045 体力測定
4月の半ば。
学校で、健康診断と体力測定が行われた。
内科検診はなく、身長や体重、そして運動能力を測る程度の簡単なもので、毎年春に実施している。
全員ジャージに着替えて1日かけて行うのだが、レベルアップの恩恵のことをつい失念していた。
いや、もちろん分かっていたのだが、体育館で順番に身長、体重、上体そらし、体前屈とやっていたため、握力検査のとき、これまでの流れで普通に力を入れてしまった。
「えええっ!?」
記録係の女子が声をあげる。
その瞬間「ヤバっ!」と思って力を抜いた。
「夕闇くん……握力84って、84!?」
「あー……バグったかな。もう1回やっていい?」
「う、うん……」
「ちなみにみんないくつくらい?」
「40くらいかな」
なるほどと思い、力を半分ほど込める。
「こんな感じでどう?」
「握力43。……だけどこれ、そういうんじゃないんだけど」
「いや、そういうものでしょ。次は左だね」
左も同じように半分ほどの力で握る。今度は41だった。
記録をしている女子は、何か言いたげな顔でこちらを見たあと、記録用紙に書き込んだ。
その後も、高飛びや反復横跳びなどを無難にこなし、目立たない数値で体力測定を終えた。
「……と思っていたんだけどなぁ」
その日の放課後、握力測定のときに記録係をやっていた女子と、陸上部の主将が俺のところにやってきた。
実は今日の健康診断と体力測定だが、毎年陸上部が記録係をやっているのだ。
彼らは前日にすべての記録を測り終えており、今日はお手伝いのみの参加になっている。
俺も陸上部員の顔は知っていたため、何の用事で来たか、分かってしまった。
「夕闇、久しぶりだな」
「根笠くんだっけ? 1年のとき、同じクラスだった」
「ああ、いつも学校行事には興味ありませんって顔をしていたから気づかなかったが、そういえばいろいろと武勇伝があったな」
「さて、なんのことやら」
島原の乱のことだろう。俺はもう忘れた。
「イケメン三銃士を軽くあしらったって聞いたときは、なにかの武闘をやっていると思ったけど」
防災備蓄倉庫に呼び出された件を知っているようだ。
「あれはだれも見てないと思っていたんだけど」
「保健室送りにしただろ。陸上部も保健室は常連でな。話を聞いただけだが、やるもんだと思っていたんだ」
そういうことだったのか。半分はカマかけだったようだ。
「それで、一応聞くけど、何の用?」
「握力ってのは、意識して鍛えないと絶対に増えないものなんだ。話を聞いたが、人物像と合わなくてな」
「いや、俺の握力は普通だから」
「そうやって1年のときから三味線を弾いてたのか。ちょっと身体を触っていいか?」
「うおっ!?」
胸や腹の周囲を撫で回された。
「やはり、相当鍛えられてるな。何か、スポーツとか武道をやっているのか?」
「趣味程度にね。それより、いきなりなんだよ」
半年以上、探索者をやっているので、肉体はかなり引き締まっている。
「いや、悪い悪い。それより、そんなに鍛えてるんだったら、大会出てみないか? 高校最後の思い出に、いい成績が残せるぞ」
「いまさら何言ってるんだよ。そういうのには興味ないから」
「だが、惜しいんだよな。ナチュラルでそれだけ鍛えてるんだったら、3ヶ月も特訓したら、すごいことになりそうだぜ。夏の大会にどうだ?」
「夕闇くん、途中で力抜いてたし、あれだって本気じゃなかったでしょ」
よく見てるな。たしかに最後まで力は出しきらなかったけど。
「というわけでどうなんだ? どうせ他も手を抜いてたんだろ?」
「そのへんは想像に任せるよ」
用がないならと、別れようとしたら、部長の根笠くんが握力計を取り出した。
「それじゃ、最後に本気の力を見せてくれ」
「どうして?」
「もちろん、見てみたいからだ」
なんか引きそうにないので、一度だけやることにした。
握力計を見ると、メモリが140まであった。
「へえ……これ、陸上部の?」
体力測定で使ったものは100までしかなかったはずだ。
「ああ、思いっきりやっていいぞ」
「そりゃどうも……そのかわり、もうこれで最後にしてくれよ。それとこれは、ここだけの話にしてくれ。すべて再測定なんてことになったら面倒だからな」
「分かった。こっちも、そういうつもりじゃないから、安心してくれ。俺たちだけの胸に留めておく」
「じゃ、本当に1回だけだからな。請われたって、2度とはしないぞ」
「約束する」
面倒なことになったが、どうせなら身体強化をほどこして、思いっきりやってやろう。
握力計を握り、エイヤッと力を込めてから返した。
「はいこれ。約束は守ってくれよ」
「……えっ? 針? 振り切れてる? お、おい、夕闇……って、どこへ行く?」
「じゃあな。もう知らん」
手をヒラヒラと振って、俺は2人の前から消えた。
「……ということがあったんだよ」
「おまえ、バカじゃないの?」
「勇三にバカにされた?」
「だってそうだろ。適度に力抜いとけよ。オレだって、クラスで2、3番の記録に留めておいたのに」
「まあ、気を抜いちゃったんだよね」
あのとき背後から俺を呼ぶ声が聞こえたが、約束した手前、追いかけてこなかった。
ダンジョン探索を一般に開放した場合、レベルアップ時の身体能力向上についてどこかに記しておかないと、スポーツ界がえらいことになると俺は思った。




