060 スカウトの続きと募集開始
蓬莱家というのは、防諜を専門とした一族らしい。
ダンジョンドリームスの今後に必要だと、茂助先輩は以前から協力をお願いしていたようだ。
だが、これまで一度として首を縦に振らなかった。
というわけで、茂助先輩は俺を連れて直接説得に赴いたわけだが、なぜか俺に無茶振りがきた。
「わたしの意思は変わらないわよ。一体何を説得材料にするつもりなの」
蓬莱陽依さんが、興味深そうに俺を見つめてくる。
あれ? いまから俺が答えるの?
「えと……どうすればいいんでしょうかね」
「さあて。金はある。地位も名誉も欲していない。そもそも欲しいものはないし、何かをしたいという欲求もない。あなた、これで何を差し出せる?」
「ないですね」
「そうでしょう? ……で、どうするつもり?」
「何か願いとかは?」
「ないわ。あえて言うなら、いまわたしは……わたしたちは、満月のように満ち足りている」
駄目じゃん。
先ほどとは違い、彼女はどこか冷めた目をしている。
「茂助先輩、彼女とどこで知り合ったんですか?」
「両親が自衛隊で働いていると以前話したでござるが、先代がそこへ指導に来ていたでござる」
「なるほど……自衛隊と防諜ですか。たしかに共通するものはありますね」
自衛隊ならば、軍事機密を自分たちの手で守らなければならない。
軍事機密を民間にお願いして守ってもらうことはできないだろう。ゆえに指導か。
茂助先輩の両親はそれなりに高い立場にいるらしいので、個人的な繋がりもあったのだろう。
「指導と言っても、現代の情報戦では通用しないものよ。後世に残す価値もない過去の遺物を伝えたに過ぎないわ」
「……ふむ」
蓬莱さんは先ほど、願いはない、満月のように満ち足りていると言ったが、そのわりには自分の家の技術に対して、いい印象を持っていない。
それどころか、連綿と受け継がれてきたものを役に立たないと決めつけている。
でも待てよ? なにかおかしくないか?
地位も名誉も金もいらない。満月のように満たされているのになぜ、一族の技だけは否定するのだろう。
「あの……ひとついいですか?」
「なにかしら?」
「その蓬莱の技術ですか? 現代では通用しないんですよね」
「そうね。古臭い無駄な技術はもう……近代において何の価値もないわ」
自分たちを雇う代わりに、監視カメラを山ほど設置すればいいと蓬莱さんはいう。
「でしたら、それを証明しませんか?」
「んん?」
「蓬莱の技術がムダであることを証明しましょうよ」
「だからそれは、先ほど言ったように」
「その様子だと、実際に確かめたことはないんじゃないですか? 世界最先端の技術とガチでやりあったことってあります?」
外国が「何としても手に入れるぞ」と精鋭を日本に送り込んできて、それを阻止するというような、ヒリヒリしたやり取り。
この人はまだ、経験したことないに違いない。
「やらなくても分かるわ」
「いいえ、分かりません。それは分かったつもりになっているだけです」
「そんなことないわ」
「そんなことあります」
「ないわ」
「あるんです!」
「だったら証明してあげるわよ、この分からず屋! このわたしが、古臭い技術に引導をわたしてあげるわっ!」
「……では、協力していただけるのですね」
「うぐっ!?」
否定も肯定もできず、彼女はしばらくの間、口をパクパクさせていた。
どさくさ紛れだったが、蓬莱家の協力を取り付けることに成功した。
あとの交渉は、茂助先輩がやってくれるらしい。
「やはり孫一氏を連れてきて正解だったでござる。何度お願いしても、拙者では首を縦に振ってくれなかったでござる」
「押してもだめなら引いてみろですかね。うまくいってよかったですけど」
自信があったわけではないけど、何もかも満ち足りていると言ったわりには、本来一番信じなければいけないはずの技術に、懐疑的だった。
