043 必要なもの(1)
翔さんの職業はなんと、パティシエだった。
意外だったが、心の中では納得している自分がいる。
部屋の壁に背をあずけて本を読んでいるような人だった。
サラリーマンの営業とかは、一番似合わない人だろう。
東京のホテルで、牟呂翔さんと話をした日の夜。
「おばあちゃんは、知ってたの?」
「そりゃもちろん、知っていたさ」
何度かホテルへ食べにも行ったらしい。
いつも家にいるのにと思ったら、〈転移〉スキルを使っていたようだ。便利だな。
「それでどうだったんだい?」
「うん、パティシエを続けたいという気持ちはあるみたい。ただし、自分の店を持てる環境が整えば、探索者をしていいという返事をもらったかな」
「なるほどねえ……だったら、いっそのこと、大きくやってしまうのはどうだい?」
「大きく?」
うちの祖母は、何をいいたいのだろうか?
株式会社ダンジョン・ドリームスの話はすでにしてある。
ダンジョンに入る人の数を絞ることで、俺たちが手に負えなくなる事態にならないようにするつもりだが……。
「あちらの世界ではね、国や領主が主導して、大勢をダンジョンに入れることがあるんだよ」
「はい?」
「前にも言ったけど、フィールドには強い魔物も結構ウロウロしていてね、危険なのさ」
「うん、それは前に聞いた」
〈ダンジョン生成〉スキルでレベル上げをした方が安全だが、お金のない人も多い。
そんなときは、国や領主がお金を出して〈ダンジョン生成〉スキルを持っている人を雇うらしい。
「当然、一度にたくさんのダンジョンを造るのは、魔力的にいって不可能だけど、魔石の魔力を使えば可能だからねえ」
祖母が若い頃は、一度に100のダンジョンを生成することもあったらしい。
「そんなにたくさん、一度にできるの?」
「もちろんできるさ」
同一のダンジョンならば、いくらでも同時に作製できるため、希望する人たちに無料で生成したこともあったらしい。
ただしそれも今は昔。
戦争で荒廃した国は、そこまでする余裕がなくなってしまったようだ。
「どうして? 国民みんなで強くなった方がいいんじゃない?」
戦争で強い兵士が必要だと思うのだが。
「時間がかかりすぎるからねえ。いったいどれだけのお金と魔石が必要なのか」
俺たちは、レベルを20にあげようとして毎日ダンジョンに入っている。
半年経って、いまだレベル13だ。ようやくヒヨッコを脱しかけていると言っていい。
つまり、半年間毎日ダンジョンに入ってこれだ。
たとえばレベル40やレベル50の兵士を量産しようと思ったら、どれだけお金がかかるか。
それなら全国民を強くするのではなく、見込みのありそうな者に絞った方が効率がいいだろう。
「そっか……レベルって、なかなか上がらないしね」
「それでも〈ダンジョン生成〉で上がりやすくなっていると思うんだけどねえ」
自分の実力以上のダンジョンに入らない限り、ある程度の安全は確保されている。
その状態でレベル上げができるのだから、「上がりやすい」のだと祖母は言う。
「それじゃ、おばあちゃん。異世界と同じように、一度に何百人もの人をダンジョンに入れればいいってこと?」
「そうだよ。ただ、大きなスペースが必要になるだろうねえ」
「なるね。教室くらい……いや、もっと広い会議室くらいは必要かな」
「そこに多くの人が集まるだろ? だったら、そこにいろんな施設が必要となるんじゃないかい?」
「それは……そうだね」
たしかに、祖母の言うとおりだ。いろんな施設があった方が便利だ。
だが、それでいいのだろうか。
たとえばだが、一度に100個のダンジョンを生成するとする。
最大で500人が一気にダンジョンに入るわけだ。
それを1日何回も繰り返す。
数千人がそこを利用することになる。
食べたり飲んだりする場所はたしかに必要だろう。
だがしかし、そんな人数を俺たちだけで制御できるのか?
それこそ、テーマパーク並の運営力が試されないか?
「どうせなら、でっかくやってみるのもいいんじゃないかねえ」
「……そ、そうなのかな?」
やりがいという意味ではそうだけど、それはやっていいものだろうか。
しかしなぜ、祖母は「でっかくやる」ことを推すのだろうか。
絶対、苦労する気がするんだけど。
翌日、祖母から聞いた話を先輩たちにした。
「大規模に募集するというのは……できないことはないだろうが、果たして現実的だろうか」
玲央先輩は悩んでいる。
極端なことを言えば、世界中でお金を持っていてスリルを味わいたい人たちを相手にしてもいいと思っていた。おそらく先輩も同じ考えだったのだと思う。
「大規模にやるとすると、相当デカい施設が必要になるぜ」
「だよねえ」
「では仮に考えてみようではないか。一度に100個の魔法陣を起動させるスペースはどれくらいだ?」
「魔法陣って、直径がだいたい2メートルの円なんですよね。5人が出入りするんだから、まあ十分な広さなんだと思いますけど」
「違いに配置できるが、ここでは一辺2メートルの正方形を考えてみよう。100個つくるとなったら、20メートル四方の広さが必要になる」
最低でも400平方メートルだ。
「魔石が100個必要だな。何回くらいで交換する必要があるんだ?」
「それはあまり気にしなくていいみたい。一番小さいのでも100回以上は可能だと思う」
魔道具に使用する魔石は意外と低コストで使えている。
「それでも1日100回転したら、毎日交換になるぜ」
「5人ずつ100個の魔法陣で人をダンジョンに運ぶだけで500人だが、それを100回転するのならば、5万人だな」
「毎日5万人……」
「複数の部屋を使って、それこそ1000回転させれば50万人だ」
「いやそれはちょっと……超大型遊園地ですら、来場者は1日数万人ですから」
どこでやるにしても、50万人もあつまれば大混雑だ。
「ではシミュレートしてみようではないか。たとえばだな……毎日5万人が来るとしよう。それを運営するには、どんな施設が必要だ?」
「仮でいいんですよね」
「そうだ。自由に考えてみてくれ」
「分かりました……そうですね」
俺と勇三は、1日5万人を収容できる施設に必要なものを考えた。




