059 スカウト
イケメンの馳先輩がアルバイトに来てくれたことで、一気に人員が揃ってきた気がする。
あとは細々とした事務と、ウェブ制作をしてくれる人ががんばってくれるだけだと思っていた……のだが。
「……なぜ俺なんですか?」
「孫一氏が適任でござる」
今日は、優秀な人材をゲットするために、茂助先輩に連れられて、横浜まで足を運んでいる。
「まあ、俺の場合、玲央先輩や勇三ほどダンジョンドリームスに貢献していないですし、構わないんですけど……ここ、どこですか?」
横浜駅からタクシーで向かったので詳しい場所は分からない。
「近くに市営の……無料動物園があるでござる」
「へえ、そうなんですか。動物園で無料だなんて、横浜市はお金があるんですね」
訪れたのは、小高い丘になっている場所。
この場所を的確に表現する言葉が見つかった。そう、高級住宅街だ。
ここには、お金が有り余ってしょうがない人たちが住んでいるのだろう。
先輩が向かったのは、その中でもひときわ目立つ白亜の豪邸。
すごろくでいえば、産まれた瞬間からあがりが約束された人たちが住んでいそうだ。
そう、『ガチャに当たった』と表現してもいいくらいに。
「ここが、目的の家でござる」
「家というか、屋敷というか、ホームドラマで銀行の頭取が家族と住んでそうな建物ですね」
「本日訪問することは、すでに伝えてあるでござる」
茂助先輩がインターホンに向かって呼びかけると、自動で鉄柵が開いた。
俺たちが入ると閉まった。ガチャンと鍵までかかる念を入れようだ。
逃がさないつもりか?
「えっと、この中で猟奇殺人が行われるんですか?」
「違うでござる」
「連続殺人鬼が中で待っているんですよね?」
「いないでござる」
「戦後最大の放火魔とかが隠れ住んで……」
「この会話、聞かれているかもしれないでござるよ」
「…………」
庭には、監視カメラ付きの街灯がいくつも立っていた。
「玄関にスリーピースを着た人が立っていますけど?」
「出迎えてくれたのでござろう」
家の人かと思ったら使用人らしい。そのまま応接室に案内されて、しばし待たされた。
ジーパンとトレーナーで来てしまった自分が恨めしい。
「茂助先輩、用事を思い出したので……」
「帰っちゃだめでござる!」
茂助先輩に腕を掴まれた。
「なぜ俺なんですか?」
「玲央氏だと喧嘩になるでござる。勇三氏の場合、相手を怒らせる可能性が高いでござる」
「つまり、玲央先輩に同族嫌悪を抱かせて、勇三レベルで沸点が低い相手なんですね。ちょっとトイレに……」
「なぜカバンを持って、トイレに行こうとするでござるか」
「だって面倒事しか待ってなさそうじゃないですか」
「あの二人と一緒にいられる孫一氏なら、大丈夫でござる」
「なんかディスられている気がする」
俺だけじゃなく、先輩たちも。
「やってきて騒ぐとはいい度胸ね、茂助」
「あっ、蓬莱氏。いたでござるか」
「ここはわたしの家よ。いるに決まってるわ」
「紹介するでござる、彼女は蓬莱陽依氏。それでこちらがこの前話した孫一氏でござる」
「そう。この前も言った通り、わたしは協力するつもりはないわよ」
相手は二十代前半くらいの気の強そうな女性。薄紫を基調としたドレス風のワンピースを着ている。
「そこをなんとか頼むでござる」
茂助先輩がこれほど真摯に頭を下げる光景を初めてみた。
「先輩、彼女……どんな人なんですか?」
「蓬莱氏の家は、情報保全の会社を経営しているでござる。昔的に言えば、防諜でござるな」
「わたしたちに頼まなくても、いま世の中にITを専門にしている会社が腐るほどあるわ。そのへんで石を投げれば当たるほどにね」
「そっちの方は間に合っているでござる。ぜひとも蓬莱氏に協力してもらいたいのでござる」
必死に頼み込む茂助先輩だが、俺は正直、よく分かっていない。
隣ではてなマークを頭に浮かべながら二人の話を聞いていた。
茂助先輩が何度も頼み込むものの、蓬莱さんは首を縦に振らない。
「茂助先輩。そんなに情報保全が必要なんですか?」
「必要でござる。孫一氏」
「なんでですか?」
「本当に必要な情報は、ネットに転がっていないでござるよ」
検索ワードを打ち込んでも、欲しい情報が十全に手に入ることはないと、茂助先輩は言った。
ネットがこの世界の情報のすべてではないと。
「ゆえに情報の大切さを知っている者、組織、国家は、自らの足で情報を集めるでござる。必然、情報を守る側は、それに対策を講じる必要があるのでござる」
「……そういえば、そうですね」
東海林さんを追いかけるマスコミ、米軍兵。最近では、各国のエージェントが東海林さんを監視している。
なぜそんなことをしているのか。
ネットで調べても、俺達のことが出てこないからだ。
もちろん、出所不明の情報はあるだろう。それを信じたところで、俺たちにはたどり着けない。
「なるほど、分かりました。たしかに必要ですね」
これから先、俺たちが抱える秘密は多くなっていく。
それを知りたがる人たちが国家規模で動くのだ。
だれがそれを阻止するのか。俺はいままで考えたこともなかった。
「何度も言っているけど、蓬莱の技倆はカビの生えたものよ。現代では通用しないわ」
「そうでござろうか。諜報が盛んな戦国時代において、風魔の名は知られようとも、蓬莱の名は出てこなかったででござる」
蓬莱の一族はかつて北条氏に仕え、防諜の任についていたという。
北条に仕える忍者としては風魔は有名だが、それは敵地へ潜入して情報を持ち帰ってきたことから。
相手側に、名が知れ渡ったかららしい。
一方、領内を探りにくる間者を見つけ出し、排除し続けた蓬莱一族の名は、北条氏の最期まで、名が広まることはなかった。
蓬莱一族が行ったことが風魔の仕業と思われていたことを加味したとしても、北条氏滅亡後ですら、その名が世に出ることがなったのだから徹底している。
「江戸で盗賊に身をやつし、族滅した者どもと一緒にしないでちょうだい」
江戸に逃れた風魔は滅び、蓬莱は横浜で生き延びた。
「どうしても協力してくれないでござるか」
「くどいわよ」
「仕方ないでござる。ここはひとつ、孫一氏に任せるでござる」
「えええっ? 俺ぇ!?」
打ち合わせなしの無茶振りがきた。