それはなぜだろうと考えたのだ。彼女はおそらくもう、見切りをつけていた。
医者がこれ以上治療のしようもない患者を見放すときに「匙を投げる」というが、彼女はいま、そんな状態だったのだろう。
そのため、欲がなかった。
茂助先輩の説得が効果なかったのも、そのせいだろう。
「これで安心して募集をかけられるでござる」
「そういえば、システムを構築したんでしたよね」
「負荷分散をどうするか悩んだでござるが、コンサートの本人確認と同じようにすることにしたでござる」
「免許証やパスポートで一々確認するあれですか?」
「そうでござる。今回は成人のみ募集でござるゆえ、どのみち現場で本人確認する必要があるでござる」
「なるほど、たしかにそうですね」
茂助さんの知り合いのウェブデザイナーにも協力してもらって、募集ページは完成しているらしい。
数日後の6月1日。
ダンジョンドリームスの探索者募集ページがはじめてオープンした。
【応募資格】
・5人ひと組で、リーダーが代表して応募(男女は問わない)
・応募時点で全員が満二十歳以上かつ、当日それを証明できること
・複数応募は、その時点で選考対象外(リーダー以外に名前があっても複数応募とみなす)
・国籍は問わないが、応募は日本語で行うこと
こんな感じだ。
応募時、規約にチェックを入れてもらう必要があり、日本語が読めない時点でアウトだ。
あと、俺たちが読めない文字で応募されても困る。
応募時に5人分の名前と住所を記入してもらい、本人かどうかは、当日チェックする。
武器防具のレンタルは間に合った。
祖母が買い漁ってくれた。
ただ、どうみても「死人から剥ぎ取ってない?」と思えるものがあったが、なんとか補修して見てくれだけは整えることができた。
費用は6時間の探索で、ひと組10万円とした。
ザックリしすぎだが、前例がないので分からないから、仮の値段だ。
ダンジョン内で手に入れた魔石、アイテム、スキルオーブなどはすべて持ち帰っていいことにした。
魔石などを好事家に売れば、探索料くらい簡単に元が取れると思う。
注意事項として、ダンジョンで魔物を倒すと一様に経験値を取得し、レベルアップすること。
レベルアップによって身体能力が向上するため、将来的にドーピングに似た扱いになる可能性があることを明記しておいた。
現役のスポーツ選手、もしくは将来スポーツで食っていこうと考えている人には、思いとどまってもらおうということだ。
そして悩みに悩んだが、これも書くことにした。
レベルアップによって、寿命が延びること。
書く必要はないんじゃないかと思ったが、将来的に「知っていて黙っていた」というのはよろしくない。
いつか発表せざるを得ないのならば、最初から言ってしまった方がよいと玲央先輩が主張した。
たしかにそうだ。
「だけど、身体能力の向上だけでなく寿命まで伸びると分かると……」
「両親と縁を切っておいてよかったな」
玲央先輩が黒い笑いをしていた。
まあ、そんなこんなで、世間を「ええええっ!?」と言わせそうな内容を発表したのだ。
これはダンジョンドリームスのウェブサイトだけでなく、DDチャンネルでも同じ発表を行った。
最後にもうひとつだけ。
これで、いま話題沸騰中の『DDチャンネル』と新会社『株式会社ダンジョンドリームス』が同一の存在であることが公になったわけだ。
代表取締役は玲央先輩。
会社の本拠地は茂助先輩の家。
役員には俺と勇三の名前が連なっている。
玲央先輩らしき人物の隣にいる二人の男は言わずもがなだろう。
嗚呼、これからが俺たちの正念場だ。
というわけで、ようやく募集開始です。
これから少しずつ、ダンジョンを商売としていく動きと、ダンジョンに入る人たちのお話が出てきます。
……そろそろ『ダンジョン商売』と言うタイトルも変えたいですね。まだいい案はないですけど。
それでは引き続き、よろしくお願いします!




