくて、会社のウェブサイトにアクセスするくらいするだろう。
ポーションが一般的になったら、三大疾患の死亡率だって劇的に下がる。
「勇三はテレビを見てたんだろ? 他には何かやってたか?」
「あとはなあ……多くのジャーナリストが注目しすぎていて、他の記事を書く記者が減っているってさ」
急に降って湧いたように現れた『株式会社ダンジョンドリームス』と『DDチャンネル』。
いま現在、どんな知識人でも、そのバックグラウンドを知らない。
つまりヨーイドンのスタートダッシュで専門家になれるのである。
彼らは動画を見て、ネットをあさって、少しでも多くの知識を溜め込もうとしているらしい。
自分で調べ、研究し、それを自国で発表する。そのためにウェブサイトへアクセスしているのだろうと。
専門家になれれば、国や企業のお抱えとなれる。
すでに現地……つまり日本へ飛んだジャーナリストも多いという。
「でもテレビ、新聞、ラジオ、雑誌の記者たちだろ? そんなにいるかな」
「いまはネットニュース全盛の時代だしな。それにいまなら第一人者になれる可能性が高いだろ?」
専門記者という強みを持つには深い知識と洞察力、そして経験が必要だが、ことダンジョンに関してはまだまだ。
学べば学んだ分だけ返ってくる。
そして前を走る者はだれもいない。
若くて野心のある者ほど、人より先んじようと、情報を集めまくっているらしい。
「でも東海林さんのときは、それほどじゃなかったよな」
「未成年相手に突撃取材できないだろ。あのときはまだ、詳細が分かっていなかったしな」
そんな感じで勇三の話を聞いていたのだが、どうも俺たちの予想を超えたところからの反応も結構あるらしい。
さまざまな研究者が注目しているのは分かる。
それはポーションだけではなく、ダンジョンや魔法などが動画で確認できるからだ。
異世界と思われる場所に棲息する魔物、それをスキルや魔法で打ち倒す人間。
魔物の生態はどうなっているのか。
どうやって魔法を使用しているのかなど、研究対象に事欠かない。
学者たちは持論を展開しつつ、どうやって検証しようか頭を悩ませている最中のようだ。
そして意外と多いのが山師たち。
金の匂いを嗅ぎつけて、一攫千金を狙っているらしい。
そのためには少しでも「自分しか知らない情報」を得るために、さまざま嗅ぎ回っているらしい。
それは老若男女問わず、心惹かれるものなのだろう。
「そういえば、芸能事務所から誘いがきていたでござる」
「あれ? 個別の問い合わせや勧誘はお断り状態でしたよね」
会社のウェブサイトには、でかでかと「しばらくは、ダンジョン探索者募集業務に集中したいため、個別の対応は致しかねます」と載せておいた。
「だからといって従う必要はないと、考えたようでござるな」
「そんなことしたら、逆効果になるでしょうに」
何を考えているんだか。
「芸能界といえば、多くの芸能人が興味を示してるぜ。ダンジョン探索者芸人になりたいって公言してるのもいるし、前から興味持ってたって発言してる女性タレントもいたな」
「そんな……芸能人なんて成功者なんだから、わざわざ探索者にならなくてもいいのに……」
「ハリウッドで活動している映画監督が、ぜひ映画を撮影したいって発言したのは聞いたでござる」
「…………」
「ぜひともゲーム化したいってのもあったな。この分じゃ、小説や漫画にもなりそうだぜ」
「……うん、注目されていることが改めて分かったよ」
そりゃ、アクセスも集中するはずだ。
「こりゃ、ハニトラとか気をつけないと……ん? 親父からだ」
勇三が「なんだろ」と言いながら電話に出た。
勇三が部屋の端で話をしているが、ときどき声が大きくなる。
そして真面目な顔で電話を切ると、俺たちの方へ戻ってきた。
「やばい、外で総理大臣が待ってる」
「えっ?」
この会社の外で?
総理大臣が?
待ってる?
ちょっと何言ってるか、分からない。




