056 学校側の対応
「よし、会議は以上だな。では、新スキルの検証をするぞ」
玲央先輩の鼻の穴が膨らんでいる。心の中で「むっふー」と言っているのだろう。
「〈調合〉スキルの検証ですか?」
「ああ。先日、下ごしらえをしておいた」
先輩がカバンから取り出したのは、ビニール袋に入れられた3種類の素材。
いずれも原形を留めないほど潰れている。
「これ、苔ですよね。磨り潰したんですか?」
ビニールの中を確認すると、かすかに苔っぽい匂いが鼻についた。
「そうだ。ヘロモギの草は遠火で炙って乾燥させてから石臼で挽いてある。これらはすべて、Aダンジョンで採取できるものばかりだ」
「へー……〈調合〉って手間がかかりますね」
「この下準備は、別段スキルも使わないし、大量に作成するなら、機械でやってもいいだろうな。問題はここからだ」
ビーカーに100ミリリットルの水が入っている。一度沸騰させてから冷ましたものらしい。
その中に3つの素材を入れていく。
「溶けませんね」
「これでいいのさ。ここでスキルを使う」
先輩がビーカーを持つ。おそらくスキルで魔力を流し入れているのだろう。
ボコボコとビーカーの中で泡がたちはじめた。同時にポーションの匂いが立ち込み始める。
だれもが無言でその様子を眺めている。
素材は一度完全に水と混ざり、そのあとで沈殿していく。
「この上澄みがポーションなのだ」
ビーカーを傾け、中のちょうど半分――50ミリリットル分だけ、プラスチックの容器に移し替えた。
「底に残った部分はどうするんです?」
「使い道がないので捨てる。それとこっちも空気を遮断しないとすぐに魔力が抜けてしまう」
先輩が蓋を閉めて、俺たちに見せてくれた。
「魔石みたいに線香花火のような魔力が、外に出ようと動いていますね」
「おそらく空気に触れるとそのまま逃げていってしまうのだろう。持ってみるといい。『癒しの水』と思い浮かぶはずだ」
先輩に言われて持ってみると、たしかにその名前が思い浮かんだ。
異世界でも調合スキルが手に入れば、それだけで生活できるらしい。
最低品質のポーションでもそれなりに貴重なのだろう。
「世界で初めて、本物の錬金術師になったんじゃないですか?」
「なるほど、私は魔法のポーション作成の第一人者か。歴史に名が残るな」
先輩は満足そうに頷いた。
翌日、学校に行ったら阿重霞ちゃん……担任の小湊先生に呼ばれた。
「昨日の話を校長以下、何人かの教師と情報を共有した」
「理事会対策ですか」
「まあ、そうだな。理事会では名を明かさない一般生徒の中に、東海林さんを治療した者がいるかもしれないと話すことになった」
理事会がどのような話の流れになるか校長先生にも分からないため、俺のことは真偽不明の情報として扱い、反応を見るらしい。
議題の中心はあくまで東海林さんで、そちらの方は根回しが済んでいるらしい。
「東海林さんはどうなるんですか?」
「彼女は事故に遭った被害者だ。そのところをうちの生徒には思い出してもらう。対外的には、好奇の目に晒さない方向で、多少の特例を認める感じで決着するだろうと校長は言っている。だが、おまえの話が本当なら、その後の騒動は、彼女の比じゃない」
「ですよね」
茂助先輩の配慮に感謝だ。
「法律や校則に違反していなくても、明らかに他の生徒に悪影響を与えると判断した場合、出席停止処分がくだされることがある」
「出席停止ですか? 停学とかではなく?」
「出席停止は、文科省が定めたルールみたいなものだな。さっき言ったように、学校は生徒が安心して学ぶことができる場でなければならない。学校の秩序維持と生徒の学習環境を整えるため、我々教師は最大限の努力をする必要がある。だが、それでも対処できない場合、その原因がいち生徒にある場合、やむを得ず出席停止措置を取らざるを得ない。いま理事会で、おまえのことが議題に上がったら、どこまで学校に影響が出るか、話し合われることになる。だからいまはそれらしい生徒がいる程度に留めておく感じだ」
出席停止は、学校が生徒に対して行うもので、その間に課題を出したりしてフォローすることになるのだという。
「なんかいろいろ考えてもらって、すみません」
「教師はそれが仕事だ。校長に告げたものの、自分すら半信半疑なところもある。現実に右腕が2本になった少女がいて、それが我が校に通っているのだから、だれかがそれをしたのは分かるんだが……」
「そうですね。別段、本気にしなくてもいいんですけど、あと数ヶ月もしたらすべて明らかになりますから、またそのとき話してもいいですし」
「教えてもらった動画は見た。あれを……あのダンジョンを一般公開するのか?」
「ええ、そういう目的の会社ですから。ですので1年もすれば、手から炎を出す人が町を歩く時代が来ると思います」
小湊先生は「とんでもない時代になりそうだな」と嘆息していた。
東海林さんは、今日も学校を休んでいた。
SNSでは相変わらず、東海林さんの情報が踊っている。
嘘か本当かは分からないが、クラスメイトだとか、同じ学年だとか言う人の書き込みもある。
一躍時の人となっているが、もちろん本人はそれを望んでいないだろう。
学校が終わってから、東海林さんに電話した。
「話したいことがあるんだけど、どこかで会えないかな」
『無理だと思います。いま、家の周囲に……というか、商店街に多くの人がいて、出歩くのはちょっと……』
「そんな状況になってたのか。じゃあ、俺がそっちにいくのも?」
『家に来てもらっても、その出入りを撮影されると思いますよ』
大変なことになっていた。
これはもう、ここで言うしかない。
「あのね、東海林さん。だったらこの電話で伝えるけど、俺たちは東海林さんを仲間に迎え入れたいと思っているんだ」
『仲間というと、あの動画のですか?』
「それもあるけど、全部かな。俺たちと一緒にダンジョンに入って……東海林さんが言う『魔法使い』だね。それになってみない?」
『やります!』
即決だった。
「そんな簡単に決めていいの? こっちは急がないけど」
『それって先輩と一緒に、ダンジョン探索できるってことですよね』
「そうだね。ダンジョン探索だけじゃなく、これからはじまる会社の運営とかも一緒にかな。だから……卒業後もずっと一緒にいられたらと思う」
まだ高校に入学したばかりの東海林さんにそこまでの決意を求めるのは酷だが、一緒にやるならばずっと……それこそ一蓮托生だ。
その覚悟があるならばと伝えたら、東海林さんは「まったくもって問題ないです」と言い切った。
『右腕少女は一生モノですので、先輩とずっと一緒にいたいです』
こうして俺たちは、新たな仲間を迎え入れることができた。
「その言葉を待っていた」くらい、言えば良かっただろうか。




