058 準備完了
5月の中旬。
GW中に、新しく借りた事務所へ、荷物を運び込んだ。
敷金礼金賃料は契約時に振り込むのは普通だが、そこは勇三の家が所有している物件。
年内に払えばいいらしい。いまは5月なので、かなり余裕がある。
「そういえば、もっと大きな施設を探しているんだよな」
玲央先輩がそんなことを言っていた。
「ああ……といっても、ウチが所有していないんで、声掛けしてる感じだな。立川の先だったかな? 潰れたパチンコ屋の建物が綺麗な状態で残ってるんで、そこを中心に動いてもらってるぜ」
「パチンコ屋?」
「昔と違って、いまは新規開店って条件厳しくて無理なんだわ。改装開店ならできるんで、所有者が建物を壊さないで残してたわけ」
町中ではもう、大きなパチンコ屋は不可能らしい。
「それが残っているのか」
「先方は購入してほしいって言ってたな……隣のビルとか含めて話がまとまればって感じで交渉中なんだよ」
それなりに大きなパチンコ店らしく、玲央先輩の出した条件には合致しているという。
ただ、以前話したように、人が大勢集まるため、周辺に様々な施設がないと不便極まりないだろう。
「先を見越してかぁ……いったいいくらになるんだろう」
あまりに金額が大きくなると、感覚がマヒする。
「それではあらためて、よろしくお願いします」
牟呂翔さんが、この5月から仲間に加わった。
「こちらこそよろしくお願いします。前職の方は大丈夫だったんですか?」
「ええ、代わりの者はすぐに見つかったようです」
ホテルのパティシエは、それなりに人気職らしい。
「これで4人になりましたね。東海林さんはいましばらく、自宅待機です」
自宅周辺に複数の監視があり、東海林さんのお父さんが地元警察に相談したらしい。
結果、複数の国が東海林さんを張っていることが明らかになった。
同時に、地元警察ではどうしようもないことも分かった。
「明日は我が身だな」
玲央先輩がうそぶいているが、間違いなくそうなるだろう。
「学校に行けるか、不安になりますよ」
東海林さんはいま、自宅学習中。課題を提出することで、出席の代わりとするようだ。
俺と勇三もおそらくそうなる。
「では、これからのことを発表する。まずはこれを見てくれ」
玲央先輩は、事務所の平面図を俺たちに配った。
ここは戸建ての事務所だが、入口のガラス扉を開けると、そこがそのまま通路になっている。
部屋は左右に一つずつ。奥が階段になっている。
左側にはトイレや洗面所、掃除用具が入ったロッカーなどがあり、右側の部屋のほうが広い。
「1階の狭い方の部屋は受付とバックヤードとして機能させる。すでにパーティションで仕切ってあるので、休憩するときは入口から見えないところでな」
俺たちがいまいるのは左の狭い部屋の方だ。
受付台は、廃棄予定のものを勇三が調達してきた。
スチールラックと机と椅子もそうだ。
錆びてボロボロに見えるが、この部屋の雰囲気とマッチしているので、かえって趣がある。
「隣の部屋もパーティションで仕切ってある。ダンジョンに赴くための魔法陣は5つ。帰還用の魔法陣は2つ。当面はこれで仮運用をしていく」
5つの魔法陣は、サイコロの5のように配置した。
部屋には無地のクッションフロアを敷き詰め、そこに魔法陣を描いた感じだ。
魔法陣の中央に魔石を配置する必要があり、しばらく考えた末、金属金具を床に接着することにした。
金属金具は、ねじで分解できるので、その中に魔石を埋め込んでいる。
「受付で渡すパンフレットも印刷所に依頼済みだ。来週中にはできあがる」
ダンジョンの中は自己責任となるため、パンフレットは熟読してもらう。
また、中に入る前に誓約書を書いてもらうことになった。
このへんの法務関連は、茂助さんと顧問弁護士の人がうまくやってくれた。
「そして肝心の職員と探索者だが、職員はウェブサイトで募集すると大変なことになるので、信頼できる人にお願いすることにした」
「そういえば、職員の話は先輩に任せっきりでしたね」
というか、結構いろいろなことを先輩に任せている。
俺と勇三はタッチしていない。というか俺たちは、平日は学校があるので動けないのだ。
放課後はダンジョン探索をしているのだから、仕方ないといえよう。
「……もうすぐ来るはずだ」
時刻は午後5時になろうとしている。
今日はダンジョン探索をせずに事務所に集合したのは、俺たちとアルバイトの顔合わせするためらしい。
外で人の話し声が聞こえた。
「来たな」
先輩が戸を開き、外に居た人たちを招き入れた。
「あっ、馳先輩!」
やってきたのは、玲央先輩と同い年の馳幸也先輩だ。
西欧の血が入っているのではと思わせる顔立ちをした好青年で、学園祭のときもお世話になった。
外見も中身もイケメンの登場に、俺は驚いて玲央先輩を見た。
「幸也が体育会系の大学に進んだと聞いたのでな。声をかけたのだ」
玲央先輩がちょっとドヤっている。
「教員免許を取るために入ったんだよ……そしたら玲央から面白い話があると聞かされてね」
アルバイトを一般募集するためには、待遇や仕事内容など詳細を書かなければならない。
いまの段階でそれをすると大変なことになりそうだったため、先輩は知り合いに声をかけたらしい。
「彼らは同じ大学の友人たちだ。みな信用のおける連中だから連れてきた」
馳先輩の他に男女2名ずつがいる。計5名だ。
「素材採取もしてくれるぞ」
「ダンジョンに入るんですか?」
「ここで働く者が、ダンジョンについて知らないと困るだろ?」
ここでアルバイトをしつつ、ダンジョンの中で必要な素材を取ってきたり、写真や動画を撮ってきたりするらしい。
馳先輩ならよく知っているので、安心だ。
「しかし、イケメンのもとには美男美女が集まるものなんですね」
全員、顔面偏差値が60を超えている。
「わあ、美女だって。嬉しいわ」
ショートカットの美人さんは塩田美晴さん。陸上が得意らしい。
「塩田……おまえ、変な気をおこすなよ」
「なによ、失礼ね」
塩田さんに苦言を呈したのは、瀬尾充さん。ボクシングをやっていそうな細マッチョだが、柔道が得意なそうな。
「幸也たちは当然ダンジョンに入ってもらうし、従業員としても働いてもらうんだが、問題はネットの対応だな。そっちにもアルバイトを入れるが、それは茂助に任せている」
「そういえば一般募集、最初は成人のみにしたんですよね?」
「ああ、未成年はさすがにまずいからな。成人に限って、5人一組で応募という形を取ることにした。アクセスが集中するだろうから、そのへんは考えると言っていたぞ」
茂助先輩がよく言っているのだが、アクセスが集中してサーバーが耐えられなくなるとサーバーごと落ちるらしい。
『503エラー』と言うらしいが、それを防ぐ対策を考えると言っていた。
「その募集を出したときが、真のスタートですね」
「まあ、そうなるな」
俺たちに注目が集まれば東海林さんへの関心は薄まる。
そうしたら学校へ復帰することもできるようになるだろう。
「というわけで準備は整った。あとは進むだけだ。ここからが正念場だぞ」
先輩の激に、俺たちは力強く頷いた。




