042 4人目
3年生になっても、放課後は毎日、レベル上げを行っている。
レベル13になってB1ダンジョンに入るようになったが、やはり3人では厳しい。
以前、祖母が言っていた牟呂昇さんのひ孫という人に会ってみることにした。
「あたしが連絡を入れといたから、行って会ってきなさい」
祖母に言われて、先輩と一緒に目黒区にある大きなホテルに向かった。
「孫一くんは、何度か会ったことがあるのだろう?」
ホテルのロビーで待っていると、玲央先輩が聞いてきた。
「そうですね。小学生のとき、何度か会っていますね」
俺が中学生になるころにはもう、武蔵野市には住んでいなかったと思う。会うのは久しぶりだ。
「前は、寡黙な人だと伺ったけど」
「ええ、とても物静かな人です。俺もそんなに話す方じゃなかったので、距離感は掴みにくかったですね」
祖母は別室で大人たちの会話をしていたため、俺はその人に遊んでもらっていた感じだ。
顔は覚えているので、会えばすぐに分かると思う。
ロビーの奥から、男性が一人やってきた。
「あっ、あの人です」
俺と先輩が立ち上がると、その人は気づいてこっちにやってきた。
「もしかして、孫一くんですか?」
「はい。翔さんですよね」
「そうです。大きくなりましたね。一瞬、分かりませんでした」
最後に会ったのは5、6年前だが、大人しそうな印象そのままだった。
「はじめまして、私は鬼参玲央といいます。孫一くんの一つ先輩にあたります」
「はじめまして、牟呂翔です。なんでも、私に話があるとか」
「ええ……それで失礼ですが、このホテルの厨房で働いていらっしゃる?」
「はい。当ホテルのデザート部門で働いています」
「やはりそうですか。甘い匂いが漂って来ているので、おそらくそうかと」
「まだここに就職したばかりで、下ごしらえばかりやらされているのですよ」
そう言って翔さんは笑った。
聞いたところ、製菓専門学校を出てから、ずっと洋菓子店で働いていたらしい。
最近、ホテルパティシエの募集を見て応募。運良く受かることができたが、その中ではまだ下っ端の扱いだという。
翔さんの話を聞いているうちに、先輩の声が沈んでいく。
夢を追い求めて努力し、その道を信じて突き進んでいるのだ。
ダンジョン探索に誘ったところで、来てくれる可能性は低い。
そう思ってしまったようだ。
「それで、私に何か、話があるとか」
「ええ……実はですね。仲間を探していまして」
先輩は、ダンジョン探索から起業のことまですべて話し、現在一緒に探索してくれる仲間を探していることを伝えた。
「すみません。正直に言うと、あまりテレビを見ていなくて、ダンジョン……ですか?」
「動画サイトをご覧になったりとかは?」
「ホテルの朝は早いもので、このような中途半端な時間なら空いているのですが……ニュースや動画もあまり関心がなく……あっ、ですが右腕少女については知っています。不思議なことがあるんだなとは思っていましたが」
翔さんの職場はかなり厳しく、厨房に入ると雑談は一切なし。
仕事の関係上、全員一緒に休憩を取ることはできない。
仕事が終了したあとは、洋菓子の研究などやることが多く、娯楽の時間がほとんどない。
つまり世間で話題になっていることには、とんと疎いのだという。
最近DoTubeで話題になっている動画と言われても、まったくピンと来ないらしい。
「このダンジョン探索の仲間に私をですか……」
スマートフォンに表示した動画を翔さんに見せている。
念の為にと持ってきた、音声ありの動画だ。
「御祖母様が異世界人であることも知っておられる様子。でしたら、4人目の仲間になってくれるのではないかと思ったわけです」
「なるほど……」
翔さんはじっと動画を見ている。
「ひとつ質問なのですが」
「はい、なんでしょう?」
「会社を設立した目的は、一般の人をこのダンジョンに招待することですよね」
「最終的には、それを目指しています」
「私はパティシエになるのが夢なのです」
「そうですか、そうですよね」
先輩はがっかりしている。
「いまホテルで働いているのも、実績を積むのと、将来自分の店を出すための資金作りの面が大きいですね。でももし、この会社で……将来、レストランや喫茶店などが併設されるのでしたら、そこの洋菓子部門を任せていただけるのでしたら、お仲間になってもいいと思っています」
「本当ですか?」
「運良くホテルに勤めることができました。それでも開店資金を貯めるのに、最低でも5年はかかるでしょう。そうすれば私は30歳です。今度は、独立して店を出して失敗したらどうしようと不安にもかられます」
翔さんはいま25歳。30歳で自分のお店を持てれば、業界の中でも勝ち組だろう。
だが、ただ店を開ければいわけではない。客を呼び込み、長期にわたって利益を出し続けなければならないのだ。
「ホテルで働いて開店資金を貯めるならば、同じようにダンジョン探索でお金を貯めてもいいと思っています」
洋菓子店でなくてもいいから、夢を叶える近道があれば、迷いはしないとのことだった。
「洋菓子店でなくてもいいんですか?」
先輩が意外なことをきいたという顔をした。
「世の中、そういうものだと思っています。自分の店を持ちたいというのも、好きなスイーツをつくりたいからですね」
店から「これを作れ」と言われるのではなく、オリジナルのスイーツを客に提供したいのだそうだ。
「店を経営したいのではなく、自分でオリジナルスイーツを……なるほど、職人ですね」
玲央先輩は納得したようだ。
その後、いくつかのやりとりをしたあと、翔さんは前向きに考えてくれることになった。
「スイーツを仕事にする探索者がいたっていいではないか」
先輩がそう言ったが、俺も同じ気持ちだった。




