006 先輩の悩み
「提案ですか?」
「ああ、今日からA3ダンジョンに挑もうと思うのだけど、どうだろうか」
玲央先輩の言葉に、俺は黙り込む。
祖母の持つ〈ダンジョン生成☆4〉スキルは、4段階の難易度が設定できる。
☆1から☆4までの4段階。〈ダンジョン生成☆5〉スキルだったら、☆5のダンジョンまで生成可能だ。
俺たちはこの4段階の難易度別ダンジョンをAからDまでのアルファベットに当てはめて、Aダンジョン、Bダンジョンなどと呼ぶことにした。
Aが一番簡単で、Dが一番難しい。
☆1ダンジョン→Aダンジョン
☆2ダンジョン→Bダンジョン
☆3ダンジョン→Cダンジョン
☆4ダンジョン→Dダンジョン
という具合だ。
祖母が言うには、☆1から☆4、つまりAからDまでの各ダンジョンは、さらに細かく5段階の難易度に分けるらしい。
Aダンジョンは1から5まで、Bダンジョンも1から5までだ。
祖母のスキルでは、最大20段階(4×5)まで生成可能となる。
そして俺たちはいま、一番優しい「A1」では物足りなくなって、「A2」ダンジョンに入っている。
先輩は、A2を卒業してA3ダンジョンに向かいたいようだ。
「せんぱい、そんなに早くA3に移っていいんっすか?」
イケイケの勇三だが、数日前、ダンジョンでそれなりにひどい怪我をしてしまった。
怪我は、祖母の持っていたポーションで跡形もなく治っている。
ポーションの種類は様々で、勇三に使ったのは「癒しの良水」という「癒し」シリーズの下から2番目のもの。
「癒しの良水」は☆2、つまりBダンジョンで入手できる。
いまはまだ俺たちだけじゃ手に入れられないので、祖母が異世界から買ってきたものを使わせてもらっている。
怪我をして、しかも先輩から注意を受けて、勇三の心に変化があったようだ。
前へ前へという気持ちはなりを潜め、慎重に行動するようになった。
といっても昨日の乱戦で、もとに戻ってしまったのだが。
「たしかにA2で戦ったことがあるのは、虫系と爬虫類系の二種類だけだ。だがA3の虫系なら、行ける気がする。A2よりA3の方が経験値はおいしいし、私はその方がいいように思う」
ダンジョンには様々なタイプが存在しており、自由に生成することが可能だ。
難易度と組み合わせると、膨大な数のダンジョンが生成可能となる。
「先輩、なんか焦っていませんか?」
足場を固めずに先へ、先へというのは、なんとなく先輩らしくないと思う。
「たしかに焦っているかもしれない。思ったよりレベル上げに日数がかかることが分かったしな」
「つまり、早くレベルを上げたいから、A3へ行きたいんですか?」
先輩は頷いた。
「でも、怪我したら元も子もないっすよね」
「たしかに良三くんの言いたいことも分かる」
「先輩、なぜそんなにレベル上げを急ぐんです?」
そこが不思議だ。安全第一でもいいと思う。
「それは……私が高校三年生だからだ。卒業まであと半年もない。そう思うと、気ばかり焦ってしまう」
「……?」
「私は学校の勉強に重きをおいていない。大学も行くつもりはないしな」
「医学部志望だと聞いていましたが」
「それは表向きのことだ。医学部志望と言っておけば、教師と親は何も言ってこない」
「では実際は違うと……?」
「願書は出す。だが受験はしないつもりだ。両親はこのことを知らない。知ったら激怒するし、私の人生に介入してくるだろう」
先輩の実家は、複数の病院を経営している。
家族と親戚はすべて、医療に関係した仕事に就いている。
複数の病院を持っている強みで、病院間で入院患者を回しているとよく愚痴をこぼしている。
簡単に初診料や保険料が搾取できるらしく、すでに何度も『金儲け主義の拝金病院』だと週刊誌で叩かれており、病院のイメージはあまりよろしくない。
先輩いわく、両親も親戚も週刊誌に書かれている内容よりひどいらしい。
とにかく「お金が大好きな人たち」だと。
悪いことに先輩の二人の兄は、両親の悪いところをそのまま受け継いでいるらしく、患者を保険点数の運び屋としか見ていないという。
その話を聞いて俺は、『鬼参総合病院』とその系列病院だけは行かないようにしようと誓ったものだ。
「私は高校を出たら家族と絶縁する。フリーターをしながら一人暮らしして、慎ましやかに生きるつもりだった。だが、ここにきて状況が大きく変わった」
「ダンジョンですね」
「そうだ。私はダンジョン探索をしながら暮らしていきたいと思いはじめている。そう考えると、いてもたってもいられなくなってしまうのだ」
祖母は最初、俺を含めて5人集めてほしいと言った。
この5人というのが重要で、ダンジョンに入れる最大人数であるだけでなく、スキル伝授の限界でもあった。
レベルを上げれば身体能力が上がるし、魔石や素材は少しずつだが溜まっている。
祖母に頼めば、異世界で金に換えてくれるが、俺たちがそれを使うことはできない。
先輩はなんとか、ダンジョンで生計を立てていきたいと考えているみたいだ。
最初から食いつきがいいと思っていたが、そういう事情だったのか。
「なるほど、分かりました。でもまだ俺たちはA3ダンジョンのことを知りません。先輩の事情も分かります。まずは祖母に聞いてみてからですね」
先輩の身の振り方は、俺の身の振り方でもある。
祖母はとにかく、俺たちにレベルを上げてもらいたがっている。
いまのペースで考えると、数年はダンジョンで魔物を狩る生活を続けることになるだろう。
大学在学中にはレベル上げも終わるだろうと漠然と考えていたが、父が帰国したらどうなるか分からない。
ここらで、祖母とよく話し合ってみるのもいいかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、勇三が動画を止めてこっちを見た。
「せんぱい、それでA3はどうします?」
「そうだな。無理してA3ダンジョンに挑戦して大怪我しても意味がない。少し早まったようだ。さっきの話は忘れてくれ」
「オーケーっす。まあ、レベル5になればすぐにA3なら、行けるんじゃないですかね」
「そうだといいけどな」
「絶対行けますって。先は長いんですし、ゆっくりいきましょうや」
「そうですよ。怪我したら、元も子もないですから」
「……面目ねえ」
先輩を励ましていたら、いつのまにか勇三が落ち込んでいた。